第44話

メイドさん(カウンターインテリジェンス)


 昼食を食べ終えた三人はギルドの倉庫に向かった。

 小鬼(ゴブリン)との戦いの前に、洞窟から持ってきた危険なものは木箱に詰めてそこに移動させられていた。


 「アストラッドはどの程度の魔法を使えるのじゃ?」


 「ん〜 種火とか、ともし火とか? それとビリフィケーションなら使えるっす。あとは身体強化ぐらいっすね。魔法の練習をする前に捕まっちゃったのでこれしか知りません。」


 「聞いたことがないものが多いのじゃが、ユズは知っておるか? 」


 「ただの言葉違いだよ。種火は点火、ともし火はライト、ビリフィケーションはクリーンってとこじゃないかな? 身体強化はドワーフと獣人族の戦士が得意だよね。魔力を事象として変換、放出するんじゃなくて、体表にめぐらせて重いものを持ち上げたり、抵抗したりするんだよ。」


 「体内の筋力を向上させるわけではないのじゃな?」


 「よくそう思われているけど、厳密には重力操作の一つなんだ。重たいものが大地に向かう力や動く速度と方向を相殺させたり、補助をかけたりして、軽くしたり、重くしたりするんだ。」

 「分かりにくいです。」


 「妾もちょっと専門外じゃ。言わんとするところはなんとなくわかるのじゃが、説明はできんのじゃ。」


 「身体強化魔法を使っている人たちは自覚してるわけじゃないから気にしなくっていいよ。」


 「さすが大賢者じゃ。」


 「位階が上がり過ぎてる!?」


 ロリはアストラッドの目の前にサンパチちゃんこと三八式歩兵銃やモ式大型拳銃などを並べて見せた。

 アストラッドは小銃を手に取ったが、ロリとそう変らない体格では長さを持て余した。

 大型拳銃も小さな手にあまし、結果、南部式と呼ばれる拳銃が残った。


 パン、パン、パン、パン。


 訓練場の片隅に弓の練習用に建てられた丸太の人型に向けて、アストラッドは拳銃を両手で構えて連射した。


 「なかなか様になっとるのじゃ。」


 「思ったよりも疲れません。」


 「あんまり殺傷能力はないからなぁ。普通の小鬼(ゴブリン)ぐらいだったら平気だけど、ホブくらいになると数撃ちになるかも。」


 「確かにのう。ではハンマーなどを持たせて近接をさせた方がよいのじゃろうか?」


 「うちは近接職がいないもんね。でもあまり近づくと今度はチハたんの邪魔になりそうだし、難しいなぁ。」


 「勘違いしてるようだけど、あなたたちは討伐依頼の受付はごく限定されているわよ。」

 

 後ろからかけられた忠告の声はペトルーシュカだった。

 彼女の横には複雑そうな表情のミルシェもいた。

l

 「どういうことじゃ?」


 「ユズちゃんを冒険者にしてパーティーを組んでるけど、まだユズちゃんの冒険者ランクは低いから、採集とあまり変わらない仕事しか与えられないはずよ。」


 「なんと。」


 「せいぜいが一角兎を狩るくらいなところじゃないかしら。それより、この子をお返しするわよ。」


 「わかったのじゃ。」


 ペトルーシュカはミルシェに振り返った。


 「あなたもわかった?」


 「はい。お手数をおかけいたしましたわ。母がいないもので、リリス族のことをよく理解しておりませんでしたわね。」


 「それについては同情するわ。もう成人してしまったのだから、これから大きく変わることはないわ。それでも今までのような体の不調は抑えられるはずだから。」


 「でも、定期的な摂取って……」


 ミルシェの不安そうな表情にペトルーシュカはぽってりとした唇を舌で湿らせた。


 「別にする必要はないのよ。適当にドレナージすればいいのよ。方法は教えたでしょ? それこそさっきの奴隷なんかでいいわよ。高級娼婦のいる宿ならそれ専用の人もいるから、後腐れはないわね。ただし、父親からはやめておきなさい。」


 「害になるんですか?」


 「異性の家族からのドレナージはリリス族の中で禁忌に入る部類の事よ」


 「……あっ……そういう……わかりましたわ。」


 「定期的に遊びに来なさい。」


 「ありがとうございましたわ。このご恩は忘れませんわ。」


 ペトルーシュカはゆるゆると首を横に振った。

 そしてアストラッドの手を引いて医務室へと戻った。


 「なんじゃ?」


 「……リリス族特有の体質のことよ。ロリちゃんには関係のないことですわ。」


 「わかったのじゃ。」


 「それじゃ、失礼いたしますわ。」


 「待つのじゃ。ユズ、送って行ってやるのじゃ。」


 「うん。」


 ユズのとなりを歩くミルシェはスッキリしたような、何か失望したような複雑な表情で帰っていった。



 結局のところ、アストラッドは14式拳銃と三十年式銃剣を腰に下げることにした。

 ユズもこのあいだの人さらいの件もあり、腰に14式拳銃をぶら下げることにした。




 次の日は先触れが出され、午前の二つの鐘、昼前にロートバルト男爵の領主館を伺うことになった。

 チハたんのキューポラがロリの定位置で、ユズはその横に立ち、アストラッドは運転席から顔を出していた。


 門前の衛士たちに声をかけ、敷地内の馬車寄せにチハたんを停めた。


 三人が降りるとチハたんは自分で馬車置き場の方まで移動した。


 「ふぁぁ……メイドさんが勢ぞろいっすね。」


 アストラッドの言葉が聞こえたのか、彼女らは三人の手前から波のようにロングスカートの裾をつまみ、カテーシーを一糸乱れず行った。


 男爵家の壮観に圧倒されたユズとアストラッドを従えたロリは左右に並び、こうべを垂らしたメイドたちに目を向けることなくヅカヅカと歩みを進めた


 邸内のロビーに入ると、玄関口で出迎えた数十人のメイドたちよりも華やかなドレスエプロンを身につけた美しいハーフエルフのパーラーメイドが、ロリたちのショートマントを受け取った。


 「お待ちしておりました。」

 「うむ。」


 音もなく正面に現れて出迎えた執事長に頷いたロリは彼の先導で謁見室に赴いた。

 室内には騎士服を模したドレスを身にまとったエミリアが大きな椅子に腰掛けていた。


 「あっ……」


 立ち上がろうとしたエミリアに渋面を見せた執事長とロリの「そのままで」という手振りで彼女は座り直した。


 「久しぶりじゃったかの? エミリア卿。壮健で何よりじゃ。」


 「はい。此度は……ご、ご苦労様でした。」


 「うむ。」


 おどおどとした態度と裏腹な言葉遣いにアストラッドは首をひねったが、ユズが「後で。」と耳打ちをして収めた。


 「で、なにやら妾たちに用があるとのことじゃが、ここに来る前にユズの冒険者としての立ち位置を聞き、妾たちのパーティーができることは限られておるらしいのじゃ。

 エミリア卿の期待に添えるか、わからんのじゃ。」


 「ええ、その件に関してはギルドマスターとも話し合いましたのでわたくしも認識しています。」 


 「なら重畳じゃ。で、何用じゃ?」


 「実は、わたくしの後見人をされている引退された貴族の方が今回の大事が無事に終わったことで労いにいらっしゃいましたので、ぜひロリちゃんにもお会いしていただきたいと思いました。」


 エミリアの言葉にロリはあからさまに嫌な顔を彼女に見せた。

 

 「あ、あの、で……ロ、ロリちゃんさにはめいわぐかげねさ。お人のよい、じっちゃまじゃで、あたしんの顔を立てると思おて、な、な、な…」


 「はぁ〜 エミリアよ、言葉遣いが戻っておるのじゃ。みなし冒険者の小娘の嫌な顔一つでそのように動揺するでない。」


 「へばてさ、やっばし姫さに失礼はあってはいげねと思うべさ。やっぱ。」


 「姫さま? 」


 「なんじゃ、アストラッドは忘れたのか?」


 「聞いてないっすね。」


 「……そうじゃったか? 妾はカロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツことロリちゃんじゃ。ローゼンシュバルツ王国が誇る王家の四輪の黒薔薇の一じゃ。……今となってはもう無縁な名じゃがな。」


 大きな銀色の瞳をこぼさんばかりに見開いたアストラッドに気がついたエミリアが目を向けた。 


 「エルフの方々とはまた違うご様子ですが、紹介していただけますか?」


 「おう、これはすまんかったのじゃ。こやつは以前に妾と「夏至の暁」が助けたキャラバンの元奴隷じゃ。どうやら南方のタチが悪い奴隷商の狩にあってさらわれた帝国自治領のドワーフ娘じゃ。」


 「あっ、は、はじめまして。私は帝国東北部の自治領から来たホワイト・ドワーフのアストラッド・アンティグワです。」


 「はじめまして。わたしはこのロートバルト領を収める女男爵(バロネス)・エミリア・ドゥ・ロートバルトです。良しなに。」


 「は、はい。」


 ぎこちなくお辞儀をしたアストラッドはスススとユズの背後に隠れた。


 「ではこちらへ。」

 

 「気配を消してそばによるな。」


 執事長の動きにホルスターに手を伸ばしたロリは寸前でマウマウのグリップを握ろうとした手を止めることができた。


 ため息をついて、ユズ達に待つように伝えてロリはエミリアの後をついて奥の彼女の執務室へと連れられた。


 

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