第64話
変な女が褒め言葉って、変な男
グレートヒェンが前に出ると、ゆっくりと一人の重装騎士が前に進んだ。
重装騎士は左手に大きな盾を持ち、右手にランスを構えた。
「先の二人は油断したようだが、俺は違うぞ。さあ、来るが良いぞ!! 」
「鈍重そうなあなたがわたしとウラヌスについて来れるかな? 」
グレートヒェンは馬の手綱を取り、トリッキーな馬術で重装騎士を翻弄した。
フルプレートにランスと盾、そして大きな軍馬では小回りのきかない重装騎士は小刻みに位置を変えては反りが強くなる剣で鎧に切り付けられていた。
グレートヒェンの動きに対応するために握っていた盾は放り投げて、その手で軍馬の手綱を持ち、彼女に対応するようなった。
それでもグレートヒェンの動きに対応できず、剣で切りつけられていたが、鎧に傷はできても中の人間にまでダメージは与えていない様子だった。
「ムムム、やはり苦戦しておるのじゃ。じゃからサンパチちゃんを使えと言っておるのに、グレートヒェンは何をしとるのじゃ。」
イライラと親指の爪をガジガジしながら観戦しているロリを取り成すようにアニカが語りかけた。
「姫さま、グレートヒェンもわかってやっているようですし、もう少し見守ってやってください。」
「わかっとるわい!!」
「くそ!! ちょこまかと動くと当てられないではないか!! 」
「何をやっとるのだ!! そんな剣など蚊に刺されたようなものだろうが!! 」
「押しつぶせ!! 」
フフン。
周りの檄を鼻で笑ったグレートヒェンは重装騎兵の背中を大きく切り付けた。
「くっ!! 鬱陶しい!! 真正面から来い!! 」
「これで終わりだよ!! 行くよ!! ウラヌス!! 」
ヒヒーン!!
グレートヒェンの声にいななきで応じた牝馬のウラヌスは蹄の音も高らかに勢いをつけて、重装歩兵を飛び越えた。
「なっ!? 」
グレートヒェンは鞍から滑り、横になって騎士の首に手を回して、そのまま騎士を引き落としながら、地面に落ちた。
「ぐぎゃ!! 」
押し潰された騎士の鎧が落下の衝撃でバラバラにほどけた。
彼にまたがったグレートヒェンは首筋に曲剣の刃を突きつけた。
「どう? 」
「…………まいった。降参だ……」
「いぇい。」
「東部のタタール辺境伯家らしい戦いでしたね。」
「ヒヤヒヤしたのじゃ。はじめの切りつけはなんだったのじゃ? 」
おわーっ!!
野太い男の悲鳴が蒼穹に響いた。
「鎧が、鎧が!? 」
「ああ、刻んである魔法陣が邪魔だったから全部切り付けて、無効化しちゃった。」
「非道だ!! 非道だ!! 我が家に伝わる鎧が!! 」
「戦いって、残酷だよね。でも命あっての物種だよね。じゃあ!! 」
明るく笑って、ウラヌスに跨ったグレートヒェンは銃騎士隊に戻っていった。
「くそ、なんなんだ。なんなんだ。あれだけの技量があれば重装騎士だろうと容易に勝つことができただろうに…… ヘンな女だ…… あんな女は初めてだ。」
「いらんところでフラグを立てておるのじゃ」
「フラグ? 」
「……相手を見るのじゃ。どう見てもグレートヒェンに落ちておろうが。」
「あら〜 心まで落としちゃったね。」
「あ〜、めんどくさいのじゃ。めんどくさいのじゃ。」
「まだやるのか? 」
「引ける訳がなかろう。お主を切って、仲間の恥をすすぐ。」
シャルロッテは深いため息をつき、馬から降りた。
「何をしている? 戦う気がないのか? 」
「わたしはこれでよい。貴様は構わずに攻めてこい。」
スタスタと馬を置いて一人で前にでたシャルロッテは、柄から刀を抜かずに右足を前に出し、膝を曲げ、腰を落とした。
「恨むなよ!! 」
ダカッ!! ダカッダッ!! ダカッ!! ダカッダッ!! ダカッ!!
軍馬をトロットで進ませて、右手に握ったツヴァイヘンダーを振りかぶった。
「ウォーッ!! 」
防具もつけない華奢な軍服少女に向かって、剣をかざす抵抗感を叫び声で押し潰し、重装騎兵が馬で弾き飛ばすつもりでシャルロッテにまっすぐ向かった。
「シッ!! 」
食いしばった歯から息を鋭く吐き出した。
銀光一閃。
シャルロッテの脇を通り抜けた軍馬が足を止めた。
シャルロッテが柄に収めた刀をもう一押しし、カチャリと音が鳴った。
どうん。
馬の首が滑り落ち、噴水のように噴き上がった血を浴びた重装騎士は震えを止められなかった。
城門の前で観戦していたグレートヒェンが真っ青な顔つきで両手を頬に当てて叫んだ。
「イヤー!! シャルロッテ!!!! 何も馬を殺すことないでしょ!? かわいそうだよ!!」
シャルロッテは何も答えずに振り向き、ゆったりとした歩みで戻った。
血が抜けた馬がゆっくりと横倒しになり、重装騎士は下敷きにならないように逃げた。
「居合術なんじゃな。それにしても馬の首を跳ね飛ばすとは恐ろしいのじゃ。」
「女性王族の侍女のための武術師範ですので。」
「絶対、刀の長さが足りないよね。刀の刃に魔力を纏わせているんだなぁ。あっ? あの騎士、なんか変だよ。」
「ええ。きっと漏らしたのでしょうね。シャルロッテの技を見せられれば、仕方がありません。」
「ばっちいのじゃ。」
「殺す。絶対にお前らを殺してやる。」
「あなたたちも貴族ならば、このようなところで死ぬよりも、他にやることがあるのじゃありまして? 」
「うるさい!! お前も貴族なのだろう!! ならば相手になめられることが貴族にとってどういう意味を持つか、わかるだろう!! 」
「……ええ、そうね。ならば、わたしとあなたの差を知るといいわ。」
「くっ。」
最後の重装騎兵はヘルムを投げ捨てた。金髪碧眼でがっしりとした割れた顎が意思の強さを見せている顔はブリュンヒルデを憎しみの眼差しを投げかけていた。
「もういい時間ね。姫さまもお疲れではないかしら? 今日はお昼寝もできませんでしたし。」
ブリュンヒルデは目の前の騎士を無視して、徐々に落ちてゆく日を見つめていた。
最後の重装騎士隊の指揮を取っていた貴族の男が雄叫びを上げ、剣を振りかざした。
「では、さようなら。」
ブリュンヒルデは下段に構えた刀を振り抜いた。
ドン!!
空気が切り裂かれ、音を超えた衝撃が公爵軍を襲った。
目の前にいた重装騎士の甲冑はズタズタに切り裂かれ、馬の四肢も跳ね飛び絶命した。
刀の衝撃波はその後ろにいた兵たちも倒した。
使者のガノタ子爵の前にはお稚児のような衣装を着た小姓の美少年たちが立ち、魔法障壁を盾にしていた。
「ブリュンヒルデ義姉さまも!! 馬を殺すくらいなら人をやっちゃってよ!! 馬には罪がないんだからね!! 」
「ん? 次から気をつけますわね。……何かしら? 」
ブリュンヒルデの背後に頭を下げたメイドが立っていた。
「ロリちゃんさまがやりすぎたのではないかとご心配されています。」
「加減いたしましたわ。死んでいませんわよ、……馬以外。」
「オイオイ、確かに帝国の女近衛騎士団と言われてもおかしくないな。」
「はい。」
「魔法力、技術、武装、どれを取っても一級品だ。練度はよく見りゃ、まだ甘いところもないわけじゃねぇが、新規の部隊編成ならば理解できる。ただ、もし帝国の連中だとするとどうして南の辺境にまで手を伸ばしてきたかだ。」
「そこを考えるのは我々の仕事ではないですね。」
「だな。怪我人の応急処置は終えたか!? 」
「はい。いつでもケツをまくって逃げる準備はできています。」
撤退準備をしている百人隊長と副長の前にガノタ子爵の小姓の二人がいままでの惨状など見ていないという風に平然と歩いてきた。
「なんだ? こんな惨状だ。これ以上の争いの継続は公爵領の公都に安全に戻れなくなる可能性があるぞ。使者どのにそこのところを言いふくめてくれ。」
「あいつらは何者なんだ? 」
小姓の一人が少年の甘い高い声で凄んだ。
「……わからないな。こんなところで問答をはじめて、じれた連中から狙い撃ちされたくはないだろう。一旦撤退だ。」
「このままだと公爵家が舐められるんだぞ。」
「俺が今回の任務で受けた命令は、第一に使者のお貴族さまの任務を無事に終わらせて、公爵さまに報告させることだ。二つ目はロートバルトの情報を持ち帰り、騎士団長に伝達することだ。」
「まだだ。噂にあった鉄の化け物の姿を見ていない。それが出て来るまで挑発を続けろ。」
まだ年端も行かないような金髪で柔らかい頬をした美少年には似つかわしくない鋭い目線を百人兵長に突き刺した。
が戦場をくぐり抜けたベテラン兵士の百人兵長はそれをなんともない表情で受け止め、首を横に振った。
「そんな噂は聞いたことがねえですな。あったとしても、今の戦闘で彼女らで十分だと判断されただろう。
少なくとも俺があの巻き毛の指揮官なら俺らでは力不足だと判断しただろう。
あんたらが見た目と違うことや本物の使者が誰だろうと俺たち兵隊は気にしない。
ですがね、任務に関わることに関してはこっちの指示に従ってほしい。
というか、あんた方も含めて玉砕の可能性があるんだぞ。挑発できるなんで愚か者の発想だろ。やれるんなら、自分達でやろよ。」
「貴様……」
「無事に帰りたかったら、言うことを聞いた方が得だぜ。」
少年たちの殺気が膨らんだ。
ズザッ!!
驚愕の表情で少年たちが前方に低く滑るように飛び出して逃げて、振り返るとそこにはバルト女男爵家のメイドが立っていた。
「何者…… いや、なんだ? これはなんなんだ? 」
「ただのメイドでございます。不慮の事故で馬車が壊れてしまい、お困りではありませんか? 何かお手伝いすることはございますでしょうか。」
「…… あぁ、いや。大丈夫だ。使者殿にご不便かけるが近隣の領地に出るまで軍の荷馬車に分乗してもらい、当家に友好的な貴族家よりお借りするので、気にされなくても結構だ。」
「さようでございますか。出過ぎた真似をし、ご無礼いたしました。では、お帰りはあちらでございます。どうぞ、快適でご無事な旅をお祈りいたします。」
「ああ、ありがとう。」
百人兵長は頷くと、メイドは優雅にお辞儀をした。
少年たちは血の気がひいた顔色で百人兵長を見上げ、抗議しようとし、何かに気を取られ、目を戻すとメイドはいなかった。
「ど、どこに行ったんだ? 」
「戻ったんでしょうね。さあ、帰りましょう。よく命があったもんだ。」
百人兵長は深い、体の奥底からすべての空気を吐き出すようにため息をついた。
オェ、オロロロロロロ…
少年たちはその場で嘔吐した。
「大丈夫か!? 何か毒でも盛られたか? 」
「…… いや、違う、魔力に当てられた。魔力? 魔力なのか? ともかく…… お前、よく無事だな。」
「もともと頑丈ですから。おい、小姓殿が体調を崩した。運んでやれ。」
「はい。で、撤退でよろしいですか?」
「ああ、撤退するぞ。」
ノタノタとシュトロホーフェン公爵の使者と護衛の軍隊は来た道を引き返した。
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