第36話

冒険者は冒険をして報酬を受け取るお仕事です。



 小鬼(ゴブリン)の皇帝(エンペラー)を倒したあと、その証拠をどうやって持って帰るかで、すこし揉めた。


 大きさもあり、チハたんや九五式軽戦車の後ろには乗らず、ロリがゆずのアイテムボックスに入れることを提案するとユズは頑強に拒否をした。


 結果、ユズの風魔法で血抜きを行なっている間に『夏至の暁』たちのうち、馬に乗ってきたジョルジュ、シェムが戻ることになったが、ジョルジュは負傷のためにジゼルが彼の馬に一緒に乗ることになった。


 その間、マムルク隊はロリたちの警護にあたった。


 「グロリアさんは一緒に戻らないの?」


 「私は一人では馬には乗れませんので。あと、先ほど使った対魔法障壁で私の今日の分の魔力は終わってしまいましたから、チハたんの中にいる方が安全です。」


 そしてグロリアはユズに実は運転席の椅子からも立ち上がれないほどしんどいのだと打ち明けた。


 「固定しますか?」


 「やめて、それだけはやめてください。あのあと、しばらく縄の跡が残って人前でローブを脱ぐことができなかったんですよ。」


 「ああ、ロリちゃんは全力でくくりつけるからね。」

 

 「おお、同志よ。ユズちゃんもか。」


 「私はチハたんの砲塔でしたね。」


 「なんじゃ?」


 「なんでもありませんよ。」



 しばらくして、フィムに連れられてアニカとコッペリア、それとロリも顔だけは知っている冒険者が数名、荷車を引いた馬を連れてきた。彼らはロリたちに挨拶をして、すぐに小鬼(ゴブリン)の皇帝(エンペラー)の死骸と双頭の一角狼(ブルータル・ウルフ)の頭部を乗せた。


 「まずはおめでとうございます。」


 「いや。ここにおるものたちの成果じゃ。妾はチハたんとともに動いただけじゃ。」


 「ええ、そのおかげでジェイミーがエミリア閣下の元から動くことができず、私が代わりに指揮をとることになってしまったんですよ。」


 「ほう、なかなかうまいのう。軍にでもおったのか?」


 「……ロリちゃんや、おめぇさんがおれの娘っ子だったら、ここで問答無用に尻さひっぱたたいて、お説教さしとるところだ。」


 剣呑に光るコッペリアの瞳にロリはキューポラの上で身を震わせて、顔を青ざめさせた。


 「……それは、勘弁して欲しいのじゃ。思い出せんのじゃが、何やら体が震えてくるのじゃ。」


 「それはでん……ロリちゃんが昔からやらかしてきたからじゃないですか?」


 「じゃろか? ともかく、アニカ、すまんかったのじゃ。心配をかけたのじゃ。」


 「ふぅ……私だけじゃなくって、ジェイミーやエミリア閣下にも謝ってくださいね。あと、ゆずちゃんもですよ。」


 「わたしはギルマスに言われたから、ついてきただけだよ。でも、無事に済んでよかったねー。」


 準備ができたとのことで、戻ることになった。


 アニカはチハたんの横で馬にまたがっていたが、後ろの九五式軽戦車がきになる様子だった。


 「ああ、九五式軽戦車というものじゃ。気にすることはないのじゃ。」


 「いつのまに増えたんですか?」


 「チハたんが言うには、他の戦車とともに目覚めかけていたそうじゃったが、いち早く起きたので、この危機に呼んでいたそうじゃ。」


 「まだあるんですか!?」

 

 「そうさのう、二〇〇両くらいと聞いておるのじゃ。」


 「に、にひゃ……。」


 アニカは白目をむいて倒れそうになった。


 「国の軍隊より強いんじゃないの?」


 「じゃろうな。」


 「このまま、攻めちゃう?」


 「いまのままののんびりとした暮らしがよいのう。」


 ロリは大きく伸びをした。










 ロートバルト市防衛線のためにはられた阻塞(バリケード)はさっそく片付けがはじまっていた。

 市庁舎から出張ってきたエミリアとジェラルドは冒険者が引いてきた小鬼(ゴブリン)の皇帝(エンペラー)や双頭の一角狼(ブルータル・ウルフ)に驚いていた。


 目を背けながら、エミリアはロリの前に出てきた。


 「ご無事で何よりでございます。」


 「うむ。仕留めたぞ。エミリアも大儀であった。」


 「……はい。ありがとうございます。」


 「心配しましたよ、殿下。」


 「うむ。ジェラルドも妾の代わりにエミリアの側付きをしていたとのこと、大儀であった。」


 「いえいえ。それで、これが小鬼(ゴブリン)の皇帝(エンペラー)と一角狼(ブルータル・ウルフ)ですか。すごいですね。上半分がないですが……」 


 「おお、見せたかったがのう。顔が二つ、目が三つ、腕が四本あったのじゃぞ。チハたんとこっちのハゴたんが何本も主砲を撃ち続けて、やっと倒すことができたのじゃ。」


 「ハゴたん? 気になっていたんだが、後ろのもう一つのチハたんのことか?」


 「おお、これはチハたんではなく、九五式軽戦車と呼ばれるチハたんよりも小ぶりの戦車じゃ。ハゴたんと呼ぶがよいのじゃ。」


 「どこから来たんだか。……ん? ……アニー、それは本当か?」


 疑念にまみれた表情を婚約者に向けたジェラルドは引き締まった表情のアニカが首を縦に振る様子を見て、うんざりした顔をロリに向けた。


 「それに関しては、あぁ……女男爵(バロネス)と一緒に後で話をしよう。」


 「別に話をする必要などないような気がするのじゃ。」


 「ロリちゃんなぁ……。後で、絶対に、男爵の館に一緒に行ってもらうからな。それから勝利のパレードをすると思うが、ロリちゃんたちは出なくていいからな。」


 「……まあ出ようとも思わんのじゃが、一応なぜじゃと聞いておくのじゃ。」


 「まずロリちゃんを目立たせたくねぇ。どこで顔を知っている奴がいるかわからんからな。それからチハたんも同じだ。今のロートバルトに過剰な戦力があると思われると大変なことになりかねない。」


 「わからんでもないのう。そういえばジェラルドよ、国の状況はまったく聞いておらんかったのう。」 


 「ロリちゃんが前の仕事を辞めたから、聞きたくないって言っていただろ。」 


 「そうじゃったのう。まあ、よいのじゃ。あとは何か話すことはないのか?」 


 「ああ、ロリちゃんとアニーたちが助けた奴隷の女の子、覚えているか?」 


 「ふむ……そういえばそんなことがあったのう。」


 「その子が目を覚ましたぞ。今はギルドの医療施設で休んでいるぞ。ロリちゃんにもお礼を言いたいと話していたそうだ。戻ったらテラーノでもペトルーシュカでもいいから声をかけてやってくれ。」


 「であるか。その娘のこの後を考えるとどうしたものかと他人事ながら、心配じゃぞ。」


 「ロリちゃんのパーティーでも入れてやればいいだろう。名前は……なんてったっけ?」


 「……そう、じゃのう…… ユズ。」


 「決まってないよ。」


 「はぁ?」


 「決まらないままに子どもたちと喧嘩になっちゃったでしょ。その時にうやむやに受理されちゃったから、決まってないよ。」


 「おい。」


 「ユズちゃんもわかってたら、ちゃんと指摘してくれよ。」


 「あっ、そうなんだ。ごめんね。」


 ジェラルドは深いため息をついた。それからユズから小鬼(ゴブリン)や一角狼(ブルータル・ウルフ)の血抜きが終わってあることを聞き、パレードのために剥製にするようにギルド職員へと伝達した。


 「ジェラルドよ。妾たちはくたびれたのじゃ。」


 「ああ……。もう戻ってくれていいぞ。ユズちゃんもお疲れさんだったな。」


 ロリは頷いて、チハたんを進めようとしたところ、グロリアが自分のパーティーに戻ると声をかけてきた。ユズがグロリアの小柄な体を運転席のハッチから引き抜いた。


 ぐったりとした彼女を引き取りに来たジゼルはよいしょと持ち上げて、肩に担いだ。


 「ひどいじゃないですか!? 犬猫じゃないんですよ!!」


 「あんた、動くことができないじゃない。この方が運びやすいのよ。ロリちゃんもユズちゃんもありがとうね。」


 「気にすることはないのじゃ。」


 ジゼルの肩の上で文句を垂れ流すグロリアに構うことなく、三人は別れた。 


 ハゴたんを伴い、チハたんは開放感で路上に飛び出してお祭り騒ぎになっているロートバルトの民たちを横目に冒険者ギルドの館に戻った。


 いつもの馬小屋の奥、馬車を停車するガレージの隣にチハたんとハゴたんを停車させた二人はいつものところにテントが変わらず張られていることに安心して、着替えを手に公衆浴場へと向かった。


 一日だけとはいえ、土埃と返り血で汚れた二人は何度も体を洗ってから、大きな浴槽へと身を沈めた。


 知らずに大きなため息が漏れ、こわばった身体と緊張で硬くなった心がほぐれてゆくのがわかった。


 「気持ちがよいのう。」


 「一仕事後のお風呂はいいねぇ。」


 「名前、どうするのじゃ?」


 「どうしようかねぇ? ロリちゃんはいい案がないの?」


 「……バヤデルカ。」


 「舞姫(ラ・バヤディール)? ちょっと、それは、恥ずかしいかなぁ。」 


 「では、コザーク。」


 「それは冒険者って言葉を帝国風に言い換えただけでしょ!? もうちょっと捻ろうよ!!」


 「文句があるのなら、自分で考えるのじゃな。」






 浴場で二人がじゃれあっている頃、一人の少女が病衣のまま、ギルドの裏庭に降りてきた。


 真っ白なベビーモスリンの貫頭衣のような病衣に身を包んだ彼女は、ユズよりも淡いまるで白髪のような銀髪に雪のように淡い白い肌をしていた。髪と同色のまつげに覆われたその瞳は墨取をしたように黒い縁にエメラルドグリーンの海のように深い透明な色をしていた。


 足にあわない大きなサンダルを履いて出てきた少女は、チハたんとハゴたんの前で立ち止まった。


 「なんで、……なんでこんなものが。……日本の戦車があるの? 」

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