第53話
三度目の正直って、リアルはあんまりないと思う
拠点となるカントリーハウスの契約や部屋割り、その他諸々はヴィルヘルミーナに任せていた。
あまりの手馴れれた様子と効率、タフな交渉にロリが尋ねるとヴィルヘルミーナの家はローゼンシュバルツ王国の財務分野と法整備分野を長年携わる貴族の家であるとのことで、ロリは改めて彼女を新しく作る商会の財務部門に据えることを決めた。
ロリは後をヴィルヘルミーナに任せて、チハたんにユズ、アストラッドといつものメンバーにブリュンヒルデとシャルロッテを伴ってロートバルト平原の封印されし地へと向かった。
「しまったのじゃ。」
「どうしたの? ロリちゃん。」
「せめてアニカを連れてくるのじゃった。これでは野獣二匹の前の子ウサギ同然じゃ。」
「どういうこと? 」
「ロリちゃんが言いたいことはなんとなくわかるっす。どれだけわたしが通用するか、わかりませんが、ロリちゃんはわたしのそばにいるっす。」
「すまんのう、すまんのう。お主が小結なら、安心じゃ。」
「そうなの?」
「アストラッドの上は大関と横綱しかおらんのじゃ。妾たちの記憶している異世界ならば、アストラッドに敵うものは数人しかおらんのじゃ。」
「ほえ〜、すごいね。」
「問題は今の体で、どれだけ踏ん張りが効くかですかねぇ? 」
「最悪、お主を盾にして逃げるのじゃ。」
ロリはユズを指差して笑うとロリの顔に影が差した。
振り向こうとしたが、ヘルメットに包まれた頭をがっしりと掴まれて動かない。
ニオイアヤメのコロンの香りが地についた柔らかく、優しい印象を与えるが、この時ばかりは震えるほど恐ろしい。
「ヒ〜メ〜さ〜ま〜 ? お友達を指差して笑われるとはどういうことですか? ブリュンヒルデはそのような教育をしてきた覚えはありません。」
「ゆ、許してくれなのじゃ!! そんなつもりはないのじゃ!! じゃから、指導棒は勘弁なのじゃ!! 」
指導棒という謎の言葉を無意識に拒否し、ロリはヘルメット越しに頭を両手で庇い、チハタンの砲塔上のキューポラの中に引っ込んだ。
チハたんの砲塔に手をかけて立っていたユズは肩をすくめた。
「ブリュンヒルデさん、わたしはいつものことだから気にしていませんよ。ロリちゃんはいつも口が悪くて、えらそうで、強気な態度で人に命令するけど、悪いことはしないし、困ってる人を見過ごせないから、大丈夫。」
「ユズよ、庇ってくれてすまんのじゃ。庇ってくれた…のじゃよな?」
「良いおともだちをお持ちになりましたね、姫さま。ブリュンヒルデは姫さまが成長されているのを知り、嬉しゅうございます。できればその過程を見ておきたかったです。」
「お主らはほんとうに過保護というか、妾に対して異常なほどの愛情を向けてくるのじゃ。全員がそうなのじゃろうか?」
「異常なとは異なことをおっしゃられますね。ローゼンシュバルツの四輪の黒薔薇への愛情と忠誠は比類なき域まで達しています。」
「それが異常だと言っておろうが。」
「自らの命など微塵に値しないくらいに姫さまたちは尊いです。というか、姫様の命令があれば、従わぬものたちを殲滅いたします。」
「昔の妾はよくこのようなものたちに我慢できたのじゃ。あと、ブリュンヒルデよ、もう姫さまと呼ぶなと言っておるのじゃ。」
二日かけて平原の旧道を抜け、目的地に到着した。
野営では前回帰路に利用した廃村の井戸のそばを利用した。ロリは強く反対したが、道程ではここ以外には居場所もなく、多数決で決定した。
夜間、特に問題もなく、ロリは食事を終えるとチハたんの中に潜り、いち早く寝て朝まで起きなかった。
次の日、疲れを見せないロリはユズを伴い、お地蔵さまを探し歩いた。以前に来た時から一ヶ月も経っていないが、平原の植物は成長が早く、すぐには見つからなかった。
やっと見つけた夏草に身を隠したお地蔵さまの周りをロリは丁寧に整えた。
「これがお地蔵さまじゃ。」
一通り終えるとロリは自分の胸ほどの高さの石像をユズに紹介した。
ユズは屈んで、見たこともないようなつるりとした頭に穏やかな表情をして、エキゾチックな装束の石像を興味深げに鑑賞した。
「へえ、異世界の神様の像ねぇ。小さいけれど親しみやすそうだね。」
「うむ。うろ覚えじゃが、何かの事情で幼くして亡くなってしまったものたちを守り、導くそうじゃ。」
「ああ、だからロリちゃんがここにきたんだ。」
「えっ? ……なるほどのう、思いもしなかったのじゃ。さすが大賢者で大魔王のユズじゃな。ナムナム……」
「いやって、なんか否定する空気じゃないし……」
ロリはいつもよりも長く拝み、お地蔵さまを動かした。
ユズは驚いたように小さく声を漏らし、辺りを見回した。
「確かに何かの力がフッと消えた感じがする。これが結界の消えた感じなのかな?」
「ほれ、行くのじゃ。」
少し進むと森の木々の隙間から洞窟の入り口が見えてきた。
「なんでわたしを連れてこようと思ったの?」
「お主なら見えるじゃろうと思うての。チハたんの声も聞こえるようになったしの。」
「なるほどね。」
二人は洞窟まで歩いた。
大きな岩の亀裂のような洞窟の入り口を見上げて淡々とユズは口を開いた。
「問題なくきちゃったね。ここがロリちゃんとチハたんがいた洞窟なんだね。思ったよりも暗くないかも。」
「そうなのじゃ。明かりの入る隙間などはないと思うのじゃが、不思議と見えるのじゃ。」
ロリはユズを伴い、奥へと入った。
手前には戦車や小型の車両が並び、その奥には山のように木箱が積まれていた。
ユズは木箱に手を触れると箱はまだ真新しい木材で組まれており、指先には細かい木の棘がちくちくと刺さるほどだった。
「ハゴたんはおるか? 」
「師団長の目の前におりますよ! こんなにすぐに会いにきてくださるとは小官、感謝の極みであります!! 」
「ま、まあハゴたんにも用事があったのじゃがな。ちと物を聞くが、サンパチや拳銃などが入った箱はまだたくさんここにあるのじゃな。」
「はい! 38年式歩兵銃はユズ殿の目の前であります。拳銃はその隣の小さな箱になります! 」
「ユズよ。これらをすべてしまうことができるかの? 」
「あ、大丈夫だよ。手前にあった乗り物のような鉄の何かはなんとなく無理な気がするけど、これらだったら大丈夫。」
「……のう、入る、入らないの基準はどうやって決まっておるのじゃ? 確か前に生きているものは無理じゃと言っておった気がするのじゃ。」
「そうだね。生きてるものは無理だよ。でもそれ以外に、私が無理だと思えたら、入らないんだよね。中がどうなっているのか見る訳にもいかなくて。」
「なんとも不思議な話じゃのう。どちらかというと、認識の問題のような気がするのじゃ。まあ、それは置いといて、ユズは箱を持てるだけ持つのじゃ。サンパチ以外にも制服や双眼鏡に軍刀なども持ってゆくから、満遍なく持つのじゃ。」
「は〜い。」
「あとハゴたんや、機関銃などもあるのか? 」
「もちろんです!! 重機関銃に短機関銃、機械短銃に擲弾砲に迫撃砲、野戦砲もあります!! 」
「野戦砲は大きすぎて無理じゃ。重機関銃は拠点防衛用にあるといいのう。迫撃砲は魅力的じゃが、嵩張るし悩むのう……」
ユズにはわからない武器の名前を呟きながらうなるロリを横目にどんどん箱に手を添えて、しまっていった。
「そうじゃ!! 擲弾砲に迫撃砲は砲弾を入れねばならんのじゃ!! サンパチや拳銃は魔力を弾に変換しているようじゃが、この場合はどうなるのじゃ? 」
「小官には想像できませんねぇ。弾はありますが、もう何十年も過ぎていますしねぇ。火薬もダメになっていると思います。」
「じゃのう…… ひとまず、試しに持ち出すのじゃ。あと、ハゴたんよ。お主の他に目覚めておるものはおるか?」
「はい!! テケ!! 来るであります!!! 」
「は〜い!! いま行くであります!! ちょっと、退けるでありますよ。通れないであります。もうちょっと右であります。あ〜 擦れるでありますよ!!! 」
落ち着いた中年男性のチハたん、うっかり者の青年風のハゴたんと違って、少年のようなボーイソプラノで返事をする戦車が前に出てきた。
95式軽戦車よりも小さく、大柄の男性と同じくらいの高さでトラクターほどの大きさの戦車は一人前に砲塔がつき、機銃と見間違えるほど細い砲塔がついていることより小隊長車だった。
「初めまして、師団長殿!! わたくしは97式装甲車、秘匿名称 テケであります!! ぜひテケたんとお呼びください! 」
「テケは豆戦車、タンケッタと呼ばれる分類に入り、装甲車や輜重のオプションをつけるとブルドーザーにもなり、戦車というよりも装甲車の分類です。」
95式軽戦車が追加で説明すると、ユズは自分の身長よりも頭一つ分だけ大きいテケを見渡した。
「確かに小さいねぇ。」
「テケはテケ車でテケたんではないのですけどねぇ。」
95式軽戦車がまるで肩をすくめたように訂正すると、テケは甲高いボーイソプラノで反論した。
「テケは豆がつくけど、戦車であります!! テケたんであります!! 」
「でも大きな筒じゃなくて、サンパチちゃんが大きくなったような筒だし。」
「なんと失礼な!! テケたんのは94式37ミリ戦車砲を装備されている小隊長車でありますよ!! 」
「わかった、わかったのじゃ。戦車が増えることは良いことじゃ。他に動かせるものは何かおるか?」
「どのような車種が好みでしょうか、師団長殿? 」
「そうじゃな。仲間が増えたのでな。おおむね馬での移動となるじゃろうが、馬を全員分用意することは経済的でもないし、効率的ではないと考えとるのじゃ。なので、人や物を運べる車種があるとよいのじゃ。」
「了解いたしました。大きくて良いのでしたら、一式半装軌装甲兵車でしょうか、後輪が無限軌道になっております。」
「ふむ、どれじゃ?」
「あちらであります。」
ハゴたんは器用に回り込み、砲塔で指し示した先には大型な車体のトラックがあった。
荷台の部分が装甲で包まれ、前輪はタイヤ、後輪は無限軌道になった戦争のために作られた輸送車という無骨で物々しい車両だった。
「う〜ん。ロリちゃん、確かにこれはたくさん人が乗れそうだけど、大きくて狭い道を通ることができないような気がするよ。」
「じゃのう……もう少し小さなものはないかのう? 」
「でしたら、98式走行運搬車、ソダ車などいかがでありますか!? テケの兄弟車でありますので、大きさはテケと同じですし、後部に牽引車をつけることができるであります。」
「なるほどのう、よいかもしれん。あとはケッテンクラートのようなものがあるといいのう。」
「テッケンクラート? 」
「ケッテンクラートじゃ。テケたんよりも小さいが力持ちで、泥濘地でも走れる優れものじゃ。」
「似たようなものとしてはくろがねのニューエラ号と言う市販名の運搬車両があります。」
「わかったのじゃ。ではそれらとテケの兄弟を少し連れて行くのじゃ。」
「了解であります。がそれらは無口ですがよろしいでありますか?」
「ん? それが普通ではないか。ああ、もしかすると自立する意思がないということじゃな? では、それらは妾たちが運転しなくてはいけないのか? 」
「いえ、自動車両なので、自分で動きます。 」
「いや、意味が違うがよいのじゃ。テケたんの方が低くて乗りやすいのう。」
ロリは説明を放棄してテケたんの上に立った。
ハゴたんは先頭にテケたんと兄弟車両が続き、洞窟を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます