第62話

ハンプティダンプティは生? 温泉卵? それともハードボイルド?


 「開門ですわ!! 」


 ブリュンヒルデがミルシェの作ったカラビニエリをモデルにした黒の制服を見に纏い、マントを翻えし、合図をした。

 背が高いブリュンヒルデの大きな胸ではち切れそうな軍服の黒にマントの裏の緋色が目に鮮やかに映えた。


 ゆっくりと門がせり上がり、ブリュンヒルデを先頭に、軍刀を腰に佩いたシャルロッテとグレートヒェンが続き、その後ろに揃いの黒の軍服姿の令嬢、淑女たちが馬に跨り行進をはじめた。


 「な、なんなんだ!! ロートバルトには騎士団がいないという話ではなかったのか!?


 兵長!!!


 どういうことなんだ!! 」


 慌てて馬車に戻ったガノタ子爵は同行した護衛兵の百人兵長に唾を飛ばして叱責した。


 「我々も先の戦争で男爵もろとも消滅したという情報しか持ち合わせていません。副長、周辺の情報ではどうだったんだ。」


 「騎士団が復活したとは聞いていません。南諸王国の奴隷騎士団も女王の『ワガママ』で引き上げたままです。ただ…… 」


 「ただ、なんだ?」


 「開拓村につながる街道の巡回が再開したようです。」


 「衛士隊ではないか? 」


 「全員が女性だったそうです。」


 「……あの騎士団の団員はどう見える? 」


 「全員、女性です。あと、甲冑をつけていません。それに全員短い細い槍を持っているように見えます。」


 「戦えると思うか?」


 「……訓練は受けていると思います。行進に乱れが見えません。男爵家には腕利きの戦闘メイドたちがいると聞いています。それらに武器を与えて、軍服を整えて並べたのだと思います。」


 「だろうな。」


 「なんだ、女が馬に跨っているのか?」


 百人兵長たちの話を聞きつけた子爵が下品な声を上げて馬車から飛び降りて、前に出た。


 「おい、見栄えだけいいおもちゃの兵隊だな。特に先頭の女!! なかなかいい女だ。わしの妾にしてやろうではないか? 」


 ガノタ子爵の下品な提案にブリュンヒルデは赤の巻き毛を手で払い、北方山脈の永久凍土よりも冷たい眼差しで口を開いた。


 「バイスローゼン王国の貴族はこうも品性下劣なのかしら? 


 このような下劣な豚が使者とは信じられませんわ。


 武装して集団で言いがかりを付けて脅すなど、盗賊の所業ですわ。


 よろしいですか!!


 エミリア・フォン・ロートバルト女男爵とロートバルト市は匪賊に屈することはありません。


 命が惜しければ、とっととケツを捲って逃げるがよいですわ!! 」


 「くっ!! 」


 ガノタ子爵は下唇を噛み締め、右に並んでいる百人兵長の胸に拳を振り下ろした。


 「ここまでの耐え難い屈辱を受けたことなんかないぞ!! 兵長!! なぜ黙っている!? この田舎町を滅ぼしてしまえ!! 」


 一気に大声で捲し立てて、酸欠になった卵型の子爵は気が遠くなり、追いかけてきた二人の稚児のような小姓の美少年に支えられた。


 百人兵長は深いため息をつき、ガノタ子爵から離れ、部隊をとりまとめている副長たちのところに向かった。


 「使者のお貴族さまが攻めろとの指示だ。」


 「公爵閣下と騎士団長からは町に手を出すなという命令が出ていますが?」


 「頭に血が上りすぎて、そんなことを忘れているだろう。」


 「まあ、目の前の娘さんたちはみんな垢抜けた美人ばかりですしね。」


 「女を相手に戦えるか? 」


 「まあ、命令とあれば。衆人環視の中でズボンを脱いで腰を振る勇気がある兵隊はいないと信じていますがね。」


 頷いた百人兵長がブリュンヒルデを見つめ、彼女の真意と兵力を測っていると彼女は、腰のホルスターからモ型大型拳銃を抜き、高々と掲げた。


 ドゥン!!


 ドゴン!!


 大気を切り裂く音と共にガノタ子爵が乗ってきた赤が基調で、黒の縁取りをした豪奢な馬車に穴が空いた。


 ドゥン!! ドゥン!!


 ドゴン!! グシャ!!


 92式重機関銃の重い銃弾がロートバルトの城門の上から撃ち込まれ、たった三発で馬車は木屑に化した。


 慌てた百人兵長は唖然と破壊された馬車を見守る三人の使者を押しつけて、護衛隊にまかせた。


 「護衛!! 子爵を守れ!! 」


 「必要あるんですかねぇ? 」


 「ウルセェ!! 巻き込まれて死にたくねぇだろ!? せっかくあのくだらねぇ戦いを生き延びたんだぞ!! 」


 「それはそうですね。観測兵!! あれはどんな魔法だ!! 」


 「魔力の放出はごく微量!! 出力、破壊力と釣り合っていません!! 」


 「どういうことだ!! 」


 「わかりません!! 」


 清々しい返答に言葉を詰まらせた百人兵長は前に出てきた軍馬に跨ったブリュンヒルデを睨みつけた。


 「あなたがこの茶番劇の実質的なリーダーですわね。さて、どうします? 」


 「まずは貴女たちの情報だけでも持ち帰らなければ、公爵への顔向できないな。」


 「では、ここで引かれることをお勧めしますわね。なんなら廃棄物の処理のお手伝いもしますわよ。」


 「まあ、あれでも繋がりが面倒臭いから、死んでもらうわけにはいかないのですよ、御令嬢。一当たりして、戦力を確認したいがね。」


 「お断りですわ。」


 ゆっくりと掲げた右手を水平に下ろすと、右手のモ式大型拳銃の銃口を水平に振った。


 ズ、ドドドドドドドドドドドド!!!!!!


 ロートバルト市の城門の前に展開したシュトロホーフェン公爵直属の兵隊が展開している手前に92式重機関銃の太い銃弾が赤い大地の砂を撒き散らした。


 身じろぎできずにいる兵隊に対して馬上のブリュンヒルデはスカートをつまむ仕草を見せて、微笑んだ。


 「これで如何ですか?」


 「逃げてぇなぁ。でもここで逃げたら、敵前逃亡と使者どのに讒言されて首を切られかねそうでね。進むも地獄、逃げるも地獄なら、進むのが軍人だな。」


 「げにすまじきものは宮仕えということですわね。いかが致しますか? 一曲くらいならばお付き合い致しましてよ。」


 「麗しい令嬢のお誘いを断るわけにはいかないな。」


 





 「何を話しているのか、わからんが割と詰まらん話をしている気がするのじゃ。」


 「どうやらはじまるみたいですね。 ひ、ロリちゃん、どうしますか? 」


 「アニカよ、もうどっちでも良いのじゃ。リーシァたちは待機。ハゴたんとテケたんは後方で増援がないか、監視を継続。チハたんは……今日は休んどれ。 チハたんが出るほどの敵でもあるまい。


 ブリュンヒルデ、あいつらに目に物見せてやるのじゃ。


 妾たちには奥の手はいくつもあるのじゃ。


 こんな程度じゃ、妾たちの底は覗くことができんじゃろ。」


 「はい。伝達いたします。」


 メガネをかけたメイドが深々とお辞儀をして朝顔を伏せたようにスカートを広げた。

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