第34話

仲間っていいものですね。



 ドゥンッ!!


 空気を震わせる主砲の発射を見てから、双頭の一角狼(ブルータル・ウルフ)は動き出す。


 57mmの口径から発射される徹甲榴弾と同じ魔法弾は地面に手榴弾の四倍くらいの大きさの穴をうがったが一角狼(ブルータル・ウルフ)は無傷だった。 


 チハたんに積まれた九七式五糎七戦車砲の砲口初速は349.3〜420メートル秒と言われている。チハたん自体が新砲塔ではなく、ハチマキアンテナを巻いた旧砲塔のため短い砲身からガスが抜け、弾速が上がりにくい構造をしている。 

 仮想敵としていた旧ソビエト連邦の戦車KTシリーズよりも遅い場合があるくらいだ。


 とはいえ、相手は生物だ。


 生物の運動の反応時間は複雑だ。


 チハたんの砲身の挙動などで反応するべきかどうかを判断する予告刺激がリアクションを取ることができる時間とみなされる300ミリ秒よりも早いと反応することが遅れてしまう。

 大脳などの中枢神経系の情報処理の時間、そこから巨体の筋肉などの効果器へ命令を伝達するための生物の神経伝達速度は24.6〜35.4メートル/秒、体が単純な反応を示すための筋肉などが動く時間が300〜400/ミリ秒。

 これらは体が大きくなればなるほど時間がかかる。


 生物が動くために必要なこれだけの時間の積み重ねをチハたんの砲弾の速度は軽く超えてしまう。


 つまり、一角狼(ブルータル・ウルフ)の挙動はあり得ないのである。


 弘安の厨二病時代の背筋が痒くなる記憶とともに、無駄に蓄えていた生理学知識を思い起こし、砲塔内で行方を見つめていたロリのほおに冷や汗が流れた。


 「ロ、ロリちゃん……」


 「大丈夫じゃ。こちらの攻撃は当たらずともあやつの攻撃も妾とチハたんには通じぬ。」


 車載されている九七式車載重機関銃の銃口初速は九七式五糎七戦車砲の約倍の735メートル秒。

 小鬼(ゴブリン)の進化形たちの体を引きちぎるだけの力はあるが、一角狼(ブルータル・ウルフ)の脂で硬くなった毛皮は7.7ミリの弾丸をはじき返すも、目や口の中、鼻先などの弱点もある。


 うっとおしげに近づいては跳び離れ、発砲の隙をついて、ひたいの一角でチハたんに体当たりを行うも、前面で25㎜、側面でも場所によってはほぼ同程度の厚みがあるリベット留めの表面硬化鋼の装甲は一角狼(ブルータル・ウルフ)の攻撃をものともしなかった。


 「チハたんの装甲はヤスリをかけたら削れるくらいと言われたと聞いたが、意外や意外、硬いものじゃのう。」


 「ロリちゃん、どんな金属だって、ヤスリをかけたら削れますよ?」


 「師団長、それは私も初耳ですが、そのようなことはありません。普通は削ることができません。あと、削ると衝撃が当たるではまた別な力の加わり方ですから、多分それはタチの悪いデマゴギーだと思われるであります。」 


 「そ、そうか、それはすまぬ。許すのじゃ。」


 「どちらにしても、敵さんは双頭の欠点が出ているでありますなぁ。」


 「どういうことじゃ?」


 「体が一つで頭が二つですと、まるで刺又のように骨組みができているであります。そのような骨格で突進してきて、片方の頭でぶつかってこられても、突撃の際の衝撃は弱まるでありますよ。逆にこちらが敵さんの首を心配になるくらいでありますなぁ。はっはっはっ。」


 「なるほどのう。とはいえ、いい加減鬱陶しいのじゃ。それにジョルジュたちも気になるのじゃ。」


 ロリは砲塔の外部展望装置から小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)と戦う人間たちを見つめた。

 ジョルジュが倒され、『夏至の暁』メンバーが外れたためにユズがサラディンたちの後衛に入っていた。


 長槍を手にしたサラディンを中心に副官と直衛の五名の若いマムルクたちが四つの腕にもたれた武器に相対していた。


 ユズは小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)に剣や槍で近接攻撃を仕掛ける彼らのために、威力の高い魔法を繰り出すわけにゆかず、三十八式歩兵銃で隙を見て頭を狙っていた。


 「向こうは長引くと不利じゃな。あの化け物は疲れ知らずじゃ。」


 「かといって、こちらは千日手に陥りそうであります。ハ号がそばまで来ているのですが……。」


 「なんじゃ?」


 双頭の一角狼(ブルータル・ウルフ)の体当たりで揺れる車内で両手を広げて踏ん張るロリが聞き返した。


 運転席の外部展望装置越しであったが、目の前に迫る一角狼(ブルータル・ウルフ)の大きな口に身をすくめていたグロリアが大きな声をあげた。


 「なっ! 一角狼(ブルータル・ウルフ)が弾け飛びましたよっ!? 」


 「やっと来たでありますな。」


 「さ〜んじょ〜!!」


 チハたんの車内にかけられた九四式無線機のヘッドセットから、チハたんの声をもう少しお気楽にした調子の声が響いた。


 「遅参でありますよ。」


 「申し訳ありません!!」


 「チハたんがもう一つ現れた!!」


 「なんじゃと!!」


 ロリはキューポラのハッチを開いて、頭を出した。


 硝煙の匂いの向こうに、黄色と土色、そして緑色の迷彩柄のチハたんよりもひとまわりほど小さい戦車がいた。


 「なんじゃぁ……? 九、五式軽戦車か?」


 「さすが! 師団長は違いますのう。そうであります。私は秘匿名称ハ号戦車こと、第一○一特殊機甲師団司令部付き九五式軽戦車であります!!」


 「ほ、ほう……チハたんに比べて軽いのう。」


 「軽戦車ですから!!」


 「はっ?」


 「軽戦車でありますから!!」


 「け、けいせん、しゃ?」


 「はい!! 軽戦車でありますから!! 」


 「そう……じゃなぁ……」


 「これから師団長麾下に入ることを許可願います!!」


 「お、おう……」


 「ウォォォォォッ!! やってやるぜぇ!!」


 土手っ腹に九八式三十七粍戦車砲から発射される九四式徹甲弾がめり込み、貫通こそしなかったが、双頭の大きな二つの口から血を吐いて横倒しになった一角狼(ブルータル・ウルフ)は動くことができなかった。


 九五式軽戦車は一度バックをした。そして勢いをつけて大型獣に向かって加速をした。



 GYUGEEEE!!


 

 いくら軽戦車とはいえ、戦闘装備をつけての重量七トン超の重量がのっかかれば、何も考えることはない。


 「ポテチ……いや、ミンチかのう。」


 深いため息をついたロリは正面の光景から目をそらせて、腰のマウマウことマウザーを振り上げた。


 「よし!! 残りは僭主(せんしゅ)だけじゃ!! 行くぞ!!」


 「了解であります!!」


 チハたんはロリの言葉に反応して、サラディンたちの戦いの援助へと向かった。九五式軽戦車も湿った音を鳴らしながら後退した。


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