第51話

扉ってバーンって開けないよね


 ババーン!!


 効果音が聞こえそうなほどの勢いで開いた扉、実際はエミリア・ロートバルト女男爵家のメイドが開いたのだが、その向こうには腕を組み、偉そうに反り返ったロリがドヤ顔で遊戯室にいた面々をちんまりとした背丈から睥睨した。


 「殿下……ロリちゃんでねが、どしたですか? お休みを言いに来(ぎ)てくださったんですか?」


 「ちゃうのじゃ。いや、もう眠いのじゃが、話があって来たのじゃ。」


 「なんですか? お着替えでしたら、このシャルロッテがお手伝いいたしますよ。」


 「テント暮らしをなめるではないのじゃ!! 手伝ってもらわんでも一人でできるわ!! 」


 「あのものぐさだったカロリーヌ殿下とは思えないお言葉…… ヴィルヘルミーナは感動の涙で前が見えないです!! 」


 「いい加減にせんか、話が進まんじゃろ!! 」


 ロリはリスのようにほおを膨らませて、ひときわ大きく、豪華な一人掛けの革ソファに腰を下ろした。


 「のう、ジェラルドよ。妾は決めたのじゃ。」


 「はあ。」


 「南諸王国の奴隷騎士団がいなくなってしまうのならば、妾がその代わりをしよう。」


 「ですから、冒険者は基本国や貴族の争いごとには関与しないとお話ししましたでしょう?」


 「もちろん、心得ているのじゃ。じゃが、妾が会社、商会をはじめてもいいのじゃろう?」


 「それは、特に問題はありませんし、二足の草鞋の冒険者もいますが…… なんの関係があるのですか?」


 「シャルロッテ、ヴィルヘルミーナ、グレートヒェンよ。」


 「はい。」


 「アニカより聞いたが、先の戦争で夫や夫となる婚約者を亡くした『イリス』の者たちがおるのじゃな。」


 「ええ、わたしたちもそうですがそれなりにいます。」


 「相手は貴族や騎士の跡取りではなく、婚家や実家に居場所がないと聞いたが?」


 「そういうものも…います。」


 ヴィルヘルミーナは苦虫を潰したような顔で返答した。満足げなロリの表情にアニカは驚きの声をあげた。


 「まさか、殿下?」


 「そうじゃ。妾がそのものたちを雇って会社、いや商会というのじゃったな。商会を開く。貴族や騎士の子女はそれなりに戦いや馬術を学んでおるようじゃったな。中にはシャルロッテのように腕利きもおるのじゃろう。そのものたちを集め、要人の警護や邸宅の警護、なんなら戦いに打って出ることも業務にしようと思うておる。」


 「カロリーヌ殿下!! 」


 「殿下、お考えはとても嬉しいのですが、貴族の子女では戦力になり得ません!! 」


 シャルロッテ達の喜びの声とともにエミリアが反対の声を上げた。

 満足気に深々とソファに体をもたれかけたロリはジェラルドに挑戦的な目を向けた。

 ジェラルドは手にしていたグラスに残っていた琥珀色の蒸留酒を一気にあおった。そして両手を組んで鋭い目をロリに返した。


 「殿下、本気ですか? 今までのようなテントで呑気なその日暮らしができなくなるかも知れませんよ。殿下がロリちゃんになってまで望んでいた気軽な生活じゃないですか。」


 「いまのままでは妾の好きな者たちや死んでもなお慕ってくれるものたちを救うにはあまりに手が小さすぎる。チハたんたちも妾に従うというておる。ならばお主のいうように国すら落とすことができるじゃろうな。」


 「ジェラルドさま、どうして止めようとしないのですか!? 」


 「エミリア女男爵さまには話す機会を窺っていましたが、カロリーヌ殿下はチハたんとハゴたんというインテリジェンスデバイスをあと百七十台ほど所有しています。」


 「っ…… ま、まことですか? 」


 「ああ、そのほかにもサンパチも木箱で山のように積まれているのじゃ。」


 「…… ふぅ……」


 「エミリアさま!? エミリアさま!! 」


 ロリが知る限り、はじめてメイド達が大きな声を上げて介抱するために駆け寄った。

 気を失ったエミリアを気にも止めずにシャルロッテは立ち上がり、ロリに向かって片膝をついて頭を深々と下げた。


 「カロリーヌ殿下のお心、シャルロッテほか『イリス』の義姉妹、しかと受け止めました。グレートヒェン。」


 勢いよく立ち上がったシャルロッテは毅然とした表情でグレートヒェンを呼びつけた。


 「はい、お義姉さま、ここに。」


 「あなたはこの中で馬を走らせるのは一番です。すぐに国へと戻り『イリス』の長女、ブリュンヒルデお義姉さまへと伝えなさい。そして一ヶ月以内に使える姉妹を連れて戻りなさい。」


 「はい。何名ほど連れて来たらよいでしょう?」


 「可能な限り、手間取るもの達は置いて来なさい。まずは速さを優先するのです。」


 「あとグレートヒェン、馬車は使わず、騎馬で来なさい。それとこれは『イリス』の共有財産の手形と金貨です。本来でしたらカロリーヌ殿下のための支度金と思って持って来ましたが、あなたの旅費と皆の支度金に使いなさい。」


 「わかりました、ヴィルヘルミーナお義姉さま。」


 「グレートヒェンよ。武具は皆の使い慣れているもの以外改めて整える必要はないのじゃ。」


 「えっ? 殿下、でも、これから傭兵団を立ち上げるにはそれなりに必要かと存じますが?」


 「よいか、妾が立ち上げるのは野蛮な傭兵団ではないのじゃ。貴族の令嬢、淑女が身につけた教養と嗜みである武芸を活かすビジネスじゃ。武器は心当たりがある。これを使うことでそれまでの戦が様変わりするのじゃ。あと……」


 ロリはソファから立ち上がり、軍装の下に隠していつも身につけていた首飾りを外した。そして、シャルロッテの前に片膝をついているグレートヒェンの手に首飾りを渡した。


 「これを持ってゆくのじゃ。ブリュンヒルデがどのような者か、妾はとんと覚えておらんのじゃが、これがあればグレートヒェンの言葉を疑うものはおらんじゃろ?」


 「は、はい!! 身命をかけます!! 」


 「何を言うておるのじゃ。お主が戻らんと困るのじゃ。ちゃんと妾に首飾りを返すまで、命大事じゃぞ。」


 「……わたし、この場で死んでもいいかも……」


 「馬鹿なこともうすなじゃ!! 」






 まだ日も昇らず、星空の下が白へと淡くグラデーションになるころ、グレートヒェンはまた旅装に身を包み、ロートバルト女男爵家から借りた馬にまたがり国へと戻った。


 朝になり、本来ならば騎士団の練習場である弓場にロリたちが立っていた。

 的から離れた位置にユズが立ち、サンパチを構えていた。


 「ところで、昨日聞きそびれてしまったがブリュンヒルデとはだれじゃ?」


 「はい。ブリュンヒルデお義姉さまはカロリーヌ殿下の教育係をされていました方で公爵家の令嬢です。」


 「こっ、公爵家ですか!? 」


 「エミリア、朝から大声を出すでないのじゃ。確かにそのような高位貴族の令嬢がやすやすと来るかのう? 」


 「お義姉さまはカロリーヌ殿下の遭難を聞き、自ら婚約を破棄されて、修道院で修道女になって一生殿下を弔うと仰られたくらいに殿下のことをお慕いされていました。」


 「いや、重いのう。で、修道女になったのか? 」


 「いえ、婚約破棄は相手方も同意されましたが、さすがにそれは皆がとめていました。きっとお義姉さまのことならば、万難を廃して来られると思います。」


 「いや、今のを聞いても思い出せんが、なぜだか身震いが止まらんのじゃ……」


 「ねえ、そろそろはじめてもいいかなぁ?」


 サンパチを構えたままのユズが辛抱しかねたように声をかけた。


 「おう、すまんのじゃ。」


 「行くよ。」


 ユズは立位で的に向かい引き金を引いた。

 いつものようにオレンジ色の光を引いて弾が的の中心に吸い込まれるように当たった。

 ユズは右手でボルトを弾き、また引き金を引いた。

 五発ほど連射をして、今度は立ち膝になってまた連射をはじめた。

 ロリと並んでユズの射撃を見学していたシャルロッテは身震いを止められなかった。


 「…… これはすごいです。」


 「そうじゃろ。出ている弾は本人の魔力を放出しているようなのじゃが、エルフの弓よりも遠い距離から狙えるのじゃ。これを下賜したエルフの話じゃとエルフや魔人族なら数を打てるが、人族では早いうちに限界が来るそうじゃ。」


 「貴族の血を持つものなら、一般的な冒険者よりも魔力は強いです。そうでなければ戦争に出ることはできませんし、領地を守ることができないために、貴族は積極的に魔力を高めるために血を掛け合わせたり、エルフや魔人族の血を取り入れることに拘りはありません。」


 「なるほどのう。妾が撃っても疲れないのはそれが理由じゃな。」


 ユズはもういっかと呟いてロリとシャルロッテとヴィルヘルミーナへと歩み寄った。

 シャルロッテはユズからサンパチを受け取り、引き金に指をかけないこと、銃口を覗き込まないことと注意を受けて、色々と眺め出した。


 「剣がついているのですね。」


 「銃剣と言ってね、外してそれだけを持つこともできるよ。撃てなくなったり、懐に入られたら、短槍のように使えるよ。」


 「考えられているのですね。姫さま、これはどのくらいあるのですか? 」


 ヴィルヘルミーナはロリに尋ねると腕組みして考え出した。


 「チハたんは妾のことを師団長と呼ぶが、師団規模だと1万人から2万人くらいかのう。じゃが戦争末期じゃし、基本が戦車師団じゃから歩兵の数が少ないじゃろし……」


 「姫さまは時折、知らない言葉を使われるようになりましたね。」


 「昨日もビジネスと言っておられたが、なんのことやらさっぱりだ。」


 シャルロッテとヴィルヘルミーナが不安そうに小声で話していて、ユズはロリから聞いたことを伝えていいかどうか迷っていた。


 「総数はよくわからんが、二千丁をくだらんと思うのじゃ。」


 「そんなに!? 」


 「どこにあるんですか!? 」


 「平原の洞窟にあるのじゃ。結界を張っておるので、見つからんようになっておるのじゃ。」


 「安心しました。」


 ヴィルヘルミーナは胸を撫で下ろした。


 「ちなみにチハたんのような戦車と人を運ぶ輸送車やバイクは百七十輌以上あるのじゃ。」


 「国取りです!! 姫さま達と『イリス』で王道楽土を築きましょう!! 」


 「じゃから、せんってゆうておるのじゃ!! 」

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