第57話

名前の間に=ってなんじゃろな?って言うか、名前が二つで一つもどうじゃろな?




 昼過ぎになり、即席の射撃場を作った裏庭で『イリス』の令嬢、淑女たちを集め、サンパチの説明をユズにさせた後、ジゼルも混ぜて令嬢たちに試射をさせた。


 「よいか、魔力を弾にして撃っておるのじゃから、だるくなったら終わりじゃ。動けなくなるまで撃ったら、戦場ではそれまでじゃ。加減を覚えとくのじゃぞ。

 あとそれまで何発撃ったかを数えておくのじゃ。次のものと変わったら、撃った数を妾の背後におるアストラッドたちに教えるのじゃ。」


 「はい!!」


 ロリの指示に令嬢たちは元気よく答えた。

 アストラッドはロリが洞窟から持ってきた大型の天幕の下にメイドたちが設営したテーブルを前にフィムと座っていた。


 「フィムさんは教えにゆかないっすか? 」


 「貴族の令嬢しかいない中に男が俺一人なんだぞ。しかも冒険者風情が親しく教えることなんかできないだろう。ほんと、早く帰りたいよ。俺一人だけ帰るわけに行かないか?」


 「ロリちゃんがいうにはフィムさんが帰るとジゼルさんが逃げかねないって。」


 「あぁ…… そうだよなぁ。ほんと、親戚なのが恥ずかしいよ。」


 「そうなんすか? 正直、似てないっていうか。」


 「ジゼルは白エルフの純血なんだけど、俺は白エルフと小トロール族のハーフなんだよ。俺の母さんの姉の孫がジゼル。でもジゼルの方が何倍も歳上なんだぜ。」


 「はあっ!?」


 「白エルフは長命種だから、子供を産める期間も長いんだとさ。」


 「びっくりっすよ。」


 二人が雑談をしている間に、ポツポツと申告しに令嬢や淑女たちがやって来た。

 ロリも高くなった日差しを避けるために天幕に戻って、メイドから冷たい果実ジュースをもらっていた。


 一通り入れ替わった中で、一人の令嬢が淡々とサンパチを打ち続けていた。

 的も撃ち過ぎて壊れた為、3回も取り替えていた。


 ロリが気づき、横に控えていたブリュンヒルデを呼んだ。


 「あのものは誰じゃ?」


 「はい。マリア=テレジア・サンドリアン侯爵令嬢です。サンドリアン侯爵の三女になります。」


 「ほう、素晴らしい魔力量じゃのう。よく手放したのじゃ。」


 「マリア=テレジアは侯爵の愛妾であるハーフエルフの娘です。あそこまでの魔力量であれば、先祖返りかも知れませんが、母親の出自のせいで長命でしょうから、婚姻政略にも使い難いかと。」


 「貴族のそういう割り切りは知識としては知っていても、飲み込み難いものじゃのう。」


 苦いものを飲み込んだようなロリの表情を慈愛に満ちた笑みで見つめた。


 「姫さまも危うく政略結婚の被害を受けるところでしたが、選ばれないものもそれはそれで自分の存在意義を見失ってしまうこともあるようです。」


 「マリア=テレジアにはもうよいと伝えて、いまの弾数を申告させるのじゃ。マリア=テレジアには違うものを担当してもらおうと考えているのじゃ。」


 「それはなんでしょうか?」


 「マリア=テレジアを連れて来てからじゃ。……」


 「いかがしましたか?」


 「長くないか? マリア=テレジアって。」


 「まあ、愛称は本人に尋ねてみてはいかがでしょうか?」


 「じゃのう。」


 ブリュンヒルデの侍女がマリア=テレジアを呼びに行った。


 すぐにロリの元に来た彼女は膝を折り、頭を下げた。


 「お呼びとのこと、姫さまには稚拙なものをお見せしてしまい、お目汚しいたしました。」


 「いや、見事なものじゃ。面をあげぃ。まだ余裕がありそうじゃの。」


 「はい。魔力量だけは多いのだけが自慢です。」


 侯爵家の子女としては似つかわしくないような、使い込まれ、色褪せて裾が擦り切れ濃茶色の旅装ドレスに身を包み、銀糸のような長い髪をきつく絞りシニョンしている。

 頭を上げると整った顔立ちは表情がなく、人形のようだった。


 「魔法がどの程度使えるのじゃ?」


 「はい。幼い頃に魔法の家庭教師がつきましたが、はじめに使った風魔法で侯爵さまの母君が大事にしていた薔薇の木を斬ってしまい、それ以来、教えてもらえませんでした。」


 「器量が狭いというか、それだけ大事だったいうか、ともかく不幸な出来事じゃったな。さて、お主にはサンパチちゃんではなく、重機関銃を扱ってもらおうかと考えておる。」


 「じゅうきかんじゅー? 」


 「拠点防衛や敵の突撃を撃破するための大型の銃じゃ。魔力量が多くないと扱うことができぬじゃろう。」


 「やってみます。」


 「頼んだのじゃ。」


 ロリの言葉に深々とお辞儀をして、頭を上げたマリア=テレジアのそれまでなんの感慨もない眼差しだった深い青い瞳に輝きが映った。

 マリア=テレジアの様子に頷いたロリは気まずそうな表情で頰を掻いた。


 「うむ。あとのう、マリア=テレジアは妾にとって、ちと長いような気がするのじゃ。お主の家族や親しい友にはなんと呼ばれておるのじゃ。」


 「母よりはマリーと。侯爵さまとそのご家族よりは白いのやら幽霊と呼ばれていました。別邸にいるので、使用人ではなく舌を抜かれた年老いた奴隷夫婦が身の回りの世話をしてくださっていましたので、特に名前を呼ばれたことはありませんでした。私塾では……」


 「なんじゃ?」


 マリア=テレジアの不遇な話にお腹がいっぱいになったロリはげんなりとして、先を促した。


 「リージアと。」


 ほんのりと頬を染めて口元が緩んだマリア=テレジアを見てロリはやっと胸を撫で下ろした。


 「では、リージァとよぶことをゆるしてくれるか?」


 「光栄でございます。」


 「ようございましたな、姫さま。」


 「うむ。」


 誇らしげに頷くロリの横でブリュンヒルデの慈愛に満ちた笑顔はさらに深くなった。






 夕暮れとなり、『イリス』の令嬢、淑女たちの3分の2がサンパチの試射を終えたところで残りは明日になった。

 ジゼルとフィムは一旦ギルドに戻ることになり、ジゼルはニューエラ号で送って欲しいとゴネたが、フィムがジゼルの鈍を治すと息巻いて、走って帰らされていた。


 カントリーハウスにも温泉の浴室があったが、元々隠居用に作られた邸宅のために浴室も狭く、全員が入り終えるのに時間がかかりそうだった。

 ロリはブリュンヒルデに浴室の改装を命じて、馬と九八式走行運搬車、ニューエラ号に皆を分乗させて、冒険者ギルドを目指した。


 「で?」


 ギルドの玄関では、仁王立ちのジェラルドが立ち塞がっていた。


 ロリも腕組みをして、彼を見上げて、一歩も引かない姿勢を見せた。


 ロリの後ろでは柄に手をかけて剣を今にも抜きそうなブリュンヒルデとシャルロッテの腰に抱きついて必死にユズとアストラッドが堪えるように説得していた。


 「新しく借りたカントリーハウスの風呂が小さくてのう。晩ごはんまでに全員が入り終えそうにないのじゃ。」


 軍人並みに武芸を磨き上げたとは言っても元々、貴族の令嬢や淑女たちが夜会かと思うほどの人数が、ギルドの建物の前で笑いさんざめくと、平原に繰り出して疲れて戻ってきた粗野でむさ苦しい冒険者たちは、魔物よりも恐ろしいものを目の前にしたように遠巻きにしていた。


 「人ん家の商売の邪魔をすんじゃねえよ。エミリアさまんとこにでも行けばいいじゃねえか?」


 「エミリアのところに行ったら、また泊まれとうるさいじゃろうが。この人数では迷惑じゃろ?」


 「うちは迷惑じゃないんですかねぇ?」


 「ジェラルドのところは大人数が入ることできるじゃろが。カントリーハウスではメイドたちが晩ごはんの準備をしてくておるのじゃ。お風呂をいただいたらすぐに戻るからいいじゃろ。」


 「ギルド長、早く許可してください‼︎ もうこの人たち、抑え切れません‼︎」


 「ジェラルド・フォン・ブレイブルグ子爵よ、姫さまを路上で立ち塞ぐとは偉くなったものだなぁ? アニカが未亡人になっても我が公爵家の庇護の下、暮らしには困らぬように配慮してやるから、そこになおれ、我が剣の錆にしてくれるわ。」


 「いやブリュンヒルデさま、ロリちゃんはロートバルト平原で見つかった迷子で、いまはみなし冒険者であります。身内のわからない庇護されるべき女の子なんですよ。」


 「むっ……うぅ。」


 「思い出しましたか?」


 「だがしかし!」


 「真正面から来る子がいるから、こんな騒ぎになるんだ。いつものように馬場の方から来てくれたら、誤魔化せたのによぉ〜」


 とうとうジェラルドは左手で顔を覆い、俯いた。




 

 急に行ったにも関わらず、なぜか女湯が修理になり、その合間に女冒険者たちは入らずに、ロリたちはゆっくりと浸かってよいことになり、ロリはブリュンヒルデやシャルロッテによって泡まみれにされていた。


 湯上がりにユズがツバキ油を紹介すると侍女たちの目の色が変わり、即席のエステサロンが開かれた。

 ロリも取り囲まれ、全身のもみほぐしとデトックスが終わるとにこやかな表情の侍女が人差し指を頬に沿わせると彼女の指にはロリの産毛がシェービングされていた。

 

 すべてが終わり、馬場の横でまだ外されていない天幕の下で薬草が付けられた爽やかな香りの冷たい水を飲んでるとジェラルドがやってきた。


 「これからしばらく来られるんでしょうか?」


 「家の浴室の工事が終わるまではそうなりそうじゃな。」


 「はぁ〜 うちの連中にも言っておきます。今日は何をされていたのですか?」


 「午前中に箱から武器や物資を出して整理して、午後から各人どれだけサンパチちゃんを撃てるか試させておったのじゃ。」


 「それは温泉で疲れを癒したいでしょうな。」


 「まだ明日も続くからのう。まだ三分の一の人数がサンパチちゃんを撃っていないからのう。あと、魔力量の大小で持つ武器を替えるつもりじゃ。その試射もしたいし、サンパチちゃんとか銃を使った戦術を試したいし、練度も上げたいのじゃ。」


 「しばらく、うちの温泉も時間で分けなきゃいけねぇですな。」


 「今日はどうしたのじゃ。」


 「女湯を閉鎖して、その代わりに男湯を掃除してそっちに入ってもらいました。男たちには街の公衆浴場に行かせました。」


 「長くは続けられんのう、ジェラルドのところの設備部の人間に期待するのじゃ。」


 「本来なら奴らも仕事があるんですけどね。」

 

 「つれないことをもうすなじゃ。アニカとの結婚式では主賓になってやるから、勘弁せい。」


 「いや、それも問題なんですけどね。」


 ギルド長のジェラルドは体内の空気を全て吐き出すような深いため息をついた。

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