第38話

一時期、ギルドの先生は少女コレクションしてると評判がありました


 カロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツことロリちゃんは銀髪ロリの手を引き、自分のテントまで連行した。

 抵抗する様子を見せない彼女はときおり足がもつれるようで何度も転びそうになった。

 ロリは柳のように細い腰を支えるように手の位置を変えるとゆっくりとした歩みにした。


 「で? そちは何者じゃ? 」


 「……ホワイト・ドワーフのアストラッド・アンティグアです。」


 伏せたまぶたの長い銀の睫毛がやはり銀色の瞳を隠していた。


 「ふむ……妾たちに助けられた娘の意識が戻ったと聞いたが、そちじゃな? 」


 「えっ? わたしを助けてくれたのはあなたなんですか?」


 「うむ、妾ことロリちゃんと共に行動していた冒険者たちじゃ。感謝するがよい。」


 「はい? ええぇ……ありがとうございました。とんだ命拾いをしました。」


 「うむ。五体満足そうじゃが、まだ歩きが心もとないのう。」


 「ええ。一度は目を覚ましましたが倒れてしまい、テラーノ先生の壺に漬けられていました。」


 「美少女の壷漬けじゃの。あの医者はユズといい、いたいけな少女を漬けるのが趣味じゃのう。で、ホワイト・ドワーフとは何者じゃ?」


 「帝国の北西部にある自治領に住むドワーフの氏族です。」


 「なんと、遠路はるばるこのようなところまで奴隷になりに来たのか? ご苦労なことじゃのう。」


 「そんなわけあるはずないじゃないっすか。」


 「おっ?」


 二人はテントの前の椅子に腰を下ろした。

 アストラッドは浅黒い肌をした悪人たちに拐かされ、奴隷商人に売り飛ばされたことを説明した。

 途中、喉が渇いた彼女はロリから湯冷ましを何度もお代わりしながら話し終えた。


 「であるか。郷(さと)に戻りたいじゃろうのう。」


 「はい。ですが、帝国とは交流がないとかで、難しいとテラーノ先生に言われました。」


 「ふむ。距離よりも外交が問題なんじゃのう。」


 しみじみと頷いたロリにアストラッドも頷き返した。


 「で、なぜそちはチハたんのことを知っておるのじゃ? 」


 「うぅ……もう忘れたかと思ったのに……」


 「そんなわけがなかろう。はよう言うのじゃ。」


 「ロリさんはあの戦車とはどういう関わりがあるのですか?」


 「妾は所有者じゃ。」


 「日本って言葉に聞き覚えは?」


 「うむ。」


 「転生とか転移とかは?」


 「不本意ながら理解しておるな。じゃが、妾はそのようなものたちとは異なるのじゃぞ。」


 「そ、そうですか。」


 「そちはいわゆる転生者でチートなんじゃな?」


 「転生というか、なんというか、よく夢を見るんです。」


 「夢とな。」


 「はい。夢の中で自分は『りきし』と呼ばれる巨大な体格の男として裸に帯を股に締め込んで戦う戦士でした。」


 「あれは、まあ、確かにそう言われるとそうなのじゃが、ちと違うというか……」


 「そして自分は今の自分よりももう少し大きなメイドさんを助けるために『とらっく』相手にうっちゃりをかまして死んだようなんです。」


 「さすが『りきし』じゃのう。ではそちは見た目は美少女じゃが、中身は『すもうとり』なのじゃな?」


 「いえ、中身も女です。捕まって売り飛ばされた頃から、この妙に現実味のある夢を見るようになって、異世界の様々なものが頭に浮かぶようになりました。」


 「……事のはじまりは違えども、妾と似たようなものじゃのう。アストラッドとしての記憶はあるのじゃな。」


 「はい。」


 「その分、妾よりはマシかのう。」


 寂しげなロリの表情にアストラッドは眉を寄せた。


 「妾はな、記憶がないんじゃ。そちと同じ国の『ひきにーとぺどやろう』の魂が妾の身体目当てに乗っ取りをかけて、退治してやったのじゃが、其奴の無駄な知識と引き換えに妾のそれまでの記憶を持ってかれてしまったのじゃ。今では親の顔すら思い出すことができん。」


 「まぁ……」


 「今頃は冥府の鬼の小娘たちにチクチクといびられておるじゃろうて。」


 「それはそれで、ご褒美じゃあ?」


 ロリはアストラッドの言葉を聞かず、ニヒルな笑みを浮かべてチハたんを見上げた。


 「まあ、チハたん、ハゴたんという我が配下も手に入れることができたしのう。アストラッド、そちも妾のパーティーに入るがよいぞ。」


 「えっ? 」


 「西方の辺境から北方の山脈の麓まで帰ることもあたわず、そのような変な夢見がちの手弱女(たおやめ)なんぞが生活できるほどこの世は甘くはないのじゃぞ。」


 「それはわかっています。」


 「それとも何か? 鍛治でもできるか? 」


 「時折聞かれますが、ホワイト・ドワーフの女衆(おなごしゅう)は槌を持つことはありません。」 


 「では、戦うことはできるか? 」


 「わかりませんが……」


 アストラッドはキョロキョロと辺りを見回した。

 ロリは彼女の返事も聞かずに腕組みをして、納得したように何度も頷いた。

 

 「であるか。ならば、妾のところに身を寄せるのが必定という……」


 「これっくらいなら大丈夫かな?」


 「ふあっ? 」


 トコトコとアストラッドはハゴたんこと九五式軽戦車まで歩み寄った。

 彼女はハゴたんの転輪に手をかけたかと思うとヒョイと車体を持ち上げた。


 「ヒィィィィィィッ!? 」


 「ハゴ!! 」


 情けないハゴたんの悲鳴と驚いたチハたんが仲間を呼ぶ声が響いた。


 「なんという馬鹿力じゃあ。」


 「ドワーフならこれくらいは当たり前です。」


 「せ、世間は広いのじゃあ……」



 ゆっくりとハゴたんを下ろしたアストラッドは両手の埃をはたき落として、またテントに戻った。

 

 「なんか、変な悲鳴が聞こえたんだけど?」


 「おう、ユズ。戻ってきたのじゃな。いま……」


 ロリはアストラッドに振り向いた。

 彼女に気がついたユズは何かを思い出そうと空を見上げて、そして両手を打ち合わせた。


 「ああ! あの時の奴隷。」


 「そ、そうなのじゃが、もう少し歯に衣を着せい。」


 「その節はありがとうございました。もう奴隷ではなくなりましたので、気にはしません。」

 「よかったね。それでうちに入ることになったの?」


 「話が早いのう。そうじゃが、いまアストラッドがハゴたんを持ち上げておったのじゃ。ドワーフなら当たり前じゃと申してのう。」


 「そんなわけないじゃない。体格の割に力持ちが多いけど、ハゴたんって巨象ほどじゃないけど、あの化け物狼を引き潰せるほどの重さじゃない。」


 呆れたように肩をすくめたユズは椅子に腰を下ろして、焚き火にかけていたヤカンから自分のカップに白湯を注いだ。

 今まで話をしていた二人も腰を下ろした。

 ロリはそのまま、コーヒー豆を炒る準備をはじめた。


 「ほらみるのじゃ。」


 「おかしいっすね。ホワイト・ドワーフの女衆(おなごしゅう)ならこれくらいは普通なんですけど。」


 「ホワイト・ドワーフ?」


 「っすねってなんじゃ?」


 ロリの疑問は虚空へと消え、ユズとアストラッドが会話を続けた。


 「知ってるんですか?」


 「ううん? 初めて聞く。確かに白っぽいよね。西のドワーフの人たちって茶褐色の髪と髭でもう少し肌も赤い感じだったし。それに女の人も髭が生えてたよ。」


 「ジーベン・ドワーフ氏族の人たちですね。帝国自治領の人たちもほとんどがそうです。ホワイト・ドワーフは北の山脈の向こうから来た氏族と言われています。」


 「それはエルフの『原初の光の民(ウップルーニ=アールヴ)』の由来だよね。そもそも人が超えられるような山じゃないと聞いた覚えがあるんだけど。」


 「エルフの人たちだけが知ってる古街道があるようです。そのルートに帝国自治領もかかっているので、そこから来たと思いますが、今となっては誰もわかりません。」


 「面白いなぁ。」


 黙々と一人でコーヒー豆を炒っていたロリは火から豆を外して、ミルで挽き、一人分だけ注いだ。

 口をつぐんだユズとアストラッドはロリを見詰めたが、素知らぬ顔で彼女はカップに口をつけた。


 「なんじゃ? 欲しいなら言えばよかったろうに。もう遅いのじゃ。」

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