第47話

ダンジョンとラビリンス、蕪と大根、似ているところはどこですか?


 次の日、さっそくユズの等級でも可能な一角兎(デスサイズ・ラパン)の狩に出ることになった。 

  

 常設依頼のために受付にユズが顔を出すと、コッペリアが物申したげな表情を浮かべていたが無言で手続きを済ませた。


 路上にチハたんを出して待っていた二人の元にやってきたユズは軽々とチハたんの車体の上に飛び乗った。

 ロリが右手を前に出すとチハたんの履帯は石畳を噛み、前進をはじめた。

 まだみなし冒険者にもなることができないような幼い町の子供たちが、楽しそうにチハたんを追いかけてきた。

 アストラッドは表情に乏しいが、空いている右手を出して小さく振った。

 主砲のキューポラから身を出してるロリにユズが受付の様子を話した。


 「あれ、きっとアニカさんに釘を刺されたんだろうね。」


 「気持ちはわからんでもないのじゃ。まあ、コッペリアを心配させないようにうまくやるだけじゃ。」


 「そうっすね。で、狩りの分担はどうするっすか? 」


 「そりゃ、チハたんの主砲でズドンと行くのじゃ。」


 「いや、それは確かに安全だけど、兎の毛皮って結構いい値段になるみたいだよ。」


 「ほう、肉はどうじゃ? エミリアのところで食べた兎の肉は美味じゃったぞ。」


 ロリは味を思い出しながらたずねるとユズは首を横に振った。


 「あれは普通の兎だよ。モンスターの肉は総じて食べれたもんじゃないよ。毒じゃないけど、えぐみが強いし食べると必ずお腹を壊すから。」


 「実体験すっか?」


 「平原に接してる人たちなら必ず知ってるよ。北の帝国はそうじゃないの? 」


 「白色狼や嵐熊は灰汁が強いから、何度も水を取り替えながら煮るけど、普通に食べるっすよ。」


 「ところ違えばなんじゃのう。」


 「体内に取り込む魔力量の違いなのかなぁ? だとすると北は魔力が薄いことになるのかな。」 


 「わたしにはわからないっすね。」


 アストラッドの言葉に頷いたロリはロートバルト市の外壁を守る門前の衛士に手をあげて、挨拶をして、平原に乗り出した。


 先だっての小鬼(ゴブリン)たちとの戦さの跡がまったく消え去った平原は乾いた大地に低木があちらこちらに点在していた。


 「あれほどの穴ぼこはどうしたのじゃ?」


 「本当にここが戦場だったんすか? なんもないっすね。」


 「平原の復元力だろうねぇ。」


 「復元力じゃと?」


 「うん。迷宮って聞いたことがある?」


 「……あるのか?初耳じゃ。」


 「わたしも無いっす。」


 二人の返事にユズは首をひねった。


 「こっちには無いのかな? ともかく洞窟や神代や古代の遺跡に魔力が溜まって、自然にモンスターが湧いたりする場所があってね。地形や建物の構造も変化して、迷路のようになることから迷宮って呼ばれたり、ゾーンって呼ばれたりするんだよ。」


 「ほう。」


 「で、魔力が溜まるといえば平原だよね。」


 「そうっすね。」


 「だから、里の学者なんかは平原地方全体が一種の迷宮のようなものじゃないかって仮説を唱えてるんだよ。古い迷宮って、構造を破壊することができないし、傷つけても復元しちゃうんだよね。」


 「このありようもそういうことだと言いたいわけじゃな?」


 「そう。里の人が極大魔法を平原で撃って、実験したんだけど、数日中には元に戻ったって。」

 

 「興味深い話じゃな。」


 ロリは偕行社の双眼鏡を目に当てて、辺りを見回しながら答えた。


 「でも、ロートバルトでは開拓村を作ってるんすよね。どういうことっすか?」


 「辺縁だと魔力も弱いから修復力が弱まるらしいよ。あと、人の手でゆっくりと開拓してゆくと平原がその変化を受け入れてゆくらしいね。時間のかかる実験だから、こっちは仮説だけ見たい。」


 「な〜るほど。」


 「師団長殿。」


 「なんじゃ?」


 「体調が思わしくないのでありますか?」


 「い、いや……なんともない。ただ、ちょっと薄暗い所が苦手なだけじゃ。」


 「誰と話してるんすか?」


 「アストラッドにもいずれ聞こえるから心配するではないのじゃ。」


 「なにそれ、めちゃめちゃ怖いっす。」


 「それよりも、兎らしきものを見つけたのじゃ。」


 ロリは2時の方向を指差すと葦のような背の高い草の茂みの手前に毛皮の塊が背を向けていた。 


 「……あれ? 」


 「なんじゃ? 」


 「大きすぎ。でも、毛皮の感じは一角兎(デスサイズ・ラパン)だよなぁ?」


 「デスサイズって呼ばれるくらいっすから、大きくて当たり前じゃないっすか?」


 「ウサギの額から伸びてるツノが大きな鎌のように反り返って、刃がついてるからデスサイズ・ラパンって呼ばれてるんだよ。大きさは野犬よりもひとまわりほど小さいよ。」


 「あれは距離があるのじゃが、どうみても熊ほどあるのう。」

 

 チハたんがゆっくりと近づくと姿はやはり一角兎(デスサイズ・ラパン)だったが、ロリの見立てのとおり、うさぎと呼べるようなサイズ感は無かった。


 「サンパチちゃんじゃあ、ちょっと辛いかな。」


 「ユズどの、砲塔後方の重機関銃で試してみてもよろしいでありますか?」


 「あ〜 多分それだったら一発だろうけど、もう少し傷がつかないやり方ってないかな?」


 「誰と話してるかよくわからないっすけど、だったらユズさんが魔法でチャチャッとやってみるっす。」


 「いや、ユズの魔法では跡形もなくなるじゃろう。妾にいい方法があるのじゃ。チハたんや、榴弾で彼奴の手前を狙うのじゃ。」


 「確かに爆風で吹っ飛ぶでありますが、破片の威力もなかなかでありますよ。」


 「破片程度であの毛皮を貫通するかな? モノは試しにやってみてもいいかも。」


 「ユズもこう言っておる。」


 「了解であります。」


 ゆっくりと砲塔が回旋し、短い砲身の角度が微調整された。


 ふとロリは下を見ると、運転席から顔を出したままのアストラッドの呆けた表情が目に入った。 


 「アストラッド、車内に入って、蓋を閉じて、耳をふさぐのじゃ。」


 「えっ? 」


 「至近での砲撃音は鼓膜が破れるのじゃ!!」


 慌てたアストラッドは頭を引っ込めて、ハッチを閉めた。


 「てーっ!! 」


 ちゅどーーーーーーん!!!!!


 轟音に一角兎(デスサイズ・ラパン)が振り返る間も無く、榴弾が着弾し、赤く乾いた大地が爆発した。

 ミニバンくらいの大きさのツノ付き兎は爆風に吹き飛ばされて、数度地面をバウンドして転がった。


 「なかなかじゃのう。」


 耳栓がわりに装着していたヘッドセットを外したロリは満足げに頷いた。

 耳を塞いで口を開いて圧を逃がしていたユズが肩にかけていた三八式歩兵銃を手に、車体から飛び降りて、一角兎(デスサイズ・ラパン)に駆け寄った。

 腹を見せ、無様に倒れている大きなモンスターを注意深く観察していたユズは銃をそれの口の中に向けた。


 GYEEEEEEEE !!!!!!!!


 甲高い威嚇の声をあげた一角兎(デスサイズ・ラパン)は断頭台の刃のように鋭いキバをユズに向けた。


 PAN !!


 乾いた音とともにオレンジ色の曳光弾のような魔弾が口の中に飛び込み、巨大な一角うさぎの脳髄を破壊した。


 「大丈夫っすか!? 」


 「うん。やっぱりって感じだったよ。モンスターってイヤになるほど体が頑丈だもん。」


 呆れた様子で三八歩兵銃の銃剣で一角兎(デスサイズ・ラパン)をつつきまわし、本当に倒したかを確認しているユズのそばに駆け寄ったアストラッドはその大きさに驚いていた。


 「でっかいっすね〜。」


 「そうだね。見てよ。」


 ユズはアストラッドに語りかけながら、銃剣の剣先で毛皮をつついたり、毛並みを開こうとするも、硬質な音を立てて跳ね返した。


 「破片で傷がつかなくて何よりじゃな。」


 キュラキュラと土を踏みながらチハたんと腕を組んだロリがキューポラの上から声をかけた。 

 

 「さて、後始末をするのじゃ。」


 ロリの言葉にユズから渡された三八歩兵銃の銃剣で力自慢のアストラッドが一角兎(デスサイズ・ラパン)の喉元をかき斬った。

 そこからユズの魔法でつむじ風が一角兎(デスサイズ・ラパン)の体液を吸い出した。

 肉の塊と化したモンスターはそれでも少女たちが持てるような大きさではなかったが、アストラッドは楽々と持ち上げて、チハたんの後ろに乗せた。


 「さて、どうするのじゃ? 」

 

 空を見上げると日がまだ登りきっておらず、浅い青色の空が高く広がっていた。


 「時間はまだあるけど、肉が悪くなると匂いがひどいし、いったん、戻る方がいいよ。」


 「むぅ……薬草も取りに行きたいのじゃが、仕方がないのう。」


 まったりとチハたんは転回してロートバルトの市街地を覆う城壁を目指して戻ることにした。


 

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