第48話

人間ってどうして自分が一番頭がいいって思えるんやろな?


 三人が戻ると、あからさまにホッとした表情のコッペリアが出迎えた。

 手続きを済ませ、今日の獲物を解体場所に運ぶと今日の担当官である禿頭の男性が小柄で繊細な美少女らしきアストラッドが頭上に掲げた今日の成果に目を見張った。


 「なんじゃ、こりゃ? こんな大物、見たことないぞ。」


 「そうなんっすか? ここでいいっすか?」


 「お、おう……」


 アストラッドは天井から吊るされた太い鎖の先のフックに軽々と一角兎(デスサイズ・ラパン)をぶら下げた。

 一緒にきたユズも腕を組んで見上げていた。


 「平原の魔力を取り込んで育ちすぎたんだろうね。」


 「それにしちゃあ、大物すぎんだろ?」


 「そうなんだ。東の方の事情には詳しくないからねぇ。」


 「おう… 傷もすくねぇし、勉強させてもらうぞ。」


 ユズとアストラッドは満面の笑みで頷いた。




 ロリはその頃、一人先に戻ってかまどに火をくべていた。


 「よう、早かったな。」


 「ジェラルドか? 性懲りも無く、仕事から逃げ出したのか? 悪いやつじゃの。」


 ジェラルドはあたりを見渡し、ユズたちがいないことを確認すると、言葉遣いを変えた。


 「休憩って言ってくれませんかね。」


 「物は言いようじゃな。お湯が沸くまで待つが良いのじゃ。コーヒーでも入れてやる。」


 「ありがたく頂戴いたします。で、今日の戦果は?」


 「ユズとアストラッドが持って行ったのじゃ。熊よりも大きな一角兎(デスサイズ・ラパン)じゃぞ。」


 「そいつは… 他にもそんなのがうろつかれると対応が難しくなります。」


 「そうじゃな。毛皮の防御はなかなか硬かったのじゃ。」


 焚き火が大きくなり、ロリはやかんをかけた。

 やかんの口から湯気が出る頃、ユズ達が戻ってきた。


 「ご苦労じゃったな。」


 「なかなかいい値段になりそうだよ。」


 「良かったの。アストラッドも増えたし、何よりじゃ。」

 

 ロリはその場の全員にコーヒーを振る舞うとしばらく考えてからジェラルドに向き直った。


 「のう、こうなるとハゴたんを戻したのは下策だったかもしれんのう。今回の『蝕』の影響がこれほど大きいとは思わなかっったのじゃ。」


 ジェラルドは、戻ってきたユズとアストラッドに気を使い、言葉遣いを荒っぽくしたものに戻した。


 「ロリちゃんの言いたいこともわかるがな、先日、ロリちゃんもお会いしたご隠居をはじめ、今回の『蝕』の対応について、近隣の貴族にも噂にもなってるんだぜ。」


 「じゃがのう……」


 「エミリア様と相談の上、マムルク隊が開拓村への巡回を増やすことにしている。冒険者ギルドとしても商業ギルドと連携を図り、買い取りを増やしてキャラバンを増加して国内の流通を回すことになるだろう。今はロートバルトの冒険者で頑張ってもらい、すぐに流れの冒険者たちがやってくる。その間の我慢だ。」


 「穏便に済ますにしても時間がかかりそうじゃのう。あと、マムルクたちが巡察に出ることでエミリアの警護が甘くなるのう。」


 「エミリア様の周囲にはあの執事やメイドさんたちがいるんでしょ? あの人たちは強いよ。」


 「ああ、あのニンジャめいた人たちっすね。」


 「ニンジャ?」


 「暗殺とか密偵とかする特殊技能の集団っす。」


 アストラッドは前世の記憶か、それとも本当にいるかもしれない帝国の秘密組織か、よくわからない存在を話した。


 「ほう、初めて聞いたな。そんな奴らがいるのか? 確かにあの男爵家の家臣と一緒にいる限りエミリア様は安心できるが、正面から騎士団や傭兵戦士団の攻撃を受け止めるだけの戦力はねえな。ただそんなことをするような連中がいるのか?」


 「妾にはわからんのじゃ。」


 「推測で話すのは良くねぇと思うがな。」


 「じゃが、この『蝕』でロートバルト男爵領は平原の魔物からの資源が増加する。長期的には平原の横断ルートの開拓もある。短期的にも長期的にも莫大な利益をもたらす可能性があるのじゃ。しかし『蝕』の対応でよくわからん軍事力もあることは知られてしもうたのじゃ。噂を聞いた普通のものならば、手を出すことをためらうのじゃ。」


 「なら、それこそ杞憂というものではないっすか?」


 アストラッドが控えめに反論をすると、ロリはアストラッドの鼻の前で人差し指を振った。


 「じゃが、その対応のためにいまは疲労していると分析するのなら、もしかしてチャンスではないかと結論を出す愚かな貴族はいそうじゃと考えるが?」

 

 ロリの分析にジェラルドは唸った。


 「いない訳でもないが、『駆け落ち戦争』の後、貴族たちは金欠でよその家を攻め落とすだけの力はねぇはずだ。攻めるにしても大義がねぇ。

 それを押してロートバルト女男爵を押し潰そうとするなら、周辺の貴族やこの国の王家を納得させるだけの駆け引きをしなきゃらならないぞ。これのためにどれだけ金貨の詰まった袋をつみあげなきゃならないか。それから戰支度して、一気にここを攻め落とさないと遠距離の領主なら補給で詰んじまう。」


 「なるほどの。じゃが、お主にはもう目星がついとるじゃろ? なあ、やるとしたら、どこじゃ?」


 ロリの悪い笑顔にジェラルドは真顔になり、言葉遣いも二人の時に戻った。


 「シュトロホーフェン公爵。公爵自身はもとより駆け落ちした長女もやり手と聞いてます。まるで蛇のように執念深く、禿鷹のようの弱ったものを狙う臭覚に優れています。そして『駆け落ち戦争』の当事者です。戦費と賠償金で火の車と聞きます。」


 「そんな原因の一人が国内の貴族を攻めるなんて、もし失敗したらお家取りつぶしになるでしょう?」


 「ええ、ですから現実的じゃない。」


 ジェラルドはそう言って、コーヒーを飲み干し、肩をすくめた。


 「なるほどな。じゃがエミリアの騎士団を再建するのは喫緊の課題じゃな。」


 「わかりますが、なり手がいません。『駆け落ち戦争』でローゼンシュバルツ、バイスローゼンの両国の高位貴族の騎士団ですら定員を割れているとのこと。ロートバルト男爵お抱えの騎士家も後継がエミリア女男爵よりも年下のために今はまだ戦力として数えられません。また戦後、お取りつぶしになった貴族家の騎士たちもより条件のいい貴族に雇い入れられて、もうめぼしいものはいないでしょう。」


 「お湿り娘の父親はどうなんじゃ?」


 「アーデルハイトの父親は戦争の負傷で騎士どころか、衛士にすらなることができません。そのために彼の妻や娘が働かなくてはいけないのです。」


 「どうにかならんのか?」


 「ないものを生やすわけにはいかないですからね。」


 「むぅ……」


 ロリは腕を組んで唸った。

 ユズやアストラッドは余計なことを言わないように黙って、ユズが出したアーデルハイトの街でよく食べられている小麦団子を揚げて、ザラメ砂糖をまぶした素朴なお菓子を手にコーヒーを啜っていたが、ふとアストラッドが首を伸ばして、ギルドの建物を見つめた。


 「誰か、叫んでるっす。」


 「えっ?」


 「ジュリー!!!!!」


 バタンと窓の開く音とともにアニカが窓から飛び降りた。


 「ヒェ!?」


 ユズの叫び声が響き渡る中、アニカは途中で一回転して着地するや否や、ジェラルドに駆け寄った。


 「どうしましょう!? どうしましょう!? あの人がたがやってきます!!」


 「落ち着け、落ち着け。何があった?」


 「こ、こここれを…………」


 アニカが短い丈のベストのポケットから取り出しした手紙をジェラルドに手渡した。

 ジェラルドはそれを受け取り、手紙を広げた。

 手紙の文字をしばらく見つめたジェラルドはうんざりとした顔を右手で覆った。

 そして、口だけを開いてロリに話しかけた。


 「殿下、悪い報告が三つあります。」


 「聞きたくないのう。……教えてみぃ。」


 「まず、アニカと俺が結婚式を挙げるということです。」


 「……良い機会じゃ。ジェラルドも年貢の納め時じゃ。観念せい。」


 「いやですよ。こういう事は男から決めたいじゃないですか。」


 「そんなこと言って何年も待たせるから、アニカが悲しい嘘をつくのじゃ。これは二人の問題じゃから、妾たちには関係ないのじゃ。」


 「その祝いと戦争で夫や婚約者を亡くしたアニカの友人たちに二人名義で送った見舞いの返礼に何人か来るそうです。」


 「ふむ。その者たちはそなたたちと同様に貴族に籍を置くものか?」


 「ええっと、そうです。彼女たちはわたしと同様に貴族の次女三女などが結婚前に教養を学ぶ私塾に通った友人達です。」


 アストラッドから白湯をもらい、ようやく落ち着いたアニカが返事をした。


 「わたしたちは同じ私塾に通い、『イリスの花束』という卒業生の互助会を作って連絡を取り合っています。わたしたちは姉妹の契りを結び。互いを『イリス』と呼び、強いつながりを持っています。」


 「その中には妾の顔を知っておるものも含まれているのであろうな。」


 「それに関しては最後の一つですが、アニカが…殿下の生存を彼女らにバラしました。」


 ジェラルドからの暴露にアニカは泣き崩れ、ロリは大きく息を呑み、やがてゆっくりと吐き出した。


 「なぜそのようなことをしたのじゃ。」


 「も、申し訳ありません。……わたしたち『イリス』は王妃、王女殿下に忠誠を誓っています。そのため、今回のカロリーヌ殿下の遭難に対して、皆心をえぐられる思いで、生きていることを信じて、探していました。だから……」


 「義姉妹たちに知らせたということっすね。でも手紙という形に残るものでは、まずいんじゃないっすか?」


 「わかるようには書いていません。ただ『季節遅れの薔薇が咲いていた』とだけ。」


 「それでわかるものなの?」


 「カロリーヌ殿下は母国では薔薇に例えられるほど愛されていたんだ。」


 「ああ、棘も多いもんね。」


 「ユズは後で折檻じゃ。……なるほどじゃな。枯れているはずの薔薇が遅れて見つけたということじゃろう?」


 「はい。」


 「それで、そのものたちはいつ来るのじゃ? ことと次第によっては平原にでも逃げなくてはならんのじゃ。」


 「手紙と共に準備をしたとしても貴族の令嬢が国外に旅をするとあれば、侍女やメイドたちに守護騎士の用意、そのものたちの旅行の準備も含めると一ヶ月くらいはかかるか、アニカ?」


 「いえ、お姉様がたの最精鋭でこちらを目指すとあれば……」


 言い淀んだアニカはふるりと震えてギルドの職員玄関から出てきたコッペリアを見つめた。

 いつものように冷たい表情のコッペリアは淡々とした声でアニカに向かって手を上げた。


 「なぁんだ。アニカさ、ここにいたんか。お友達が来とる…… なっ!?」


 コッペリアを突き飛ばし、三人の令嬢が駆け寄ってきた。

 旅装の彼女たちはロリの前にかばうように立ったアニカとジェラルドを跳ね飛ばし、膝をついてロリの顔を穴が開くように見つめた。


 ピンクブロンドのストレートを肩先に切り揃えて、まるで女騎士のような凛々しい美貌にレイピアを腰に刺した女性が先頭に立ち、彼女の後ろにいた淑女たちは藍色のロングヘアが波打つように豊かで理知的な表情に赤いアンダーリムの片眼鏡(モノクル)をつけた女性と蜂蜜色の髪をツーサイドアップにした若駒のように若々しく力に満ち溢れた少女だった。


 「な、なんじゃ? そなたたちはアニカの義姉妹たちか? 」


 ロリは目の前の女騎士の佇まいのピンクブロンドの令嬢に声をかけたが、彼女はロリの顔を穴が開きそうなほど観察していた。

 すぐにモノクルをつけた知的な令嬢が女騎士の名を呼んだ。


 「どうですか、シャルロッテ? 」


 彼女に続いてしなやかな肢体を持つ野生的な令嬢が口を開いた。


 「殿下と親しくお会いしたことがあるのはあなただけですよ。」


 「まあ待て、グレートヒェン、ヴィルヘルミーナ。右目の下のほくろ、左右の耳たぶの形も若干違って左の方が丸く厚みがある。瞳の色も冬空のような青。歯を、歯を見せていただけませんか?」


 「うぐっ!?」


 お願いの言葉と同時に女騎士のシャルロッテが両方の人差し指をロリの口の中に突っ込み、唇を無理やりこじ開けた。


 「健康的な八重歯!! 王妃殿下から治すように叱られても怖がって、そのままにしていたやつ! カワイイ!! 間違いないわ!! グレートヒェン、ヴィルヘルミーナ!! カロリーヌ殿下です!!! アニカ、でかしましたわ!!!」


 「いい加減にせんか!! この馬鹿者ども!! ひとの口の中に指を突っ込む不作法者がおるかじゃ!!」


 「ロリちゃんが怒った。」


 「いや、当たり前っすよ。ほんとにこの人たちは忠臣なんすかね? 」


 「申し訳ありません!!」


 三人の令嬢は一歩下がり、片膝を着き、深々と首を下げ、臣下の礼をとった。


 「のう、ユズよ。この馬鹿騒ぎはどこまで聞こえておるのじゃ? 」


 「コッペリアさんだけだよ。あとは周囲に人はいない。壁の向こうも大丈夫だね。」


 「ならば、ジェラルドよ。部屋を貸せぃ。」


 「はいはい。」

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