第50話

自己都合退職の宣告は最速2週間前で良いらしいよ


 ロリたちが男爵邸に到着する頃には大きな夕日が平原の地平線に沈む頃だった。

 チハたんに乗車するロリたちに『イリス』の3人は驚いたが、馬にまたがりチハたんの後をついてロートバルドの大通りを進んだ。

 男爵邸でチハたんと馬を預けたロリたちが正面玄関に向かうと、相変わらずメイドたちが玄関前で整列をしてスカートを摘んでお辞儀する様子にシャルロッテは満足そうに頷いた。


 「ここのものたちの練度は高いな。でん…ロリちゃんを預けて置く程度にはできそうだ。」


 「シャルロッテは閲兵式を受ける将軍のようじゃ。まあ、ここの者たちは侮れんのじゃ。」


 ロリやユズ、アストラッド、そしてジェラルドとアニカ、『イリス』の義姉妹たちの先頭をあるくロリとシャルロッテが話をしながら、正面のセレモニーホールに入ると青白い表情のエミリア女男爵が薄幸そうな笑顔で出迎えた。


 「ようこそおいでくださいました。少しばたついて申し訳ありません。ですが、ロリちゃんのお知り合いのご令嬢たちには我が家での滞在についてはご不便をおかけしません。」


 「なんじゃ、またなんぞあったか?」


 「それについては、後ほど……まずは遠路はるばるいらしたお客様にくつろいでいただいて。」


 「ああ、この者たちはローゼンシュバルツ王国の貴族の令嬢たちでな。ジェラルドとアニカの結婚の祝いに来たのじゃ。」


 「まあ、それは寡聞に存じ上げませんでした。ようやっと身を固める決心をつけてくれて、私も安心しました。」


 「いや、まだ決定では……」


 往生際悪く呟くジェラルドを無視して、ロリは話を進め、その横にいるアニカは目元にハンカチを当てて、嬉し涙を拭う真似をした。


 「妾もエミリアと同じくホッとしとるのじゃ。さて、まずはシャルロッテ、ヴィルヘルミーナ、グレートヒェンよ。長旅の汚れを落とし、少し休んでくるのじゃ。その間、妾は女男爵と話があるのでな。」


 「はい。」


 三人がエミリアのメイドに案内されて客間に向かうのを見送ったロリはエミリアの執務室へと向かった。

 重い扉が閉められ、落ち着いたところで聞かされた話にロリは大きな声をあげた。


 「なんじゃと?」


 「ええ、マムルクたちが契約の更新を行わないと通告されましたので、一ヶ月後にはロートバルト領の私の手勢は無くなります。」


 「どういうことじゃ? マムルクはエミリアを気に入っていたではないか?」


 「なんでもマムルクの本国の女王が通告して来たようで、すぐにでも契約破棄するようにと言われたそうですが、それでは今までのマムルク奴隷騎士団の信用に関わるので契約書通りに一ヶ月前に雇用主に通告し、それ以降に本国に戻るそうです。」


 「ぐぬぬ……」


 「なんでそんなことになったのです。南方では紛争や戦争は起きていなかったはずです。」


 初耳の情報で驚いていたジェラルドも疑問を呈したが、エミリアは寂しそうに微笑んだ。


 「マムルクたちは戦うための騎士団でよその国の貴族お抱えの騎士団ではないとのことで、そう言われると確かにそうですが……」


 「横槍がはいった……そんな匂いがぷんぷんするのう。」


 「殿下が言っていたこともあながち考えすぎとは言えなくなって来ましたなぁ。」


 「どのようなことですか?」


 ロリはジェラルドに話していた内容をエミリアにも教えると彼女は細い肩を震わし椅子の背もたれに寄りかかった。


 「公爵家が辺境の男爵風情に牙を向ければ、あっという間に餌になるしかありません。」


 「じゃが、ここの冒険者も強いのじゃ。妾たちもおるし、なんとかなるじゃろ。」


 「殿下、冒険者は貴族や国の戦争には関わらないことになっています。戦仕事のために傭兵団やマムルクたちがいるのですよ。殿下もいまはロリちゃんという冒険者ですから、関わることはできませんよ。」


 「むう」


 「まあ、あくまで最悪の予想ですので、エミリア殿は深刻に考えすぎずにいてください。」


 「あの時の意地の悪いおじじはなんと言っているのじゃ?」


 「急いで手紙を出しましたが、まだ届いていないと思います。」


 「むう」


 ロリは再度唸り声をあげて、黙り込んだ。


 その後、入浴で旅の汚れを落としたシャルロッテ、ヴィルヘルミーナ、グレートヒェンはシンプルな旅行用のドレスに着替えて、ロリやユズ、アストラッドとジェラルド、アニカと共にエミリアの晩餐に招かれた。

 直前の話し合いの空気を引きずり、重い空気の中、みな黙々と食べ終えた。

 シャルロッテたちとジェラルドたちにはお酒が出て、くつろげる遊戯室でエミリアと話をすることになり、ロリはふらりと庭に出て、チハたんのところに向かった。


 「のう、チハたんや。妾はどうすればよいかのう。」


 「師団長どの、どうされましたか?」

 

 いつものように落ち着いて、丁寧なチハたんの言葉に促されるようにロリは先ほどの話を語った。


 「必ずくるとは限らんがのう、妾はやりすぎたのじゃろうか?」


 「やらずに後悔するよりやって後悔するほうがよほど良いと小官は考えます。やりすぎた挙句に国体を傾けるような愚か者たちを見てきた小官からすれば、師団長どのはまだ可愛らしい部類に入ります。」


 「国体?」


 「まあ、お国そのものと認識されてよろしいかと。それより、師団長殿は今後、どうされたいのですか?」


 「そうじゃのう。妾はロートバルトのものたちを好ましく思っておる。どこのものとは知れないような妾たちを普通に受け入れ、ちゃんと子供扱いして、悪いことをすれば叱ってくれるし、理不尽なことが降り掛かれば大人として庇ってくれる。なかなかできることではないと思うのじゃ。」


 ロリは重苦しい雲が渦を巻くように風に流されている夜空を見上げた。


 ふと雲に切間が生じ、星が顔を覗かせた。


 「妾が記憶を失い、生きていることを隠し、故郷に戻らぬ決心をしても、妾を待ち続けるものたちがいると今日知ったのじゃ。そして愚にもつかぬ理由で戦争をし、不幸になったものたちの存在もじゃ。」


 チハたんは装甲に夜露を纏わせながら、ロリの独白ともつかない話を静かに聞いていた。


 「すべてを救いたいと思うても、いまの妾では手に余る。このまま元に戻る決断をしても、何もできぬうちに世俗のしがらみにがんじがらめになってしまうか、命を落とすことになるのが見えておるのじゃ。」


 「小官と洞窟にいるハゴたん以下、百七十余両は師団長と一蓮托生です。いつでも命令を下ししていただければ、敵を殲滅して差し上げます。」


 「物騒じゃのう。クックックッ…あのべどにいと野郎は碌でもないことをしおったが、チハたんと装備を妾に残してくれたことだけは感謝するぞ。……のう、チハたんや。妾が部下を増やすと言ったら賛成してくれるか?」


 「もちろんであります。師団長は将の器であります。」


 「そうか。ならば、決まりじゃ。」

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