第58話

ブレインストーミングって今や古典的だよね



 その夜、食事を終えるとロリとアストラッド、ユズ、シャルロッテ、ブリュンヒルデが執務室に集まった。

 分厚い一枚板の天板が重厚な執務机の上にはサンパチとロリがいつも腰から下げているマウザー、そして今回、初持ち出しの100式機関短銃が置かれていた。


 「アストラッドは心得ておるかもしれんが、その他の者たちはこれらの長所と短所を言えるか? 」


 「まずは貫通力が弓とは比べ物にならないくらい高いことかな。あとはエルフの弓術並みに遠くから打つことができるよね。」


 「ユズは実地で見て来たからのう。その通りじゃ。フルプレートの騎士の持つ盾を貫通し、鎧の中の騎士を倒すことができるそうじゃ。実際に妾はジゼルが小鬼を二体、胴抜きしたところを見ておる。」


 「ほぉ。」


 「恐るべき威力ですわね。」


 「マウマウは小さい分だけ射程距離が短くなるし、威力も小さい。目の前ならば、甲冑を射抜くことはできるじゃろう。そしてこちらは短機関銃じゃ。サンパチちゃんと同様の威力で連射ができるものじゃ。」


 「それはどのくらいの速さですか? エルフだけではなく、熟練した弓手は二本の矢を同時に射ることができます。」


 「アストラッドはわかるか?」


 「確か、一分間に千発は行かなかった気がするっす。七百発くらいっすかね。」


 「ん? アストラッド、よくわからんぞ。」


 シャルロッテは美しい曲線の眉を寄せて苦言した。


 「あわわ、すんませんっす。えっと、一秒に十発程度だから、こう、手をパンと叩く間に十発以上が撃てるっす。」


 「……信じられんな。」


 「シャルロッテよ。アストラッドの言う通りじゃ。まあ、明日、撃たせてやるので、見ておれ。」


 「はい。」


 「では短所を言えるものはおるか?」


 「多分ですが、懐に入られてしまうとどうにもならないように思えますわ。」


 「そうじゃ。ブリュンヒルデのいう通りじゃ。間合いが遠いので、近づかれると難しい。その点、マウマウは小さいので懐に入られても撃てる。じゃが、サンパチちゃんを持っていて、懐に入られたらマウマウに持ち変えることが出来んじゃろな。」


 「だね。そのために銃剣がついていて、短槍のようにして使うんだよね。」


 「そうじゃ。じゃが、シャルロッテよ。お主の剣ならばこれを切ることはできるか?」


 「剣術だけの力では難しいと思いますが、身体強化や何らかの魔法を使えば可能かと思います。」


 「なるほどのう。皆のものが知っておる通り、これはこの世界では作ることができぬ。壊れたらそれまでじゃ。さて、少しわかったようじゃな。ブリュンヒルデよ、まとめてみるのじゃ。」


 「はい。サンパチちゃんはフルプレートの重装歩兵や重騎兵を倒す火力を持ち、エリート兵種の魔術兵のように才能と習熟を必要とせず、魔法力さえあれば容易く使えますわ。またエルフ弓兵かそれ以上の距離の射程を持ち、魔術兵、エルフ弓兵よりも数が揃えられますわね。しかし、格闘戦ではその長所を生かすことができないというところかしら。」


 「うむ。それを踏まえて、どう戦うのじゃ?」


 「まずは陣地を整えて迎え撃ちます。」


 「シャルロッテのいう通りじゃな。他にはどうじゃ?」


 「横一列に等間隔で並び、行進し、号令に合わせて斉射など如何でしょうか?」


 「ブリュンヒルデは漢らしいのう。戦列歩兵じゃな。サンパチちゃんよりも古い銃の時は命中率も距離も短いものをお互いに使っていたから通用したのじゃが、魔法兵の大型魔法のいい餌食じゃろ。」


 「では姫さまはどうお考えになられていますか?」


 「機動力と組み合わせじゃな。チハたんやハゴたん、テケたんそれにまだ試してはおらぬが、小型の砲がある。そして馬に騎乗する者、98式走行運搬車が兵を早く敵地まで移動させることが出来る。

 大型の砲で敵地に攻撃をし、動揺している間に騎兵が突撃する。出来るかどうかはわからんのじゃが、騎兵に銃を撃たせることで攻撃力を上げる。そうすることで敵を分断し混乱させたところで、チハたんたちや走行運搬車で歩兵を突入させて攻撃をかけて敵陣地を奪取する。

 平地での会戦ならば、このようなものかのう。」


 「さすが姫さまです。素晴らしい作戦です。」


 「問題があるとすれば、実現不可能ってとこっすね。」


 「なんじゃとう?」


 「アストラッド!! 姫さまのお付きがほめずにどうする!!」


 「アストラッドは妾の友人じゃ。勘違いすな。でどういう意味じゃ。」


 「ロリちゃん、他の銃や砲の試し撃ちもしていないし、騎乗射撃や連携訓練もしていないのにそんな複雑な作戦行動無理っすよ。」


 「それは妾も心得ておるのじゃ。まずここはブレインストーミングじゃ。」


 「なるほどっすね。いきなり正解を出しちゃダメっすよ。」


 「ブー 褒められたかったのじゃ。」


 「正解だったんですか?」


 「そうっすね。騎馬突撃自体は銃や戦術の進化で徐々に姿を消したっす。」


 「どういうやり方なの?」


 「たとえば、人が立って歩けるほどの深さの壕を縦横に掘ったり、棘を仕込んだ細い針金を張ることで馬の勢いを殺し、機関銃で撃ちまくるっす。」


 「…… なるほどな。魔法兵と銃を入れ替えれば、すぐに通用するな。どうしてやらないのだろう?」


 「平地での会戦ならすぐにできますね。」


 「多分っすけど、戦争は貴族や傭兵団、あとは領地の徴兵っすよね。」


 「ああ、村や集落ごとに人数決めて徴収するわね。」


 「塹壕って呼ぶっすけど、掘るにも技術や人手が入り用っす。戦争に動員する人数が足りないっす。だから、今までは現実的ではなかったかも知れないっすね。」


 「なるほどな。アストラッドとやら、平民の娘ながらも戦場の知恵に長けておるな。傭兵団の出身か? それとも帝国の貴族の落とし胤ではないか?」


 「あっ、いやっ、うちは普通の帝国自治領で鍛冶屋をしているおっさんの娘っす。ただ、ホワイトドワーフっすから仕組みを考えるのが好きってだけっす。」


 「そう。市井のものでもバカにはならないわ。」


 感心したブリュンヒルデとシャルロッテからそっと離れたアストラッドにユズがこっそりと話しかけた。


 「本当のことを言わなくても大丈夫かな?」


 「ロリちゃんが話さないならわたしからいう必要はないっす。」


 「そっかあ。」


 二人は壁際まで下がり、ロリと二人の令嬢が話し合う姿を眺めていた。











 次の日、試し撃ちをはじめる前にロリはユズと共に射撃場にしていた裏庭に出ていた。

 ロリは的が並んでいた場所に台形の土の山を作るように地面に指で形を描きながら、ユズに説明していた。


 「じゃからな、このような形の土の山を作ってな、こちらの方向から撃つのじゃ。そうすると土の壁で向こうにまで弾が抜けるようなこともなく、安全じゃろう。」


 「なるほどね。それを作って欲しいのかぁ。でもわたしは土の魔法はあんまり得意じゃないんだよね。」


 「はぁ? こんなことくらい、お主には朝飯前じゃろう?」


 「多分、わたしが作ると固くなりすぎて、弾を弾いちゃうかも知れない。」


 「ああ、やりすぎるんじゃな。さて、どうしたもんじゃのう?」


 「お嬢さんたちや御付きの人に頼んで作ってもらうといいよ。」


 「そうか、そうじゃのう。わかったのじゃ。」



 ロリとユズはカントリーハウスに戻り、ブリュンヒルデに協力を依頼したところ、先日試射を終えた数名の令嬢が立候補し、射撃の的の土台を作ってくれた。


 午前中に試射は終わり、マリア=テレジアと魔人族の血をひいた男爵令嬢と黒エルフの血を引く子爵令嬢が残り、92式重機関銃の試射をすることになった。

 本体と三脚が別で保存されていたので、アストラッドが持ち上げて、様々試して、設置するとユズが本当に撃てるか、試しに引き金に指をかけた。


ドドドドドドドドドドド


 「ウォアッ!?」


 大きな音とサンパチよりも太い光が的を粉々にして、令嬢たちが作った土台の小丘をえぐった。


 「すごい音と威力だね。」


 「馬もろとも粉々じゃな。ユズよ、音はすごかったが反動はどうじゃった。あと、魔力の抜け具合もじゃ。」


 「びっくりするほどなかったよ。魔力はやっぱり持ってかれるね。」


 「なるほどのう。ではリーシァたちも試してみるのじゃ。」


 「はい。」


 まずはマリア=テレジアがユズと場所を代わった。


 「では、行きます。」


 マリア=テレジアが声をかけ、引き金を引いた。


 ドドドッ、ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド


 キツツキの音とも言われるほどの高い連続した射撃音が辺りに響き渡った。


 フゥッ、ハアァ、ツッ……


 今まで息を止めていたかのように、空気の塊を吐き出したマリア=テレジアは薄い胸を膨らませるように大きく息を吸い込んだ。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド


 二回目の射撃で小丘が削れ、穴が大きくなった。


 「リーシァよ!! 左右に銃口を振ってみるのじゃ!! 」


 「はい!!」


 ロリの叫び声の指示にマリア=テレジアも大声で返し、銃口を右に動かすと弾丸の光が弧を描くように小丘の土壁に吸い込まれた。


 「だるくなってきました。」


 「よし、打ち方終わりじゃ。」


 「まだ撃てます!!」


 「昨日も話したが、魔力を使い果たしては身の危険じゃ。だるくなる前に次に移ることが重要なのじゃ。では次の……」


 「ゾフィー、あなたが次よ。エリザベートはその次。」


 名前を思い出せそうにないロリの代わりにブリュンヒルデが赤い天然パーマの男爵令嬢を指差し、褐色の黒エルフの子爵令嬢を最後にした。


 「そうじゃ、ゾフィー、エリザベート。」


 二人は頷いて、マリア=テレジアと代わった。


 二人とも92式重機関銃の補弾板に装填できる三十発を二つ分、六十発ほど撃ったところでだるさを覚えて終了した。


 「リーシァはどのくらいいったのじゃろう?」


 「多分1分程度は撃つことができていたから、四百発くらい?」


 「すごいのじゃ。」


 「わたしはもっと撃てるよ。」


 「そうじゃろうのう。でじゃ、午後からは騎乗でのサンパチちゃんじゃな。無理そうじゃったら100式機関短銃の方が小さいし、弾をばら撒けるじゃろう。」


 「そうっすね。そっちの方が脅威かも知れないっす。」


 「えっ? 流された?」



 

 その日の午後、ロリがお昼寝から目を覚ますと泥棒横丁のミルシェが父のシラーフシュツットを連れてやって来た。


 「なんじゃ、先ぶれを出すと行っていたのではないか? 」


 「出したわよ。返事がなかったけど、父の時間がここ以外に取れそうもないので来てやったのよ。」


 「それはどうもなのじゃ。では中で話をするのじゃ。誰か!! ヴィルヘルミーナとブリュンヒルデを呼ぶのじゃ!!」


 「久しぶりでございます。ロリちゃんさま、今回も何か面白いことに交えていただけるとのことで、期待しておりますよ。」


 「まあ、ひいてはお主らの益にもなるのじゃが、まずは妾は商会を興すのじゃ。そして商業ギルドに登録したいのじゃが、聞けば保証人とやらがいれば早いとか。」


 「そうですね。」


 シラーフシュツットが頷いたところでヴィルヘルミーナとブリュンヒルデがロリの下にやってきた。

 

 「お呼びですか? ひ…ロリちゃん。」


 「お、おう、泥棒横丁で仕立て屋を営んでおるミルシェと大通り商館の館主であるシラーフシュツットじゃ。この二人は妾がロートバルトに来てからとても世話になっている。これから商会の話をするので、応接室を開けるのじゃ。」


 「はい、お待ちしておりました。ではどうぞ。」


 ヴィルヘルミーナはそっと片眼鏡を直して、右手を差し出し、ロリたちを先導した。

 応接室は南側の前庭の美しい花壇の見える部屋だった。

 そこでロリは二人に事業の説明を行い、商業ギルドの保証人あることを求めた。

 ミルシェはあきれ、シラーフシュツットはロリに深々とお辞儀をした。


 手続きはヴィルヘルミーナにすべてを任せたロリはその小さな体で大きく伸びをした。


  



 「本気ですの?」


 「妾はいつだって本気じゃ。」


 書類の内容を決める商人たちの戦いが終わり、ミルシェは庭園でお茶を楽しんでいたロリのところまでやってきた。

 ローゼンシュバルツ王国からやってきたメイドたちが出すコーヒーは南国向けの浅煎りで酸味のある軽いお茶のような味わいだった。

 口をつけて、驚いた様子な表情をすぐに意地悪げな笑みの浮かべたミルシェにロリは肩をすくめて、ラングドシャーのように薄く焼かれた小麦粉とバターの菓子をポキリと折って食べた。


 「全員がローゼンシュバルツ王国の貴族子女、しかも公爵家から騎士爵まで勢揃いですわ。それを率いるのは、どこかの姫さまによく似た迷子の女の子のあなたときたもんですわ。


 商会の名前は『フェリ・フルール・ドゥ・リス』ですって?


 アイリスの花の妖精の国なんて、どなたがつけたんですか?


 しかも西方の古語でだなんて、中央地方のローゼンシュバルツ王国の令嬢たちの商会の名前にしては皮肉が効いてましてよ!? 」


 「よくわからんのじゃ。いい名前ではないか?」


 「西方古語はバイスローゼン王国が南西諸地方を統一した時に廃止された言葉ですわよ。それを正式につけることは王国に対して思うところがあると言う意味ですし、それが中央地方の大国の貴族の令嬢がつけるなんて……」


 「この国に喧嘩を売っておると言うことじゃな。じゃが、ちゃんと商業ギルドで承認されたのじゃぞ。」


 「商業ギルドの幹部の頭も疑いたくなりますわ。……ところで、あなたの令嬢たち(ガールズ)は本当に戦えるのかしら?」」


 「お望みならば、甘く踊り、地獄のように熱く、苦い敗北の味を楽しませてやるのじゃ。」


 ぺどにいと野郎の記憶に浮かんだコーヒーの名言を混ぜ返すようにアレンジしてロリが返事を返した。


 「ふふふ、いいお答えですわ。エミリア女男爵とロートバルトの民、そして辺境の財をお願いするわ。」


 ミルシェは両手を広げてまったく笑っていない笑顔を見せた。



 


 騎馬訓練は次の日も行った。


 「よう撃てるものじゃのう。」


 「乗馬の時に軽い身体強化で胴体を支えているので、サンパチちゃんも支えて狙いやすいのですわ。」


 「なるほどのう。よう考えるものじゃ。 ……何事じゃ。」


  ロリがマウザーC90、モ式大型拳銃の入っているホルスターの蓋を開けるよりも前に隣のブリュンヒルデが体を捻りながら、地から弧を描くように鋭い回し蹴りを放ったが、彼らの背後にいるメイドはスカートの裾を翻して美脚を高く宙に掲げて、後方に伸展宙返りで避けた。


 「お主はエミリアのとこのメイドじゃが、顔に見覚えがあるのじゃ。」


 「わたしたちはメイドです。それで結構でございます。それよりもお願い致したいことがございます。」


 「なんじゃ? 申してみぃ。」


 「ロートバルト領に高貴な方が用いる箱馬車が向かっています。」


 「ほう?」


 「その後を追う、招かれざる客人が馬で数名ほど。」


 「どのような姿をしていますのかしら?」


 「黒マントに黒色のフルプレート、馬も黒馬で揃えています。」


 「まるで黒騎士団じゃのう。それで妾たちに何を所望するのじゃ?」


 ロリはこの世界で有名な絵本に出てくる悪役騎士団の名を挙げた。


 「予定のないお招きのお客様へのもてなしをお願いいたします。わたくしたちメイドでは正面兵力に対して伍する能力を持ちませんので。」


 「なんとも急な話じゃのう。妾たちにどのような利があるのじゃ?」


 「ロートバルト家と前宰相家からの感謝を。」


 「なんとも心もとないのう。そもそも契約がまだじゃ。動かねばならん利があるが理はないのじゃ。」


 「契約の際にこのことは後払いさせていただきます。」


 「お主にその権限があると?」


 「執事長よりそこまでの権限をいただきました。」


 「よし。ユズとアストラッドは妾とともにチハたんで出るのじゃ。ブリュンヒルデ、お主が指揮を取れ、人選も任せるのじゃ。必要とあらば、ハゴたんとテケたんも動員するのじゃ。」


 「いえ、今回は騎馬隊だけで行きます。姫さまは観戦し、後に講評をいただけると他の令嬢たちの勉強になります。」


 「……わかったのじゃ。」

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