第49話

最近、愛情が重い方がいいっていう人増えてない?


 「殿下!! なぜですか!!!!???? 」

 

 ロリが戻らないことを説明すると三人は泣き叫んだ。

 あまりの声の大きさにロリは耳を塞いで両足の間に頭を挟み込んだ。


 「はぁ、ジェラルドよ、しまってある妾の服を出してこの者たちに見せるのじゃ。」


 「はい。アニカ、頼む。」


 ロリの命にアニカは奥の部屋に向かい、小さな箱を手に戻ってきた。そして真四角の箱の模様を複雑な手順で動かして、鍵を開けた。


 「殿下が遭難時に着用していたドレスです。」


 「むっ…… これは……」


 シャルロッテがロリのドレスの切り裂かれた後を見て唸った。後ろのグレートヒェンとヴィルヘルミーナも両手で口を抑えて、息を呑んだ。


 「見てみぃ。後ろからバッサリと切り付けられておるわ。

 

 そして前の鳩尾のところも一突きじゃ。


 何度見ても殺意の高さに震えがくるのう。


 やったのは誰だかわからんが、たかが盗賊に王国の姫たる妾に肉薄してこのようなことができるかのう?


  もし妾が盗賊ならば、生かして人質として身代金を取ると考えるか、他国や好き者の貴族に売りつけようとするじゃろな。いやそもそも王家の輿入れに手を出そうとするかのう? 」


 「そ、それは……」


 「殿下…すっかり世俗に染まってしまわれて……」


 「元から殿下はそんなところもありましたわよ。」


 後ろのヴィルヘルミーナとグレートヒェンの囁き声にロリは睨みつけた。


 「騒動に乗じて背後のものが斬りつけたか? 前の刺し傷はドレスの後ろまで達していないところを見て短剣でできたものか? 


 ……はっ!?


 で、殿下は大丈夫だったのですか!? 傷痕はいかがなされました!!」


 「ないない!! 不思議と傷痕はひとつもないのじゃ。だから、服をまくろうとするではないのじゃ!!」


 シャルロッテがにじり寄り、ロリの服に手をかけようとしてその手を叩かれた。


 「すみません。」


 「誰だと思うのじゃ」


 「盗賊とは考えにくい…です。貴人が襲撃を受けた際の近衛と近侍の動きは常々訓練を受けているはず。その包囲を破るには同程度、いやそれ以上の戦力が必要となるでしょう。」


 「やはり、身内かのう…… 生き残りは?」


 ロリの問いに考え込んでいたヴィルヘルミーナは苦い顔で首を振った。


 「そうか。あの者たちにはどのような先が見えておったのかのぉ…… それともこうなることをわかっておってもそうせざるを得なかったのかのぉ…… どちらにしろ、憐れじゃ。」


 「殿下……」


 目を閉じたロリの薔薇色の頬に一雫の涙が伝わって落ちた。

 アニカ、シャルロッテ、グレートヒェン、ヴィルヘルミーナの四人がロリの膝下に取りすがり啜り泣いた。


 「お主らの中には夫や婚約者もこの愚かな戦で散ったと聞く。彼らの魂が安息を見つけるように祈るのじゃ。そしてお主らにも苦労をかけるのぉ」


「殿下!!」


 四人の啜り泣きが号泣に変わり、ロリを含めて五人の世界がジェラルドの執務室にできた。

 それを眺めているユズはほっこりとした表情ながらも違うことに気をかけていた。


 「外に聴こえないかなぁ?」


 「部屋の防音装置は起動させてある。ローゼンシュバルツ王国の貴族が部屋に篭って何かしているとの疑いは湧くが、それはあきらめるしかねぇな。」


 「ギルド長の結婚前に女性関係の整理をしてるって言えば、きっと大丈夫っす。」


 「それは俺だけがダメージを喰らうやつじゃねぇか?」


 「男はつらいよっすね。」


 「ウッセェよ。」


 ユズやジェラルド、アストラッドが五人をあたたかい目で見つめながらゆるく話をしている横でコッペリアは一人無言で立っていた。


 「なんかピリピリするっす。」


 「うん? 静電気かな? 」


 「いや……コッペリアだ。おい、落ち着け、コッペリア。」


 「嫌だなっすな、ジェラルドさ。オラさ、いつも落ち着いておる。いつもよりも頭ん中さは冷え冷えとしとるさね。」


 ユズとアストラッドが隣の美人エルフ若妻に注目すると、長い白髪が帯電したようにふわりと持ち上がり、話すたびに上唇と下唇の間には火花放電が散った。


 「こんねたいした幼げな童子(わらしこ)によってたかって大人衆(おとなし)が何してるんだが。アホらしくて、情けなぐなるじゃ。」


 「コ、コッペリアさん? 落ち着いて。」


 「言われんでも、わぁはおちついとるじゃあ。頭ん中さは冷え冷えじゃ。」


 「どうしよっか、ギルド長?」


 「あぁ、コッペリア、お前が怒っても今は手を出すことができない相手だ。ちょっと外に出て、放電してこい。パチパチいってるぞ。」


 「んだなっす。ジェラルドさ。」


 「なんだ?」


 「後でちゃんと教えてけろなっす。」


 鋭い目線で貫かれたジェラルドはこめかみに冷や汗を流しながら頷いた。

 コッペリアが執務室を出て、すぐギルドの馬場から雷撃の轟きと稲光が部屋を揺るがせ、遅れてオゾンの匂いが漂ってきた。

 ジェラルドは身震いをしながら、故郷の国から来た令嬢たちに声をかけた。


 「まあ、それはそれとして、貴女たちも事情は掴めたと思う。カロリーヌ殿下はいまはみなし冒険者で親のいないロリちゃんだ。いいな。」


 「しかし……」


 「ヴィルヘルミーナ、ここは殿下とブレイクブルク卿のいう通りにしましょう。」


 「でも、グレートヒェン……」


 「何より殿下を危険に晒すわけにはいけません。目に見えぬ敵に油断はできませんよ。二人とも、わかりましたね。」


 「はい。」


 「よし、話がついたところで御三方は泊まる場所は決まっているんですか?」


 「まずはロートバルトを目指すことを優先したので、通過する町で馬を交換してやって来ました。」


 「あ〜アニカ?」


 「わたしの部屋は無理です。一人とはいえ、女の子は持ち物が多いですから。」


 「ジェラルドよ。ここは口をつぐむのが礼儀じゃぞ。休みなしで隣国より早馬で来た者たちじゃぞ。そこらの騎士よりも強いかもしれんぞ。」


 アニカの発言にジェラルドが口を開こうとして、ロリが止めた。

 ユズも慌てたように三人に話しかけた。


 「すごいですけど、護衛はどうされました? まさか、三人で来たわけではないですよね。」


 「いえ、三人です。これだけ急がねばならない時に護衛は邪魔になるだけです。」


 「わたしたちには簡単な攻撃用の魔法は習得していますし、わたしは剣をグレートヒェンとヴィルヘルミーナは弓を得意にしています。」


 「えぇっと、アニカさん?」


 「わたしたち『イリス』の中でもヴィルヘルミーナ、グレートヒェンはロリちゃんの近衛騎士の候補でした。シャルロッテ様は近衛騎士や近侍の武術師範で一時はロリちゃんの近侍をされていました。」


 「覚えておらんのじゃ。すまん。許せ。」


 「いえ、ご無事であれば、それが一番でございます。」


 シャルロッテは再度ひざまづき、騎士の礼をした。


 「『イリス』の方々はみんな強いっすね。」


 「貴族の子女はたとえ二番目、三番目であろうとも、剣や弓、槍などの武術は基礎教養の一つですから。」


 「そうそう、語学、会計、詩、美術、ダンスに薬術、魔法、音楽、裁縫にお茶会と一緒です。」


 「なるほどのう。妾にはさっぱりじゃ。」


 「そうですか。殿下はまだお若いですし、覚え直すのもそれほど時間がかかることはありませんね。」


 「もう良いのじゃ。ロートバルト平原の迷子には必要ないのじゃ。あと、この部屋を出てからはカロリーヌ殿下、もしくは殿下と呼ぶことは許さんのじゃ。妾はロリちゃんじゃ。いいか、わかったな。」


 「殿下……」


 「まあ、貴女たちには納得しにくいでしょうが、これもロリちゃんを守るためと思っていただきたい。」


 「承りました。では、アニカはわたしたちを宿に案内してくださいね。」


 「ファ!?」


 『イリス』の義姉妹たちのためにアニカはロートバルトの高級なホテルに声をかけるも、平原のモンスターから取れる資源に目を付けた商人たちが部屋を占めていた。


 ロートバルト市のメインストリートの真ん中で途方に暮れていたアニカの前に霞が形を成したように現れたロートバルト女男爵家の年若いメイドが招待状を手に現れた。


 アニカから話を伝えられたシャルロッテたちはこころよく招待を受けて、男爵家の場所に乗車した。


 「なんじゃと? 」


 「ですから、エミリア様はロリちゃんたちも招きたいとのことです。」

 

 ロリはブスッと頬を膨らませて頷いた。

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