第46話

心の傷って消えないでその上に新しい思い出が積み重なるだけみたい 黒歴史? あはは


 出立の際、エミリアはロリの柔らかな白い手を取って今度こそ、遊びに来るようにと無理やり約束を取り付けた。

 彼女の後ろでは目の下のたるみが薄黒く大きくなったプレシー卿の姿がすすけていた。


 「で、なんだったの?」


 「さてな。エミリアにしてみれば、遊びたかったのじゃろう。」


 「あのおじじが邪魔をしたってことっすか?」


 「アストラッド、お主、もう少し言葉遣いを取り繕うのじゃ。せっかく儚げな美少女なのに残念じゃぞ。

 まあ、色々と確認もしたかったのじゃろな。

 妾は別にしても、ユズ大魔王と言い、チハたんもそうじゃが一男爵領にしては過剰なほどの戦力じゃ。後見人ともなれば、ほおっておくこともできんのじゃろうなあ。」


 「自分を一番初めに除外するところがロリちゃんらしいけど、『氷雷の貴婦人』だったけ? コッペリアさん一人だって王国の宮廷魔導師を超えてるんじゃねぇ。」


 「やばいじゃないっすか!?」


 「やばい? どこの方言?」


 「『蝕』で開拓村がいくつも消滅するような大被害を起こす平原と接する辺境の地に対する壁の役割と思えば、むべなるかなといったところじゃろ。」


 ロリはチハたんのキューポラから上半身を出して腕組みをして頷いた。


 「でも、国から睨まれてるってことっすよね。」


 「まだそこまでゆかんじゃろ。が、やめたとはいえ、この国の中枢にいたであろうタヌキ爺いじゃ。迂闊に動くことも危険じゃな。」

 

 ロリの隣に立っていたユズは天を仰いだ。

 目に見えない波動のような力の波がユズを中心に平原に広がった。


 「尾行や監視はないね。」


 「エミリアが昨晩は大荒れじゃったからな。さすがに遠慮したんじゃろ。」


 何事もなく、冒険者ギルドの馬車置き場の横の並木にチハたんを停車させたロリはテントに戻り、ギルド受付のあまり接触のなかった男性職員に依頼終了の報告を行った。


 ギルド裏のテント村に戻ると定位置にチハたんを停車し、少女たちはそれぞれのテントに潜り込んだ。

 男爵邸で洗濯された旧日本陸軍の軍服を改造したロリたちの制服はしわ一つなく伸ばされていた。 

 それを乱雑に脱ぎ捨てたロリは気楽なワンピースに着替えてテントの中でユズの持ってきた絨毯の上で猫のようにゴロゴロとしてた。

 彼女の横でアストラッドは三人分の脱いだ制服をきれいに畳んでいた。


 「アストラッドよ。お主もマメじゃな。」


 「あ〜 そうっすね。小さい頃はそうでもなかったっすけど、『せきとり』の記憶が混じったからっすかね? 兄弟子の世話するのは当たり前って感じっす。」


 「お主は下のほうじゃったのか?」


 「いえ、『こむすび』っす。自分で言うのもなんすけど、いい感じだったっすよ。」


 「いい感じって、お主、『さんやく』というやつじゃろ? ほわぁ〜 強かったんじゃのう。」 


 「なんの話し?」

 

 ロリのテントの入り口でユズが声を掛けた。

 金銀のこじんまりとした美少女の四つの瞳がオリーブ色の人の良さそうな美しい少女の顔に向けられた。


 「どうします?」


 「いずれは勘付くじゃろ。ユズはうっかり者じゃが、カンは鋭いのじゃ。」


 「なんか……隠し事? 」


 里の頃を思い出したのか、ユズの瞳に光が失われ、漂白されたように表情が消え失せた。

 小さな悲鳴をあげたアストラッドはロリの背中に隠れた。

 ロリは両手を挙げてなだめるような身振りをした。


 「ではないのじゃ。いや、隠し事と言えばそうじゃな。まあ、ユズも入るのじゃ。」


 「うん……」


 ペッタリと仮面の微笑みを貼り付けたユズがサンダルを脱いでテントの中に入った。

 ロリはテントの入り口の布を下ろした。


 「消音か人避けの魔法なんぞあるか?」


 「聞かれたくないことなんだ。わかったよ。」


 頷くとユズは手のひらから蛍色の光を出した。

 それはふわりと浮かび上がり、テントの屋根にぶつかると吸い込まれるように消えて、テント自体が一瞬光った。


 「これで外には聞こえないよ。」


 「であるか。いや、実はユズ達にも隠しておったのじゃが、妾は記憶の大部分を持ってかれた代償にチハたんが存在したとある違う世界の記憶を植え付けられたのじゃ。」


 「ほう?」


 「そして、どうやらアストラッドもその世界の記憶があるのじゃ。」


 「ふぅむ。」


 いつもに戻ったユズはロリの告白に一度、深々と頷いた。

 腕を組み目を閉じ、黙した彼女をロリ達は緊張した面持ちで見つめていた。


 「里の子達のうち、そんなことを言ってる子がいたよ。」


 「なんじゃと!?」


 「なんでも前世が『光の戦士』と『月の巫女』でお互いに魂で結ばれたソウルフルウォリアーだと言って秘密の場所に二人きりで遊びに行ってた。」


 ユズの言葉にロリはすっぱい果実を食べたような表情になった。


 「それは違うと思うのじゃ。」


 「でもそういうことを言ってる痛い人たちが昔からいたとかって聞かなかったっすか?」


 「知っとるわ。そもそもソウルフルウォリアーとはなんじゃ? 魂の戦士ならソウルウォリアーじゃろ。フルは要らんじゃろ。」


 「頭をもじゃもじゃにして、踊り出しそうっすね。」


 「あ〜 そういえば、いつも秘密の場所っていう、林の奥から戻ってくると二人とも顔を赤くして、疲れたような満足したような表情だったなぁ。あれ、異教徒の踊りでも踊ってたのかな?」 


 「その記憶は綺麗なままでとどめとくのじゃ。妾も知りとうなかったのじゃ。」


 「ともかく、それとは違うっすね。」


 ロリとアストラッドは思い出せる記憶をユズに話した。


 人族と動物がいて、その他の種族やモンスターは空想の存在でしかなかった世界。

 魔法はないが科学と技術が発展して、魔法よりも力を持った世界。

 こちらと同じように平和と戦争がモザイクになった世界。

 

 「ふぅん。チハたんは確かに人の手が入ってるなぁって思ってたけど、じゃあどうやって作るかなんて想像もできなかった。どうやって作ってるの?」


 「どうやってと言われても、妾たちも説明が難しいのじゃ。」


 「たくさんの人の手が入ってるっすね。」


 「そうじゃな。まずは世界中から鉄鉱石や銅などを掘り出し、大きな船なんぞで運び、鉄板やビスやエンジンを作る機械を作るものがおってな、そこからチハたんの部品を作る者どもがおって、設計する者、それに認可を与える者、予算を出す者、国中から部品を集める者、組み立てる者、納品する者、その他もろもろじゃな。どれだけの人間が関わってるかなど、想像もできんのじゃ。」


 「ふぁぁ…、それどうやって指揮してんの?」


 「それぞれの過程で検品したり、監督するものがおってな、こういうのをなんといったか……そうじゃ、高度分業社会とゆうたはずじゃな。」


 「そうそう、全部を作る人はいるっすけど、それはもう芸術家って扱いっすね。」


 「まるで人間が集まって、一つの精巧な機械の部品になって世界を動かしてるみたいだね。」


 「さすがじゃのう。おおむねそのような認識でよいぞ。」


 「大賢者様は違うっすね。」


 「だから、わたしはそんなんじゃないってば……じゃあ、二人はその世界から来たってこと?」

 ユズの問いにロリとアストラッドは顔を見合わせた。


 「それを言われると微妙じゃな。」


 「うん。わたしはさらわれてから夢の中で、『りきし』っていうこちらでいうパラディンみたいな人の人生を繰り返し見るようになったっす。」


 「パラディン? ……裸で戦う男たちがか?」


 「でも『すもう』は武芸っすけど、神事でもあるっすよ。だから試合じゃなくって、興行って呼ぶっすよ。」


 「なるほどのう。妾の場合は無職のいかがわしい男の魂に体を乗っ取られかけたのじゃが、撃退してやったのじゃ。じゃが、その男の知識と入れ替わりに記憶を持ってかれたのじゃ。」 


 ユズは二人の話を聞き、首を横に振った。


 「まず、信じないわけにはいかないようだね。あと、異世界すぎて理解が及ばないよ。なに? 裸で戦う戦士がどうしてパラディンな訳? 」


 ユズの問いにロリとアストラッドは互いに顔を見合わせた。


 「あれ、なぜ裸なのじゃ?」


 「そこまでは覚えてないっす。」


 ロリは肩をすくめて、したり顔で口を開いた。


 「趣味じゃな。」


 「違うっす!!!!!」


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