第63話

腕試しは適切な相手を選びましょう


 マリア=テレジア、ゾフィー、エリザベートの重機関銃隊の令嬢たちは城門の上に機関銃を三脚に据えて、低い位置で大きく股を開いて座り、敵に照準を合わせていたが、まだ年若い小トロール族の特徴である小柄で朗らかな表情のメイドたちからの伝達に機関銃から手を離し、令嬢の名に合うように横坐りへと足を動かし、彼女たちの淹れたお茶に口をつけた。


 果樹園の丘の狭隘道に身を潜めているテケたんの砲塔に半身を出しているアストラッドは後ろに立っているブロンドの強いウェーブのかかったショートカット、左目の下に涙黒子ととろけるような眼差しの顔に抑揚に満ちた張りのあるプロポーションのメイドから耳打ちをされた。

 アストラッドが手を振るとハゴたんに乗車しているジゼルは双眼鏡でそれを確認した。


 城門からやや離れた街道上に拡がった二勢力は離れた位置に陣取っていた。


 公爵軍の主兵力は長い槍を持ったパイク兵の部隊で、彼らは威圧目的で弧を描くように横に広がる陣形をとっていた。

 その背後には十騎ほどの騎兵が中央に陣取り、その左右やや前方に弓兵が置かれていた。

 彼らの背後には木片と化した馬車と子爵がいて、取り囲む様に護衛の兵がいる。


 対してブリュンヒルデが率いる『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の銃騎士隊が二列縦隊で控えていた。


 ラッパ手の少女が高らかな音で進撃のフレーズを鳴らし、ブリュンヒルデの右手が水平にまで挙げられた。

 そして、握られたモ式大型拳銃の銃口で右を指し示した。


 使者のガノタ子爵はラッパの響きに身を震わせて、また城壁からの攻撃が来るかと頭を下げた。


 「全員、続け!! 右に進みますわよ!!」


 「はい!! 」


 ブリュンヒルデは乗っている馬の腹を叩くように軽く蹴り、手綱を右に引いた。

 彼女に続いて、銃騎士隊の令嬢は公爵軍から離れて城壁に向かって馬を走らせた。

 ガノタ子爵は顔を少し上げて、左目を覗かせて、銃騎士隊が転身したことを確認して、丸い図体で跳び上がり、大喜びをした。


 「ふっ、ははは! 見ろ!! 逃げるぞ!! 逃げるぞ!!! ふっはははぁ!!! やはり、女が戦うなんて無理なんだ!! 恐ろしくて腰を抜かしたか!? 」


 「まずいですよ、兵長。」


 「ああ、あの短い槍でどうやって攻撃するつもりだ? ランスにしては短いし華奢だ。」


 「まさか魔法?」


 「あれだけの人数の魔法使いを男爵家に揃えられるわけがないだろ。


 おい! 使者どのを下げさせろ! パイク兵は方陣を組め!! 対騎馬戦の用意だ!!


 いいか、女だろうと突っ込んでくるのは、れっきとした軍馬だ!! 奴らの騎馬突撃の威力を舐めんじゃねぇぞ!! 来るぞ!! 」


 銃騎兵隊はもう一度転回すると、ブリュンヒルデが声を張った。


 「突撃!! 突撃!! 」


 銃騎兵たちは二列縦隊のまま、馬の速度を上げた。

 駆け足で方陣を固めた公爵軍のパイク兵たちは中央に厚く、パイクを構えた。

 赤い平原の砂塵を撒き散らし、『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の銃騎士隊がトロットからギャロップに変わり、全速力で軍馬が駆ける。

 パイク兵たちは身を固めて突き出した槍を構え直し、腰を入れた。


 蹄の音が徐々に高くなり、銃騎士隊が迫っていた。


 パイク兵たちの全員が騎馬突撃が来ると覚悟した時、ブリュンヒルデと芦毛の毛並みをした軍馬が身を翻した。

 それに続いて二列縦隊が公爵軍の方陣の手前で左右に開くように転回した。


 「てーっ!!!」


 バババババババババ……!!


 サンパチの銃口から閃光弾が放たれた。


 「ウッ!?」

 「ギャー!?」

 「なんだ!? 魔法か?」


 重騎兵隊に向けて槍を構えていたパイク兵たちがバタバタと倒れた。

 銃騎兵隊の中で100式機械短銃を所持していた令嬢たちは弾をばら撒くように水平撃ちで弓兵たちを牽制した。


 崩壊した敵兵に関わることなく、ブリュンヒルデたち銃騎士隊はパイク兵たちの小さな方陣から五馬身ほどの離れたところから全速で離脱した。


 「もう一当たり致しますわよ!!」


 理解を超えた攻撃にたちすくんでいた百人兵長の横で屈んで攻撃を避けていた副長が見上げて、指示を求めた。


 「どうします?」


 「弓兵、狙わなくてもいいから牽制しろ!! 近寄らせるな!! 怪我人は下げろ! 」


 「騎兵を出しますか?」


 「城壁の魔法を見たろ! 速度が乗る前に狙われる! 観測兵、あれはなんだ! 」


 「わかりません! 見たこともないです! ごく軽度の魔力放出が感じられます。撃たれた兵たちの鎧と胴体を貫通しています。」


 「あの短槍か!? 魔道具ってことか!? なぜ、あんなに数を揃えられるんだ!! 発動時間も量も見たことがないぞ! バババババって、来たぞ!? それにあの娘たちは何者だ!! 相当な練度だぞ!! 」


 今回のロートバルトへの使者の護衛任務の際に、はるか上司の公爵軍の副騎士団長より敵の魔法使いの力量やどのような術式を使うかを魔力量の測定や探知、分析をすることに特化した観測兵の同行を命じられた。

 王国軍には敵わないものの貴族としては強大な軍隊を誇る公爵軍でも数が少ない観測兵を使者の護衛程度の任務で出すことに驚いていたが、軍の上層部は百人兵長でも知らないような情報を握っていたということだった。


 百人兵長は遥か上司の副騎士団長に腹の中で罵詈雑言、スラムで聞かれるような汚い言葉をぶつけながら、次の手を目まぐるしく探していた。


 「兵長!! 出るぞ!!!! 歩兵、道を開けろ!!!!! 」


 パイク兵の方陣の後ろで待機していた騎兵たちのうち、貴族出身を鼻にかけていつも横柄な、だが実力のある騎兵、五名が軍馬を進めた。


 「待て…いや、待ってください!! 敵の兵力が不明すぎます。全員がなんらかの魔道具を所持しそれで攻撃をしていると思われます。」


 「それがどうした!! 我々の甲冑はそこらの安物の官制品とは違い、魔法防御の術式が刻み込まれている!! 魔法攻撃など恐るに足らんわ!!! 行くぞ!!!」


 百人兵長の制止を振り切り、五人の重装騎士が一列縦隊になり、戦場へと踊り出した。


 ブリュンヒルデたちよりも一回りは大きな軍馬の足が勢いに乗った。


 ブリュンヒルデは部隊の後方に配置した格闘戦では当たり負けする令嬢たちと重装騎士が接敵しないように攻撃を停止し、銃騎士隊を大きく回らせて、城壁の門前に位置取り緩やかに弧を描く横陣をとった。

 逞しい軍馬に跨ったさまざまな、しかしそれぞれが麗しい容姿の令嬢と淑女たちが揃いの黒の軍服に身を纏い、ロートバルトの赤い大地の上に立つ白い砂岩の城門の前に陣取った様子は見惚れるほどに可憐で汚れを知らぬ清らかな美しさで圧倒していた。


 重装騎士たちはブリュンヒルデと彼女が従える銃騎士隊と原隊との間で馬を止めた。


 大柄な騎士の体を包む全身に細かい模様が彫金された、いかにも高位貴族の持つフルプレートの鎧を身に纏いそれを支える巨大な軍馬が前足を上げ、威嚇するように嘶いた。


 「戦は女の出る場所ではない!! 身をもって知るが良いぞ!! 」


 重装騎士のリーダー格の騎士が挙げた胴間声に令嬢たちはブリュンヒルデに助けを求めるように目を向けた。


 「お義姉さま!! 」


 ブリュンヒルデはおちつくように手をかかげた。

 そしてサンパチを他の令嬢に託し、腰に佩していた軍刀を鞘から引き抜いた。


 「お相手しましょう。シャルロッテ! グレートヒェン! リリ! リコリエッタ! ついてきなさい。あとは後方で待機するのよ!! 」


 「はい!!! 」


 彼女の後ろにいたシャルロッテとグレートヒェンも他の令嬢たちにサンパチを渡し、シャルロッテは軍刀を鞘に収めたまま、柄に手をかけていた。


 東方の出身であるグレートヒェンは自ら実家から持ってきた日本刀よりも反りの強い幅広で長い剣を手にした。


 ブリュンヒルデが指名したリリは幅広の短い双剣を手にしていた。

 もう一人のリコリエッタは小柄な体に似合わない長く太い槍を手にしてた。


 ブリュンヒルデたちを送り出し、城門の上でアニカの横で偕行社の6×24双眼鏡を覗いて、観戦していたロリはブリュンヒルデたち五名が前に出て、公爵軍の重装騎士五名と相手する様子を確認して身を震わせた。


 「またか? またなのじゃな? なんでこのパターンなのじゃ? 勝っているのじゃから、優位性を維持してそのまま押し切ればよいのじゃ。なんで戦いに楽しみを見出そうとしとるのじゃ? リアルにスリルもサスペンスも必要ないのじゃ!! 」


 「また姫さまが誰も知らない言葉を使っていらっしゃる。」


 「ほら、死にかけたから、なんか変なことになっているんだよ。テラーノ先生もロリちゃんは

のじゃのじゃ元気だけど、そんなに強い方じゃないって言っていたし。」


 アニカの嘆きにユズはロリが、異世界のぺどにいとやろうと彼女が呼ぶ男の記憶を無理やり植え付けられたために、異世界の言葉が漏れてしまうことを話すことができず、わざとお気楽風に答えた。

 

 「ブリュンヒルデはどうするつもりじゃ? まさか軍刀で戦うつもりじゃなかろうな? 相手はめちゃくちゃ大きな剣じゃぞ。間合いに入れんじゃろ。」





 ロリの不安の言葉はブリュンヒルデまでは届かなかった。


 

 「いくぞ!!」


 重装騎士の一人が馬の腹を蹴り、長身のツヴァイヘンダーを振り回した。


 グレートヒェンと同じ東方の貴族令嬢であるリリは黒髪にインナーカラーが紫の髪をした頭の高い位置でポニーテールにした凛々しい顔立ちをした少女だった。

 彼女はあぶみから脚を外し、鞍の上に足を踏ん張り、体を伸ばして一人の重装騎兵に向かった。


 「ウォォォォォッ!!」


 「ハァッ!! 」


 リリは鞍の上に立ち、掛け声と共に跳ねた。


 彼女のブーツの底を舐めるように切り裂いた重装騎兵のツヴァイヘンダーの突きが宙を切った。

 リリは中空で右脚を伸ばし、ピンヒールの足裏でバケツのようなヘルムを蹴りつけた。

 ヘルムの顔面の位置に深々とヒールの跡が凹んだ。

 そこからリリは宙返りをして、残像が残るほどの勢いで蹴りを繰り出した。


 「アタタタタタ…… 」


 連続した蹴りの後、勢いをつけてリリは空中で一回転をした。


 「ティッ!! 」


 最後にリリは重装騎兵の首に向かって足を薙ぐように蹴りつけた。


 グワシャン!!


 重装歩兵は落馬し、しばらく痙攣し、動きを止めた。




 「なんじゃ、あの動きは!? 格ゲーじゃろ!! 蹴りのコンボを決めるななのじゃ!! あと双剣、ぜんぜん関係ないのじゃ…… 」


 ロリはぶえぇと渋い顔をして、肩を落とした。




 ピンクに近い薄紅色の髪に青いリボンで括り、ツーサイドアップにした令嬢たちの中でも一際幼い容姿のリコリエッタは背中に背負っていた古代日本の鉾のような穂先に太い鉄製の柄の槍を握り、振り回して右手一つで槍の穂先を下に向けて、脇で柄を支えるように構え、大柄な馬にまたがっていた。


 その様子はいくつもの戦場を駆け抜け、経験豊かな古兵の風格を醸し出していた。


 リコリエッタと対する重装騎士は五騎の騎士の中でも一番大きな体格をした騎士だった。

 騎士はランスではなく、ハルバードを握りしめていた。


 「ふん。子供が混じっているとはな。恐ろしくて泣く前にとっとと母親のベッドに帰るのだな。」


 「図体ばかりでかいくせにやりあうのが恐ろしくて、口でどうにかして、わしに帰って貰おうとするなど、肝が細いな。」


 可愛らしい声で騎士を煽ると怒りで体が膨れ上がり、甲冑を留めている金具が軋み、弾けそうになった。


 「この小娘が!!」


 重装騎士がハルバートを頭上で振り回した。

 

 「軽いな。」


 ドドッドドゥ、ドドド


 リコリエッタが馬を走らせた。


 「フンヌォオオオオオ!! 」


 重装騎兵のハルバートが鉄色の疾風のようにリコリエッタの頭上に振り下ろされた。


 ガッ、ガリガリガリガリガリガリッ!!


 リコリエッタは槍を軽々と操り、重装騎兵のハルバートの刃を外らせた。

 彼女の持つ鉄の柄にハルバートの刃が滑る。


 「フン!」


 リコリエッタの槍を持つ手首を捻るとハルバートは弾かれた。

 小さな令嬢のわずかな動きだったが、二周りほども大きく重い重装騎兵の姿勢が大きく崩れた。


 「鍛錬が足らん!! 」


 リコリエッタは槍をくるくるとバトンのように回し、石突を先に構え、胴ががら空きの相手の鳩尾に向かい鋭く突きを一つ、繰り出した。


 「グォオオオオオオオオオ!? 」


 重装騎兵の図体が後ろに飛ばされ、背中を下に大の字で倒れた。


 起き上がってこないことは誰の目にも明らかだが、リコリエッタはまた刃先を下に向け、いつでも振り上げられるように気を抜いていなかった。


 



 「おい? 」


 「身体強化魔法…かと…… 」


 「それ自体は珍しいことではないですが、あの少女、凄まじい技量の持ち主ですよ。」


 副長と観測兵は呆れたように地面に叩きつけられて気絶した騎兵が従卒兵四人がかりで運ばれている様子を眺めていた。


 「あれ、メイドか? 俺にはどこかの槍術の師範か老師に見えるぞ。ハルバートに対しての捌き方と残心、どっかで見覚えがあるんだが、副長はどうだ? 」


 「帝国流ですかねぇ。……あっ!? 」


 「どうした? 」


 「帝国の姫の一人がじゃじゃ馬と聞きました。殿下を守るためだけに女だけの騎士団を皇帝がプレゼントしたとか…… 」


 「いや、ちげえだろ。ただでさえバイスローゼン王国は帝国から遠方で国交がない。あと腕自慢の帝国の姫さまは冒険者になりたいってわがままを言ったとは聞いたが、それ以降はしらねぇな。」




 「あの娘は何もんじゃ? 」


 「リコリエッタ・リコリア・フォン・グンニグル嬢ですわ。ローゼンシュバルツ王国の法衣伯爵家の娘で、グンニグル伯家は王国軍の官僚です。伯爵の妻は帝国流槍術の本家の娘で祖父より槍術を習ったそうです。他国のしかも女でなければと言われ、免許皆伝から先の秘伝も受けたそうです。」


 「よう手放したもんじゃのう。で、あとはブリュンヒルデにシャルロッテにグレートヒェンか。どんなびっくりが飛び出るか、見ものじゃ。」

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