第39話

転生者って、本当にそんなにマジで日本食が恋しいの?きっと風土が違うからあんましだと妾は思うのじゃ


 その後、アストラッドの体にあった軍服を探し出した三人は明日、ミルシェの店にゆくことにして夕食を食べに食堂に赴いた。


 「これは……」


 「ひどいのじゃ。」


 「……くちゃい。」


 食堂内に漂う酒精と饐えた何かの臭いに鼻をつまんだロリたちは酒に飲まれた大人たちを避けて、注文するカウンターに向かったが、調理方のおばちゃんたちは申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。


 「この街を守った功労者に対するこの仕打ちは何事じゃー!!」


 「なにごとだー!!」


 「妾たちはここにやけ食いを実行するのじゃー!! 」


 「おーっ!!」


 意気軒昂な二人に対してアストラッドは小さな竃の前に陣取り、土鍋から目を離そうとしなかった。

 土鍋を火から離して数分後、ロリは蓋を開けた。

 馥郁たる香りとともに真っ白で粒だったご飯が湯気とともに現れた。


 「夢にまで見たっす。っていうか夢で見たっす。」


 「じゃろうのう。だがアストラッドよ、これは短粒種でも粘り気の乏しい米じゃ。あまり期待するでないぞ。」


 「ぜいたくは敵っす!!」


 「そうじゃ。ではこれの友になるおかずもないことじゃし、塩むすびにするかの。」


 「いいっすね!!」


 「ロリちゃん、あのプラムの酢漬けはどうでしたか?」


 「惜しかったのう。妾は甘酸っぱいおかずは苦手なのじゃ。もう少し砂糖を入れるとサワーにもってこいじゃ。……アストラッドはどうじゃ?」


 「わたしは嫌いじゃないですけど、お茶受けの方が嬉しいですね。あと梅サワーですか?いいっすね。」


 「なるほどのう。ではやはり塩むすびじゃのう。」


 ロリは手早く準備を整え、土鍋で炊いたご飯を小さな俵形にむすびはじめた。

 あっという間に皿にいっぱいの塩むすびが出来上がり、ユズは自分用にプラムの酢漬けを出した。


 「万物の主人と精霊、そして作ってくれた人に感謝して、いただきます。」


 「お、おお、いただきますなのじゃ。」


 「わーい。」


 三人とも両手におむすびを持ち、一心不乱に食べはじめた。

 

 「噛めば噛むほど味がいいっす。」


 「案外塩だけでもいけるもんだねぇ。」


 「卵焼きか鳥の揚げ物でもあれば最強じゃのう。まあ、ぜいたくは言うまい。」


 「夢の中ではよく食べてたっすけど、こんな味だったんっすね。魂が震えているっす。」


 「どう言うこと?」


 「それぞれ事情というものがあるのじゃ。ユズのように生死も数字で割り切る合理性を皆が持ち合わせておるわけではないのじゃ。」


 「おい、このパーティーのリーダーはわたしだぞ。」


 「食べ物の前では人間皆平等っす。」


 「何気に名言じゃのう。」


 「わたしは手足長族とちゃうわい、魔人族だぞ。」


 「定命種が何を言う。一緒じゃ一緒。」



 あっという間に土鍋にいっぱい炊いたご飯で作ったおむすびも三人の少女の腹に収まった。

 立候補したアストラッドが鍋を洗っている間にロリは泥棒横丁で手に入れた花茶を三人分入れた。

 その間ユズは小さな手帳に何事かを書き記していた。


 「明日からどうしようかな。」


 「しばらくはロートバルト領内の復興じゃろうな。」


 「そうだろうね。わたしは使い切ったマコの実を補充したいな。」


 「うむ。アストラッドも加入したことじゃし、はじめは採集で馴らしてゆくのが堅実かのう。」 

 

 三人の少女が納得したところで、彼女らはテントの中で寝転がった。




 次の日。


 「ユズ、ロリちゃん、そしてそこの娘っ子。おらについてくるじゃ。」


 ジェラルドとアニカが午後まで出てこないとのことで、コッペリアにアストラッドの加入と採集を伝えたところ、三人は美人エルフ若妻の冷たい生目線にさらされて、別室に通された。


 「何が堅実なんじゃ? そこの娘っ子さ、ついこの間までテラーノ先生の壺漬けになっとったじゃろが。まずは体力さ戻さねば、お話になんねぇじゃ。」


 「だから、チハたんに乗って薬草採集からと思って……」


 乾いた笑いでユズが答えたが刺すように冷たい青い目に首をすくめてしまった。


 「ユズもロリちゃんとこの娘っ子さ、したげえて行けるんか?、嬢ちゃんさ、いま幾つになんじゃ?」


 「わ、わたし? わたしは14歳になりました。」


 「ほー、割にちっさいな。」


 「えっと、ホワイト・ドワーフですから。」


 「どわーふぅ? しかもホワイト? なしてこげなところさ、おるんじゃ? おめたちさは雪の降る集落の出じゃろが?」


 「えっと、人さらいに売られて、奴隷にされて……」


 「か〜っ、あの事件の生き残りっておめさのことじゃったんか!? じゃじゃじゃ!! 」


 「じゃじゃじゃ?」


 「ロリちゃんさといい、おめさと言い、人さらいのいい餌じゃ!」


 「いや、コッペリアのいうことはわかるのじゃがのう。妾たちも生きてゆかねばらんのじゃ。」 


 「だーめじゃ!! 食うモンに困っとるんじゃったら、おめたちさひっくりめて、うちさ引き取っても構わんじゃ!! 」


 「コッペリアにそこまでされるようなことはしとらんのじゃ。一体どうしたんじゃ? いつもは冷静なお主らしからぬ言葉じゃぞ。」


 コッペリアの青い目の中に炎が見えるようじゃ。

 ロリは憮然とした表情の裏で普段は氷のような受付嬢の豹変に驚き、原因を考えていた。


 ドアのノックとともに目の下にクマを作りながらも肌の艶がいいアニカが顔をのぞかせた。


 「やっぱりコッペリアでしたんですね。大声が外まで漏れてましたよ。」


 「んだべか。メーワクさかけたなっす。」


 「どうしたんですか?」


 「このホワイト・ドワーフの娘っ子さがロリちゃんさのパーティーに加入して、採集に出るっちゅうんで、説教してたとこじゃ。」

 

 コッペリアのこわばった表情に何かを察したアニカは彼女の肩を叩き、立たせた。


 「事情はわかりました。でん…ロリちゃん、ユズちゃん。」


 「なんじゃ?」


 「ギルマスが一緒に昼食を食べたいと言ってます。その時に私も含めて少しお話ししましょう。コッペリアもそれでいいですね。」


 「わがった。」


 急に悄然とした表情のコッペリアが退室した。


 「聞きたいことはあると思いますが、昼食の時にしましょう。あとアストラッドさんはペトルーシュカが呼んでいましたので、医務室に行ってください。」


 「はい。」


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