第61話
戦争という外交
戦争だとロリが叫んでも、実戦がはじまるわけでは無かった。
先に実戦を経験したグレートヒェンと東方の令嬢は部隊を組み、マムルク奴隷騎士団が行っていた開拓村と街道の巡回を再開した。
ローゼンシュバルツ王国出身の彼女らは他国の南方の辺境に土地勘がないため、ギルドからフィムを道案内と共に各地の情報を収集する斥候として、ギルド長のジェラルドから無理やりエミリアからの指名依頼と言うことで雇い入れた。
ジゼルはしばらく冒険者を休業して、ロリたちの商会に入り、フィムと同じく道案内をしながら、サンパチの教練もこなした。
ジゼルは酒をやめることに成功した。
というのも、ユズの解毒剤を飲んで以来、酒を飲むと内臓が焼けるような感覚に襲われるようになったからだった。
ユズの話では、ホワイトエルフのジゼルは精霊と親しいため、解毒剤に溶け込んでいた火の魔法を再現して飲ませないようにしているだろうと言うことだった。
それでも諦めきれないジゼルがギルドの食堂に戻り、昼酒を嗜もうとして転がり回った。
その様子にコッペリアは冷たい一瞥を送り、酒瓶をとりあげ、精霊が飲むなと言っていると説教したことから事実として認定された。
まだ乗馬での戦闘に慣れない令嬢や淑女たちはカントリーハウスや平原で軍事教練を行なっていた。
身体強化を嗜んでいるとは言え、やはりサンパチよりも100式機関短銃の方が持ちやすく、今回運んできた物資の中に38式騎銃や44式騎銃が多少あったため、魔力が比較的少なく、乗馬に慣れない令嬢たちへと配布した。
また、マリア=テレジアやゾフィー、エリザベートは重機関銃の操作に完熟するために騎兵訓練や巡回を免除されていた。
ロリの商会で働くことになったのは令嬢たちだけではなく、彼女らが幼い頃から付き従い、信頼できる侍女や両親からつけられていたメイドたちもいた。
侍女やメイドたちは令嬢や淑女たちと同等もしくはそれ以上の武芸や戦闘特化型魔法を仕込まれて、令嬢たちを守護する任務も受けていた。
だからかなりの数の侍女たちも乗馬はできるが、全てに馬を与えようとするには商会の資産的に無理だったため、彼女らを歩兵として運用することにした。
しかし彼女らは歩兵の役割をするにあたって、徒歩の行軍ではどうしても銃騎兵である令嬢たちに追いつかない。
またロリやアストラッドはチハたんやハゴたん、テケたんの随伴歩兵は重要だと考えていたが、そうすると歩兵の数が全く足りないことになった。
二人が額を寄せ合って考えているとユズはこの世界の国の軍隊の大半はチハたんたちの戦車砲の射程距離に対抗できるような戦力がないことを指摘した。できるとすれば魔法兵だが、戦術レベルの魔法を駆使して従軍する魔法使いはエリートでそれほどの数を用意することができず、辺境の小貴族の討伐などで出す状況はよっぽど国や公爵が追い込まれている証拠で、そうなると周囲の隙を窺っている仮想敵国が黙っていないとブリュンヒルデが補足した。
二人は結局、この世界が転生前の世界の片隅で流行していた小説の設定である中世レベルの戦力であると想定した。
それに対してこちらの戦力の中心は近現代の銃騎兵であるというアンバランスさと歩兵戦車であるチハタンと軽量の巡航戦車であるハゴたん、そして偵察など任務も行うテケたんを機動力のある砲科とし、機動力に優れる銃騎兵による縦深突撃と馬上剣術では体力的に貧弱のためにアルマン卿救出時に用いた一撃離脱戦法を組み合わせた電撃作戦の二本立てで戦術を組み立てた。
戦場では面の支配は必要となるために98式走行運搬車、ソダ車やニューエラ号、チハたんたちの戦車のタンクデサントで機械化された侍女やメイド歩兵隊が展開する近代北欧で使われた三兵戦術のアレンジをドクトリンとすることに決めた。
部隊が作られれば、所属を明らかにするためになんらかの工夫が必要となり、そこはやはり貴族の令嬢や淑女、侍女にメイドたち、歳若い女性が多いためにファッションにこだわることになった。
ロリが制服とするつもりだった昭和五年式の赤い詰襟に砂色に近い明るいカーキ色の旧陸軍の制服だったが、ロリやアストラッドのような小柄な少女は似合っていた。ユズも背は二人より高いが褐色の肌で目が大きく、鼻が柔らかい曲線のどことなく異世界の日本人に似た面立ちなので似合っていた。
それに対してブリュンヒルデをはじめとする『イリス』の令嬢、淑女たちは北方の出身で背も高く、発育のよろしい抑揚に満ちたプロポーションでロリたちが元いた異世界の中央から北ヨーロッパのようなくっきりとした面立ちのために、制服の寸法も微妙に合わず、着ることができてもやぼったかった。
ロリはしばらく悩んでいたが、その隣でアストラッドが手遊びで描いていたイラストを見つけた。
そこには厚い歴史書が『負けた』の一言で済まされてしまうあの国のフリー素材にもなっているあの時代の軍服がたくさん描かれていた。
ロリはそれをモデルにしようとしたが、描いた本人に『厨二病』の一言で済まされ、詰襟ではなく開襟風の黒のショートジャケットに白シャツ、赤いリボンタイ、ジェケットには参謀ではないのに飾緒をつけ、ジャケットと同じ布地のタイトなズボンにロングブーツ、自信があればピンヒールブーツにして、表地は黒、裏地は赤のマントとイタリア憲兵隊(カラビニエリ)のようなデザインにして、サッシュもデザインした。
アストラッドのデザイン画を見て興奮したのはミルシェだった。
「革命よ!! 」
「できるかの? 」
「あなたのジャケットを研究したから、大丈夫よ!! 」
「じゃあ、全員分頼んだのじゃ。」
「何人かしら? 」
「ひとまず令嬢、淑女で六十人分。侍女や戦闘メイドたちはまた別のデザインにするつもりなのじゃ。」
「……一人じゃできないわ。」
「じゃったら、父親の商会に頼むのじゃ。妾たちはあくまで貴族の令嬢たちの教養や知識、技術を提供する商会じゃ。バラバラの服装ではまるで傭兵団なのじゃ。」
「うぅ…… お父様なら断らないでしょうけど、借りを作りたくないわ。」
「納期に間に合うのか? 」
「さっそく、父に頼みます。」
「よいお返事じゃ。ではご褒美じゃ。もうすでにロートバルトは戦争に巻き込まれているのじゃ。今はまだ法律と貴族の駆け引きじゃが、いつ武力で押し寄せてくるかわからないのじゃ。父親にも教えておくがよいのじゃ。」
「……相手は? それに勝てるの? 」
「相手はそなたの父なら薄々わかっておるじゃろう。勝てるのかじゃないのじゃ。勝つのじゃ。先だっての小鬼との戦いと一緒じゃ。相手とはまったく折り合いがつかんのじゃ。」
「わかったわ。あなたならやってくれるわね。」
「もちろんじゃ。」
薄い胸を張ったロリに同じような発育で妙に色気のある面立ちのミルシェが眉を寄せ、唇を尖らせた。
ポッカリと空いた平和にロートバルト領が弛緩した頃、百人ほどの軍が護衛する貴族の隊列がロートバルトへと向かう街道上に現れた。
彼らは急ぐ様子を見せなかったが、前方にいる隊商や冒険者たちを排除しつつ、先に進んだ。
その動向はすぐにロートバルト市庁舎へと伝達されて、エミリアや彼女から信任を得ている市長たちへと伝わった。
男爵家の官僚やロリたちの意見はそのまま、揉め事を起こさずに進ませよと言うものだった。
彼らはロートバルト市領の門前の平地で軍人たちが街道を塞ぐように展開した。
豪奢な馬車から、でっぷりと太り、金髪の巻き毛のかつらを被り、真紅の派手な衣装に身を包んだ貴族の男が出てきた。
男は左右の幼い美少年の小姓が彼を支え、右の少年が金の唐草模様のついた拡声器を男の口元に当てた。
「ハンプティダンプティ、塀の上に座った。
ハンプティダンプティ、塀からおっこった。」
ププゥ!!
ロリの歌にアストラッドが吹き出した。
城門の上でロリたちと並んでいたエミリア、アニカ、ブリュンヒルデ、そしてユズが不思議な顔をした。
ロリは肩をすくめて、「喋り出すようじゃぞ。」と指差した。
貴族の男はふんぞり帰るようにのけぞると左の少年が顔を真っ赤にして、全力でささえた。
「よく聞け!!
先のロートバルト男爵は卑怯にも敵と内通し、シュトロホーフェン公爵の陣幕の位置を教え、夜襲に失敗すると決戦時に敵に寝返り、バイスローゼン王国軍に攻め入ろうとし、全滅した!!
シュトロホーフェン公爵は慈悲深く、ロートバルト領を公爵に差し出すのならば、国王への訴えを取り下げるとの慈悲を示した!!
田舎者の女男爵はそのやぼったい農家の娘の顔を地に押しつけ、公爵の慈悲に涙を流して領地を差し出すがよい!! 」
満足げな顔つきで喋り切った貴族の男は何の疑問もなく、エミリアが出てくるだろうとその場に立っていたが、城門の上でアニカがエミリアから再度借りた小鬼(ゴブリン)との戦いの際に使った太く長い指揮杖を右手で掲げて、左手にロリから渡された紙片に目を向けた。
そして、彼女のスキルである鼓舞を使い、あたりに響き渡る大きな声を上げた。
「よく聞け、貧乏で底辺貴族の名しか持たない無能者!!
先だっての紛争には王家より戦時監察官が、頭と懐のお寒い貴族が功績を焦って国同士の戦争にならないように貴族の動きを全て記録している!!
そのことすら忘れてしまった公爵は、今や財布の底が抜けて青色吐息と聞くが、いよいよ食べるものにも窮して辺境の可憐な守護天使たる女男爵にたかるのか!!
とっとと往ねば、貴様らに天罰が降るぞ!!」
「なっ、なっ、なっ、……わしはシュトロホーフェン公爵の姉君の夫の次男の縁戚であるガノタ子爵である!! このような辺境の地の田舎者に底辺と呼ばれる筋合いはないぞ!!
貴様!!
とっとと降りてわしの前に裸でひざまずけ!!
反抗的な態度を取ると、この田舎町なぞ、火の海にしてやるぞ!! 」
「裸でひざまずけってところに品性が出るよね〜」
「ロリちゃさ〜 公爵の使いをあんなに煽って、いいわけないべさ。はよ、あやまって穏便に済ませた方がええよ。」
「エミリアよ、王に訴えたのにその裁定を待たずにこうやって使者を出すってことはじゃの、こっちの有責で示談に持ち込む気じゃろ。しかも使者の人選はともかく、兵を引き連れてきたのは脅して屈服させるつもりじゃろな。
じゃがこっちにも戦力はあるのじゃ。
ブリュンヒルデよ。」
「はい。」
「初お披露目じゃな。」
「ええ。期待してください。」
ロリはブリュンヒルデの返事に八重歯を見せて獰猛に笑った。
「では皆のもの、行くぞ。」
「はい。」
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