第52話
母性って、フォルムの問題?
半月後、ロートバルト領都に戻ってきたグレートヒェンは過酷だった旅で荒れた蜂蜜色の長く豊かな髪を首筋あたりに切り揃えていた。また彼女がまたがる馬は行く時には茶色の馬だったが、いまは黒々とした軍馬へと変化していた。
そして、彼女の横には麗人がいた。
赤毛の巻き髪に緑色の瞳で、人によっては威圧的と感じるような美貌に、修道女のように黒い粗末な服に白いカラーをつけていたが、母性というには暴力的な胸と引き締まったウエスト、豊かな腰つきをさらに引き立たせていた。
アニカは彼女たちを冒険者ギルドの馬場に招き入れていた。
グレートヒェンら二人の後ろには長旅にも関わらず、疲れを見せない淑女達、十五名が馬上でロリたちに輝く眼差しを送っていた。
「カロリーヌ殿下!! グレートヒェン以下十七名、第一陣として参上しました!!」
「表ではロリちゃんと呼ぶのじゃ! お、おう。ご苦労であったのじゃ。…グレートヒェンの隣におる、おま、いやそなたはもしかしてブリュンヒルデか? 」
ロリは事前情報で修道女になりたいと聞いていたことといかにも高位貴族らしい高慢な表情と堂々とした佇まいから推測しただけだったが、彼女の言葉を聞いて、修道女のような姿の貴族の娘は両目から涙を溢れ出し、鞍の上に立ち上がり、反動もつけずに高く跳び上がった。
日光を背に空中で数回転した彼女は地面に伏せるように三点着地を決め、ロリに抱きついた。
「姫さま、わたしの姫さま!! やはりわたしのことは忘れていなかったのですね。ああ、わたしの愛が神へと通じていたのね!! 神よ感謝します!! 姫さまぁ!! 」
「やめい!! きっとお前がそうだろうと言ったまでだ!! 怖い!! 怖い!! あと痛い!! 力を抜くのじゃ!! 」
「えぇっと、ロリちゃんがドクターストップになったので、わたしからお話ししたいと思います。あぁっと、わたしはロリちゃんの所属する冒険者のグループでリーダーをしていますユズと言います。」
テントの奥で頭に濡れタオルをのせて横たわっていたロリをちらりと見てブリュンヒルデを避難がましく見詰めたが、彼女は不思議そうな表情で首を傾げた。
「それじゃね。」
ギルドの医師であるテラーノはカバンを左手に持ってテントから出てきた。
ユズは深々とお辞儀をしてお礼を述べた。
「ありがとうございました。」
テラーノはユズの隣にいるブリュンヒルデを脅すように固い声色で注意した。
「君、初めて見る子だけど、ロリちゃんはのじゃのじゃ元気そうだけど、細いし、体力はないし、気をつけてね。」
「はい。ですが、高貴な方々はこれくらいの体格がふつうです。」
「医学的にも、個人の趣味としてももうちょっとむっちりした方がいい。じゃあね。」
ブリュンヒルデは胡散臭そうにテラーノ医師を見送り、またユズに向きなおった。
「姫さまがいつもお世話になっています。」
「いえいえ、こちらこそ、装備とかチハたんとかでお世話になってます。」
「で、ギルドの中庭のテント村で姫さまが寝ているのはどういうことでしょうか? 説明をお願いしたいのですが? 」
「いや、そんな怖い顔で睨まないでください。わたしが平原を横断してここに来た時からロリちゃんはここでテントで生活していましたよ。」
「ジェラルド・フォン・ブレイブルグ、やはり奴は処すべきですね。」
豊かな胸を強調するように腕組みをして肩をいからせたブリュンヒルデの言葉に彼女を取り巻いていた令嬢たちが同意の声を上げた。
「姫さまのためならば、部屋を譲り、自分がここに寝るべきです。」
「いえ、男の住んでいた部屋に姫さまを置くこと自体、あり得ません。ここはロートバルト女男爵の城を占拠し、姫さまにはそこに移っていただくのが正しいかと。」
「いやいや、ちょっと、あなた方の愛が重すぎます。ロリちゃんは自分でここに住みはじめたと聞いています。ロリちゃんからも、テントがとても気に入っていると聞いています。」
「そうですか。ではわたしたちもテントを調達しましょう。いえ、姫さまと同じような生活などあり得ません。ここは野宿ということで。」
淑女たちの声が聞こえていたのか、ロリはうるさそうに声をあげた。
「ええ加減にせんかい。グレートヒェンが旅立ってからエミリアに拠点にする屋敷を頼んでおるのじゃ。ヴィルヘルミーナに任せておるので、聞くが良いのじゃ。拠点が決まるまではエミリアの屋敷に泊まって良いと言われておる。」
「ですが、姫さまは!?」
「妾は引っ越しの準備をしてから移ることにするのじゃ。お主らにとってはここは粗末なテントに見えても、妾にとってははじめて自分で勝ち取った場所じゃ。それなりに愛着があるのじゃ。」
「はい……」
「そうしょげるな。すぐに妾も一緒に住むのじゃ。落ち着いたら、お主らの装備を取りに平原に向かうのじゃ。それまで、旅の疲れをとって、シャルロッテとヴィルヘルミーナから引き継ぎを受けるのじゃ。」
「了解いたしました!!」
「じゃあの。妾は少し寝るのじゃあ……」
その日からグレートヒェンが連れて戻った十六名の『イリス』たちはエミリアの城に間借りしすることになった。
次の日にロリ、ジェラルド、アニカ、ブリュンヒルデ、ヴィルヘルミーナ、そしてユズが『イリス』達の今後の住まいとなる物件を見にゆくことになった。
物件はロートバルト家の持つ別邸で市街地からは離れているも、大きな敷地にカントリーハウスといった趣きの田舎の貴族が住むような大きな気取らない邸宅であった。
案内役のロートバルト女男爵家のメイドがロリ達の前に立ち、説明をはじめた。
「ここは四代目のロートバルト男爵が隠居するために建てられたマナーハウスがもとになります。彼は妻を早く亡くされて、こちらに移った後も妻の趣味であった薔薇を育て、開拓村を周り農業の指導をされていたそうです。」
「ほう、感心なものじゃのう。妻の愛した薔薇を育てるなど、よほど愛しておったのじゃろうな。」
「いえ、彼は初代男爵の愛人で妻との結婚前に夜の教育係をされたエルフと共にここに住まわれて、子供を成したと言われてます。」
「う〜む、台無しじゃ。」
「四代目男爵が亡くなられた後も彼女はここに住み続け、代々男爵の夜の(小声&早口)教育係をされていたとのことですが、七代目の男爵の時にマナーハウスが男爵夫人自ら放火され焼け落ちたと言われています。無事だった彼女はその後、北方へと旅だったそうです。
この建物は八代目の男爵、先先代の男爵が引退した時のために建てられたカントリーハウスになりますが、先先代が過ごされたのは半年足らずで、先代の戦死後に本宅へと戻り、男爵を再襲爵されましたが、エミリアさまとの打ち合わせ中にお亡くなりになられました。」
ロリは深いため息をついた。
「エミリアもほんとうによくやっているのじゃ。あの年ならば、綺麗なドレスを着て、同年代の子女と共にお茶会や舞踏会を楽しむのがあるべき姿なのじゃがな。」
ロリが痛ましそうに言う様子に案内していたエミリアのメイドが首を垂れた。
「僭越ながら、ロリちゃんさまにおかれましても、同じかと。」
「まあ、のう。妾が姫ならばじゃな。」
「姫さま!! そのような悲しいことを言わないでください!!」
ブリュンヒルデがその暴力的な胸にロリを押し付けて、かき抱いた。
締め付けられたロリは胸の谷間に顔が埋まってしまい、呼吸ができず、ブリュンヒルデの背中に手を回して数度タッピングすると、ようやっと離してくれた。
「ブリュンヒルデ、お主はほんとうに殺意が高いのじゃ。ゆうた通り、妾はいまはロリちゃんじゃ。……ともかく、これならばチハたんが移っても問題はなかろう。じゃが、ほんとうに良いのか? 」
「エミリアさまより遊ばせておくよりも、ロリちゃんさまに使っていただける方が有益ですとのことでした。」
メイドは深々とロリにお辞儀をした。
灰色をした石造りの壁に赤い屋根をした三階建てのカントリーハウスを見上げたロリは唇をへの字に曲げて頷いた。
「……うむ、ではここにしよう。よいなブリュンヒルデ、ヴィルヘルミーナ。」
「はい。」
「ヴィルヘルミーナはエミリアがここの賃貸料を不当に安くしすぎないようにするのじゃぞ。あやつは隙を見せるとタダで良いとか言い出すのじゃ。」
「はい。借りを作らないようにいたします。」
「ブリュンヒルデ、お主たちが先行したが、貴族の令嬢、淑女たるもの、侍女や身の回りの世話をするものたちがくるのであろう?」
「はい。彼女らはわたしたちについてゆくことができないために、第二陣と共に来るように命じています。」
「うむ。本来なら貴族令嬢のためのメイドや侍女なんじゃろが、ブリュンヒルデたちから聞くと騎士の従士のように聞こえるが、まあよいのじゃ。そのものたちが住む場所も含めて、部屋割りを考えるのじゃ。あと、グレートヒェンが来たなら、お主たちの装備をとりに、平原へと向かうのじゃ。」
「了解しました!!」
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