第56話
令嬢の概念とは
「脱落するどころか、ロリちゃんに剣を捧げる令嬢が押し寄せたっすね。」
「予想外じゃ。」
げんなりした表情で倉庫に収められていた木箱の蓋を開ける作業を見守るロリとアストラッドはユズが素手で釘で留められている蓋を開く様子を眺めていた。
身体強化の魔法で大きな木箱の蓋を流れ作業のように開き、その後ろにつづいている侍女、メイドたちがやはり身体強化魔法で中のものを取り出し、棚卸しのように数を確認しつつ整頓していた。
「騎士でもない令嬢たちが剣を捧げるとはどういうことじゃと問いただしたいのじゃ。」
「まあ、いいんじゃないっすか? みんなロリちゃんのことが大好きなんすよ。」
「だから、愛が重いちゅうんのじゃ。まあ良い。アストラッドは泥棒横丁のミルシェに手紙を届けてくれたか?」
「うん。ちゃんと受け取ってくれたっす。手紙を見てげんなりしてたっす。」
「そうじゃろうなぁ。で、いつ来ると言っておったのじゃ?」
「父親の予定も聞かなきゃいけないから改めて先触れを出すそうっす。」
「ミルシェも平民なのに、ちゃんとしとるのじゃ。」
「ふ〜ん。そういうもんなんっすね。」
「そういうもんじゃ。さて、昼までには終わるかのう? 午後からはサンパチちゃんの試し打ちをはじめたいもんじゃのう。……アストラッドや、お使いをもう一度お願いできるかのう?」
「いいっすよ。」
「それではギルドでエルフのジゼルを呼んでくるのじゃ。酔っ払って使い物にならなさそうなら、フィムに頼んで連れてきてもらうのじゃ。」
「りょーかいっす。サンパチちゃんの教官っすね。」
「本当にアストラッドは察しが良くて助かるのじゃ。」
「褒めても何も出ねーっすよ。じゃあ、ロリちゃん、ニューエラ貸して。」
「いいのじゃ。が、ケッテンクラートのようなやつと言ったのじゃが、あれではオートバイの前半分にリアカーをつけただけのようじゃ。思ったよりもカッコ良くないのじゃ。」
「あれが昭和レトロっぽくていいじゃないっすか。わたしはお気に入りっすよ。あと、エラちゃんとかソダちゃんとか喋れないけど、聴こえているし、感情もあるっすから気いつけたほうがいいっすよ。」
「マジか?」
「おおまじっす。」
「うんにゅ、気をつけるのじゃ。」
「じゃあ、行ってきます。」
線の細い、どすこい系美少女を見送り、ロリは目を閉じて腕組みをして考え込んだ。
「保証人はどうにかなりそうじゃが、資金がのう…… 妾やユズたち、『イリス』の令嬢とその侍女、身の回りの世話をするメイドに下働きたちで二百名足らず、そしてお馬さんたちじゃ。食費だけで馬鹿にならんのじゃ。『転生知識チート』やらで稼いだ額だけでは足らんのじゃ。早く商会を立ち上げて、エミリアと契約せねばならんのじゃ。」
ロリがうんうんと唸っている間に、全ての箱の封が開けられた。
倉庫には、銃器は小銃と拳銃、擲弾砲に分類され、刀剣、双眼鏡や装備諸々、そして軍装が並べられていた。
令嬢たちの多くはロリも着ていた軍装に多くが集まったが、続いて刀剣や銃器に集まっていた。
中には鞘から軍刀を引き抜き、鋭い目で鑑賞するもの、拳銃と小銃の違いについて議論する姿があった。
「お主らよ。刀剣の扱いには慣れておるじゃろうが、そっちの鉄の筒はじゃな、銃と呼ばれるもので触れる前に取り扱いの説明が必要じゃ。じゃから、それまでは触れるではないぞ。剣と違い、加減はできぬので当たれば重症か死ぬのじゃ。」
手を伸ばしかけていた歳若い令嬢は慌てて手を引っ込めた。
箱出しを手伝ったまだ幼さを残す侍女は泣きそうな表情をし、何があっても表情を変えることのなかったロートバルト女男爵のメイドも心なしか、青白い面持ちだった。
「姫さま。物品の在庫数を数え終えました。ご報告いたします。」
「ああ、細かい数は良いのじゃ。あと帳簿を作る際にお主らにこれらの名称を教えるのじゃ。」
「はい、お願いいたします。」
「妾は知りたいことがいくつかあるのじゃが、まずサンパチちゃんの数はどれだけの人数に行き渡りそうじゃ?」
「『イリス』すべて、さらに武芸の心得のある侍女たちに渡しても、まだ100ほど余ります。」
「銃剣はどうじゃ?」
「サンパチちゃんの倍あります。小さなサンパチちゃんはいくつか種類がありますが、全ての人に持たせるほどありません。あとは…サンパチちゃんと似ていますが小柄で筒部分に穴が空いているものは、50ほどでしょうか?」
「大型のもの、人一人では運べないほどで、全部鉄でできたものはどうじゃ?」
「5つあります。」
「服はどうじゃ?」
「帽子に上着、ズボン、長靴の一揃えで人数分あります。……が、サイズのことを考えると数は合わないかも知れません。」
「うむ。まあ上出来じゃ。昼ごはんを食べたら、サンパチちゃんの試し打ちを皆のものにさせるのじゃ。弓の練習場のように後方に何もない広い場所に的がわりのものを立てるのじゃ。」
「はい。わかりました。」
「あと、商会の立ち上げに保証人がいずれ来るじゃろう。商業ギルドへの登録と運営の経済的な面をヴィルヘルミーナに任せたいのじゃ。保証人が来たらお主も立ち会うのじゃ。」
「心得ました。ですがこの規模となりますと一人では難しいかと。わたくしの侍女たちと令嬢の中から数人選んでもよろしいでしょうか?」
「うむ。今後、巡回や拠点防衛などの業務も出るじゃろう。補給など輜重部隊は必須じゃ。兼任を含め、五名ほど選んでおくのじゃ。あと監査は当面、ブリュンヒルデを当てる。いずれ外部に監査役を設けるつもりじゃ。良いな。」
ロリは右の人差し指を立てて、ふりふりしながら、命ずるとヴィルヘルミーナは深々とお辞儀した。
「軍事組織の後方支援及び商会の会計などへの知見、恐れ入ります。」
「こんなものなど、誰でも心得ているものじゃろう。妾のような童女でも知っているようなことじゃ。」
「いえ、ご謙遜なさらずとも結構です。」
ロリはため息をついて、肩を落とした。
「よぅわかったのじゃ。あと、アストラッドにサンパチちゃんの教官を連れてくることになっておる。戻って来たら案内を出すのじゃ。」
「はい。伝達しておきます。」
今後の拠点となるカントリーハウスの食事はローゼンシュバルツ王国の令嬢たちが連れてきたキッチンメイドが作るものだった。
大食堂でロリが上座に座り、右にブリュンヒルデ、左にユズが腰を下ろし、次席からは公候伯子男、騎士爵の出身家の順に座った。
ロリがアストラッドの姿を探すとブリュンヒルデからニューエラ号に乗り出て行ったと話を聞き、深いため息をついて頷いた。
テーブルの上にはさまざまな腸詰やチーズ、グリルした野菜が並び、澄み切ったスープにはクルトンが浮かんでいた。
皆の注目を集める中、果汁を炭酸水で割った飲み物が入ったグラスを片手にし、軽く上げる様子を見せた。
『イリス』の令嬢たちもグラスを掲げ、口をつけた。
不調法者たちが集うギルドの食堂にはない穏やかで静かな食事の風景にロリは物足りなさを感じながら、上品なスープを音も立てずにそっと飲んだ。
昼食後の強制的なお昼寝の時間があり、目が覚めるとアストラッドがニューエラ号の荷台に仰向けに転がって青い顔をしているジゼルと高貴な女性の園に連れ込まれ、荷台にがっちりつかまって別の意味で青い顔をしているフィムを連れて戻ってきた。
「おう、フィムもジゼルも久しぶりじゃのう。アストラッドもご苦労じゃった。昼はどうしたのじゃ?」
「気にしてくれて嬉しいっすけど、フィムくんと一緒にギルドで食べたっす。今日は肉団子のパスタっす。トマトケチャップがないから、ホワイトソースだったっす。あの有名なお城の名物料理じゃなかったのが物足りなかったすけど。」
「ぐぬぬ……食べてみたかったのじゃがまあ良い。フィムよ、ジゼルはどうしたのじゃ。」
「相変わらずの飲み過ぎさ。最近めっきり仕事をしていなかったので、助かったよ。」
「フィムもか?」
「俺は斥候だから、それなりに仕事あるけど、どこかの冒険者グループに入るのもね。まだ『夏至の暁』は解散届を出していないんだ。」
湿度の高い眼差しをジゼルに向けてフィムは肩をすくめた。
ロリはジゼルの顔に近づけて、鼻を顰めた。
「ユズよ。酒を抜かぬと仕事ができぬのじゃ。どうにかするのじゃ。」
「はいはい。」
ロリの声を聞きつけたユズは駆け寄って来た。
そしてジゼルの顔を見て実際にはポケットなどない懐に手を入れ、空間魔法で素焼きの小瓶を取り出した。
「ジゼルさん、身体の血を取り出して酒精の毒を抜くか、この後、しばらく酒など見たくなくなるほど不味い毒消の薬を飲むか、テラーノ先生の壺に漬けられて、体質を変えるか、どれを選びますか?」
「オイオイ、ユズさん。それは毒消一択じゃないか。」
「一番穏当なのは壺漬けですけど、時間がかかりますし、そもそもテラーノ先生はわたしやアストラッドちゃんのような美少女しか壺漬けしないって噂ですし。」
うぅ……
唸り声を漏らし、ジゼルが起き上がった。
「エルフのわたしが美少女じゃないわけないでしょ。」
「ジゼルは俺より歳上なんだから、少女のわけないだろう。あと、テラーノ先生の変な噂が流れて迷惑してるらしいぞ。美少女をコレクションしているとかなんとか。」
「ともかく、どうするのじゃ?」
「薬をよこしなさいよ。そろそろ酒代がこころもとないのよ。」
「もう飲まなきゃいい話だろ。」
フィムの言葉に強く口を引き結んだジゼルの右頬に一筋の涙が流れた。
「……まあ、いいや。早く薬飲んで仕事をしろ。」
頷いたジゼルはユズから素焼きの小壺を受け取り、封を切って一気に呑み込んだ。
「なんだ、たいした……ウォオガガガガゲェェェ……」
平気そうな顔だったジゼルは急に上下に体を振動させたと思ったら、喉と腹を抑えてのたうち回った。
「すごいのじゃ。本当に大丈夫なんじゃな?」
「薬草をつけた水に火の魔力を染み込ませた毒消の薬だよ。毒を体内から燃やし尽くすから、ちょっと腹の中が焼け爛れる感じがするけど、100を数える程度で治るよ。これは即効性の毒以外は効果抜群だよ。」
「確かにそんな薬を飲むぐらいなら二度と酒は飲みとうならぬのじゃ。」
フィムとユズ、そしてロリが見守る中、ニューエラ号の荷台からも転げ落ちて、のたうっていたジゼルは動きを止めた。
そして何事かを繰り返して呟き、ゆっくりと四つ這いから上体を起こした。
「あ“あ”ぁ〜 酷い目にあったわぁ。思わず、回復魔法の詠唱を繰り返したけど、効果ないじゃない。」
「解毒の薬だからねぇ〜。」
「落ち着いたのなら、妾の話を聞くのじゃ。アニカからもあったのじゃが、お主、最近仕事もせずに酒ばかり飲んどるようじゃな。」
「……」
「妾はこれから商会を立ち上げようと思うのじゃ。それにはお主の力が必要じゃ。これからずっとというわけではないのじゃ。ジゼルがまた何事かをしたいと思うまで、ちと手伝ってくれれば良いのじゃ。」
「急に……」
「まあ、今日から少しの間、手伝うのじゃ。それで様子を見るのじゃな。サンパチちゃんに慣れているものは少ないのじゃ。ローゼンシュバルツ王国から妾をしたって来たものたちに教えて欲しいのじゃ。よいな。」
「断ること……」
「冒険者ギルドを通じた指名依頼じゃ。違約金を払えるのじゃったら払って、ここから歩いて去ってゆくがよいのじゃ。」
「わかったわよ。」
ジゼルはよろよろと立ち上がるとふと、自分の服の胸元を開いて覗き込んだり、脇あたりの匂いを嗅ぎ出した。
「クリーン。」
シュワシュワした緑色に光る泡に包まれ、それが消えるとサラサラのプラチナブロンドの髪に艶やか白い肌が戻り、シミのついたチュニックもきれいになった。
「ジゼルなぁ、お前だらしがないぞ。」
「あんなに風呂が好きで美容にも貪欲じゃったジゼルがフラれたからといってこうも変わるとは、このロリの目を持っても見抜けんじゃったぞ。」
「うるさいうるさい!! って、わたしは振られてなんかいないわよ!? 定命の男に惚れるなんてあり得ないでしょ!? 」
フィムとロリは顔を見合わせて、揃ってため息をついた。
「そういうことにしてやるから、仕事にゆくぞ。」
「本当に話が進まんのじゃ。」
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