第35話

ラスト・バトルです。




 リーダーのジョルジュが戦傷で後退し、彼の治療に入ったジゼルとフィムは九五式軽戦車の主砲の音で振り向いた。


 「チハたんが増えている!?」


 「よく見ると片方はちっちゃいな。」


 フィムが見破った九五式軽戦車が起こした挙動に、敵のことながら目をそらせたジゼルは立ち上がり、肩にかけていた三八式歩兵銃を掴んだ。


 「じゃあ、ちょっといってくるからフィムはジョルジュを見ていてね。」


 「ああ、気をつけてな。」


 「チハたん達もくるし、ささっと片付けてくるよ。」


 にぱっと笑ってジゼルは腰を屈めて走った。


 小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)と対峙しているマムルク達とユズは疲労を知らない敵の膂力に攻めあぐねていた。


 マムルク達もサラディンを中心に波状で攻撃を加えたり、左右で注意を反らせようとするも、四本の腕や別々に動く三つの眼は彼らの攻撃を受けきり、反攻をくわていた。


 「くっ!! 隙がないっ!!」


 「眼っ……眼がっ!! バラバラに動いているよ!? 気持ち悪いー!!」  


 ユズが後退りながら三八式歩兵銃を撃った。

 彼女の魔法弾を幅広の剣の腹で弾いた。そこを狙って副隊長が短槍で肩の付け根を狙った。


 ズン!!


 小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)が右足で地面を踏んだ。

 ただそれだけで大地が揺れ、副隊長が突き出した槍の穂先がぶれて宙をついただけで終わった。それどころか、若手のマムルク達やユズは地面に座り込んでしまった。


 「チッ!!」


 サラディンは舌打ちとともに槍をつく速さをあげて、地面に伏せてしまった仲間を逃す隙を作ろうとした。小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)は二歩下がり、また右の足を高々とあげて、足の裏を地面に叩きつけた。



 ズズズズゥン!!!



 「チックショウ。魔法か?」


 「土魔法の応用だね! アースシェイクかな!?」


 まだ余裕のあるユズが興味深そうな声を上げ、三八式歩兵銃で威嚇射撃を行い、マムルク隊の若者の逃げる余裕を作り出していた。


 キュリキュリキュリキュラキュラキュラ……。


 チハたんの履帯の音と小刻みな振動が近づいてきた。さすがに一五トンを超えた戦車は小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)の起こした地揺れをものともしていなかった。



 「皆の者!! よけるのじゃっ!!」


 キューポラから乗り出していたロリの絶叫にその場の人間達が反応した。


 人間達が後方へと下がると、彼らの脇からチハたんが主砲を向けていた。車体正面の重機関銃の重たい射出音が響き、小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)の剣が折れ、腹をかすめた。


 剣では避けきれないと判断したのか、主砲の射線から外れるように右へと逃れた。 


 するとチハたんのものよりも軽い履帯の音が迫った。


 チハたんの後ろから姿を隠すように近づいていた九五式軽戦車はチハたんよりも早い軌道で後ろから飛び出し、逃げた敵に正面を向けるように履帯を滑らせた。


 チハたんの砲塔も小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)を追うように回転した。


 二つの大きな穴の空いた筒に本能的な恐怖心を抱き、小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)は両面の顔を強張らせて、三つの眼は逃げ道を探ろうと動き回った。


 この刹那の体の硬直を九五式軽戦車は見逃さなかった。


 チュドーーーーン!!


 九五式軽戦車の主砲が火を吹き、その音に人間達が身を伏せた。


 「やったか!!」


 ジョルジュが広場の隅で叫び、ロリが舌打ちをしたが誰の耳にも届かなかった。


 硝煙がはれたそこには対魔法障壁の濁った赤い光の壁が見え、無傷の小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)がいた。


 「なんて固いんだよ!!」


 誰かが叫んだ。


 しかし、その声にかぶせるようにロリが冷静な声でチハたんへと命令を下した。


 「チハたん、次!! 」


 ズドォーーーーン!!


 「次!!」


 ズドォーーーーン!!


 「次!!」


 チュドーーーーン!!


 チハたんの主砲の連射に耐えきれなくなった魔法障壁は粉々に砕けた。

 一〇秒とかからずに主砲の三式穿甲榴弾と同程度の威力を持つ魔力弾を続けざまに撃たれた小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)は、いかに強固な肉体をもってしても耐えきれず、下半身だけがその場に立ちすくみ、残りは霧散し、その後方には大きな穴が穿たれていた。


 ものも言わず、青ざめた顔のマムルク隊と『夏至の暁』のジゼルが呆然と立ち尽くしていた。


 ハッチを閉めて運転席の外部展望装置で戦闘の行方を見ていたグロリアもハッチを開けて顔を出した。


 「勝ったね……」


 ため息をついて、三八式歩兵銃に寄りかかったユズが呟いた。


 「……ものども、勝ち鬨を上げるのじゃ!!」


 ロリの大きな声に夢から覚めたように全員が右の拳を上げて大きな声を出した。


 ウオォォォォッ!!!!!!







 ロートバルト市壁前は午後を周り、小鬼(ゴブリン)の残党狩りで散発的な戦闘がちらほらと見られるだけになった。


 西門上の指揮所ではどこからもってきたのか、露天に使うような大きな傘を掲げたコッペリアがアニカの後ろに立ち、日陰を作り二人でその中に入っていた。

 

 男爵旗を掲げた年配の職員達は汗を滴らせて、日焼けで肌を真っ赤にしながらも巨大な旗はピクリとも動かさずに固定していた。


 「向こうはどうなったのでしょうか?」


 「気になんだったら、斥候でもだすべか?」


 「フィム氏がいれば斥候にでも出しますが、今残っているの人材で森の中にゆかせるには心許ないです。」


 「んだな。スクラド姐さんとこの童っこなら、まんずは安心だべな。んだら、おれが見にゆくべか?」


 コッペリアの申し出にアニカは首を横に振った。なぜなら、コッペリアはすでに魔力を使い果たしていたからであった。


 「コッペリアはもう十分に働きましたよ。待ちましょう。」


 「んだな……。んん? ちょっと待つべさ。なんかやってくるさ。」


 コッペリアのホークアイに小さな真っ白い鳥が一直線にこちらを目指しているのが捕らえられた。


 ツバメのように猛スピードでやってくるその鳥は、急上昇をしたかと思うとラセンを描くように急降下してアニカの肩に止まり、彼女の耳で何かを囁いた。


 「ホェ〜。ジゼルの使う精霊様でねが。」


 「……コッペリア。」


 「なんだなっす。」


 「カロリーヌ殿下が小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)を仕留めたそうです。」


 ウヒョォォォォォッ!!


 いつもはクールビューティーの仮面を崩さないコッペリアが奇声をあげて飛び上がった。

 彼女が手にしていた日傘はどこからか吹いてきた風に飛ばされて、宙を舞った。


 勝ったぞォォォッ!!!!!


 むくつけき旗持ちの職員達が歓声をあげて、旗を振り回した。


 「コッペリア!!」


 「なんだなっす!!」


 「風の魔法で彼らの耳に届くようにしてください!!」


 ウィンクに親指を立てて了解したコッペリアにうなずきかえしたアニカは、門の縁の意思に足をかけて身を乗り出し、手にしていた指揮杖を高らかに掲げた。


 「戦士達よ!! ……我々の勝ちだ!!!!!」


 アニカの想いの詰まったシンプルな勝利の宣言は平原にいた冒険者や衛士、マムルクの騎士達に届いた。


 動きを止めた彼ら達は数瞬後、大地が揺れるような雄叫びをあげて、喜びを表した。


 その叫びを聞きながら、真白なジゼルの風の精霊はエミリア達の待つ市庁舎へと空を駆けた。


 

 

 市庁舎最上階の窓から飛び込んできた朗報にロートバルトの高官達も書類を紙吹雪のように舞い散らせて喜びを全身で表した。


 その中で、エミリアは全身の力が抜けたように椅子に腰を落とした。


 「勝ちました。勝ちましたよ。お父様、お爺様。エミリアはロートバルトを守ることができました。皆様のおかげで……。」


 あとは言葉にならず、そっと侍女の差し出した絹のハンカチで顔を覆い、涙を隠した。


 ジェラルドとジェンセンは頷き合い、ロリたちやアニカ、そして防衛線で小鬼(ゴブリン)たちから街を守ったものたちを迎える準備をはじめた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る