第40話

トラウマ地雷を踏み抜く勇気


 昼食会はジェラルドの私室で行われた。

 私室に行くには執務室のギルドマスターの机の後ろの扉が階段の入り口になっている。

 他に階段はなく、そこからしか上がれないようになっていた。

 部屋は広く、真っ赤な壁紙に紫の調度品と悪趣味一歩手前の品の良さにユズとアストラッドは頭をくらくらさせていた。

 ロリは辺りを見回し鼻を鳴らした。


 「ジェラルドの趣味ではあるまい。」


 「よくわかったな。先代のギルドマスターは帝国出身の長命種だったんだ。そっちの趣味だよ。アニーはお気に入りだけどな。」


 「うちの母も実家をこのような帝国ゴシック風にしていました。」


 「なるほどのう。それよりも昼食は期待できるのじゃろうな。昨日は食堂に行ってもなにもかもが食べ尽くされて、なくなっておったのじゃぞ。」


 「アニーの手製ですよ。期待してくださいね。」


 「なに敷居を高くしてくれているんですか!? ローゼンシュバルツ風の田舎の家庭料理ですからね。」 


 アニカは赤面しながらテーブルに皿を並べはじめた。

 大きな深い皿には茹でた芋にチーズと生クリーム入れて潰したローゼンシュバルツの国民にとっての主食が盛られ、キャベツの漬物に薄く切った牛肉の揚げ物と家庭料理が並んだ。

 

 「どうぞ。」


 ジェラルドは全員に赤ワインにはちみつと香辛料を入れて煮切って、冷やしたものを配り、乾杯した。

 五人は黙々と食べはじめた。

 腹がくちくなったところで、ロリが口を開いた。


 「さて、コッペリアについて聞かせてもらいたいのじゃが。」


 「何か、迷惑をかけてしまったようだな。」


 「過保護というにはあまりに異様じゃったのでな。」


 「……ありふれた話さ。コッペリアは見ての通り、美しいだろ。同じエルフでも格段に美形だと評判だ。」


 「ええ、そのせいかとても冷たく見えますけど。」


 「ユズちゃん、言ってやるな。本人はあれで気にしてる。」


 「もしかして、あの方もわたしと同じようにさらわれたとか?」


 「あいつなら全員を黒焦げにしてるさ。妹だ。ちょうど、君と同じくらいの見かけの時にだ。」 


 アストラッドに目を向けたジェラルドにロリは頷いた。


 「……なるほどのう。」


 「必死になって探したが、時すでに遅かった。コッペリアの父親が北の山脈の麓まで連れて行き、森に帰したそうだ。」


 ジェラルドはグリューワインを冷やしたものを呷った。


 「この町の見なし制度は先代のギルドマスターと俺の思いつきだったんだが、それに食いついて制度としてものになるまで練り上げたのはコッペリアだ。

 これの本来の目的は子供たちが働けるようにするためじゃない。貧しい子供たちがえげつないやつらの欲望の餌食にされないように大人たちが子供たちへ目を向けさせることなんだ。」

 

 あいつはそんなやつなのさとジェラルドのつぶやきが寂しげだった。


 「コッペリアの子供は大変そうじゃのう。」


 「言ってあと二百年は時間がかかるからな。その間にあいつも考えが変わるだろうってのが、ダンナになった男の言い分だ。」


 「エルフは気長じゃのう。じゃが、妾たちとしてもこのままでは困るのじゃ。アストラッドはおいそれと帰るわけにもゆかぬし、妾は迷子じゃ。ユズはどうにでもなるじゃろうが、妾たちは立ち行かぬぞ。」


 「ちょっと、びっくりしたよ!? わたしだけ扱いが雑じゃない!?」


 「アストラッドのパーティー加入は認める。ただテラーノからも意見をもらったが、アストラッドが働くにはもう少し体力の回復を見たほうがいいとさ。いきなり採集に出るのではなくって、ほら制服を揃えたり、役割分担なんかを考えてみるほうがいい。」


 「しかし、ジェラルドよ。先立つものがあれば余裕もあるじゃろがのう。」


 「ロリちゃんがシラーフシュツット商会から稼いでいるんだろ。今回の件の報酬もあるし、しばらくは余裕だろ。」


 「ムムム……」


 「あと、エミリア卿からもお誘いの話がある。俺としてはそっちを優先してほしい。」


 「エミリアとは友人じゃが仕事で呼ぶものではないのじゃぞ。」


 「向こうとしては依頼として出したいらしい。いいじゃねえか。」

 

 ぐぬぬ顔のロリは二の句が継げなかった。


 「お友達代かな? わたしも…… 」


 「ユズは喋らんでいいのじゃ!! 妾に精神的ダメージを与えるな!! 」

 

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