第37話
異世界にとって元の世界はやっぱり異世界
「小結! 優勝おめでとうございました!! また、お店に来てくださいね!! 」
「うっす。ありがとうございます。」
自分のお腹くらいに頭の高さがある小柄なメイドさんの手からポケットティッシュを受け取った。
馴染みのメイド喫茶の推しメイドさんからの激励に心が温まったが、直後に背後から聞こえてきた悲鳴に腹の底が冷たくなった。
慌てて振り向くと、力士のような体格だが自分たちのような筋肉ではなく、ぶよぶよとした脂肪の塊の男が先ほどの小柄なメイドさんの喉を締め上げていた。
男は俺だってデブだろ、デブ専のくせに選り好みするのかよ、と叫んでいた。
自分は雪駄を脱ぎ捨てて足袋で駆け寄ったが、男は小柄で軽いメイドさんを持ち上げて、彼女を車道に投げ捨てた。
張り手一閃、男はきりもみで宙に浮いた。
デブシャ!!
湿った音とともに男は地上に落下した。
自分はそれに構わず、彼女を助けるべく車道に駆け出した。
「だ、大丈夫か?」
「あ、あし……」
見るとミニスカートから伸びた白ストッキングに包まれた右足首が血でにじみ、つま先が奇妙な向きに曲がっていた。
「関取!? 」
歩道にいた男性の叫び声に振り向き、彼の伸ばした指先に注意を向けた。
そこには勢いのついた軽トラックがいた。
何をしているのか、運転手は下を向いて自分たちを見ていない。
絶望の眼差しのメイドさんを運んで逃げられるほど機敏な動きができない。
自分は立ち上がり、股を割って腰を落とした。
「無茶だ!! 関取!! 」
鉄の塊が胸に飛び込んだ。
肋骨がことごとく折れる音とともに胸が潰れ、口から血を吹き出した。
そのままトラックの勢いをうっちゃった。
トラックとともに自分は転がった。
「〇〇さん!! 」
意識が再起動した時、涙でぐちゃぐちゃになったメイドさんの顔が視界いっぱいに広がっていた。
「……」
肺が潰れ、声が出ない。
かろうじて動かせる右手の親指を包むように握られたメイドさんの小さな両手が暖かかった。
次に目が開くとそこは粘度の高い生温い液体が浸された壺の中だった。
見慣れた夢から覚めた自分が泣いていたのかどうかはわからない。
あのメイドさんよりも小さく細い白い指に銀色の髪が絡まっていた。
ゆっくりと解いて、壺をノックした。
蓋が開き、桃色の髪をきっちりとまとめた色気のある白衣の女性が覗き込んでいた。
治療用の壺から引き上げられた自分は医療班のペトルーシュカの付き添いで冒険者ギルドの公衆浴場で栄養剤を洗い流した。
タオルで髪の水気を拭う。
白い病衣のまま、外に出てみた。
乾燥した平原地方の風は自分の長い髪をすぐに乾かせてくれた。
辺境都市の危機だったと聞いていたが、もうそれは過ぎ去ったらしい。
塀の向こうで歓声が遠くに聞こえた。
足の赴くまま、ギルド内を歩いていると白樺の並木が見えた。
今生の自分の故郷の白樺と比べると随分と貧弱な太さだったが、懐かしさに足を進めた。
そして、そこにあり得ないものを見つけてしまった。
「なんで、……なんでこんなものが。……日本の戦車があるの? 」
「ほう、お主はこれを知っとるのか? 」
背中からかけられた声に身を竦ませて振り向いた。
そこには夢の中の祖国の古い軍服に身を包んだ金髪の美少女がしかめ面で立っていた。
「あっ……コスプレ? 」
「ちゃうのじゃ。」
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