第33話

いよいよですね。



 ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッ。


 チハたんの九七式車載重機関銃はそもそも面制圧のために装備されたものではないとはいえ、口径7.7㎜の重機関銃から射出される魔法弾は、九七式中戦車が製造されはじめた一九三〇年代終盤の近現代戦争を想定した威力を伴っている。


 それに対して小鬼(ゴブリン)たちは比喩でも誇張でもなく、裸の身に錆び付いた鉄の棒のような剣を振りかぶって突撃してくる。


 戦車の暴風雨のような力に対処することはできずに無駄に小鬼(ゴブリン)たちは数を減らしていった。


 しかし侵攻してきた小鬼(ゴブリン)の軍団はおおむね殲滅が進んだとはいえ、森の中からはまだこれほどいたのかと呆れるくらいの小鬼(ゴブリン)が湧きあがっている。


 チハたんとユズ、『夏至の暁』のメンバーはそれを刈ることが精一杯でなかなか森に近づくことができなかった。


 だが、車体前面の九七式車載重機関銃と九七式五糎七戦車砲から射出される徹甲榴弾の威力と同等の魔力弾が徐々に小鬼(ゴブリン)の厚い壁を削っていった。


 「はじめて見たときも衝撃だったが、改めて落ち着いてみるととんでもない魔導具だな。」


 「ハァーハッハッハッ! みろぉ!! 虫けらのようだぁ!! 」


 「なに言っているんだ!? 頭でもおかしくなったか!! 」


 ジョルジュが魔力温存のためにチハたんの操縦席に腰を据えていたグロリアに怒鳴りつけた。


 「すいません。なんか、気持ちが高揚してしまいました。」


 「まあ、ここまで簡単に小鬼(ゴブリン)を撃退できてしまうと不思議な気持ちになっちゃうわね。」


 照準をつけているように見えないほど雑に三八式歩兵銃を構えて引き金を引いたジゼルが頷いた。放たれた青い魔法弾は小鬼(ゴブリン)の頭を貫き、後ろにいた大小鬼(ホブゴブリン)の胸で止まった。

 どちらも血を吹き出して倒れて、動かなくなった。


 「まあ、本来は一人でこんなに多数の小鬼(ゴブリン)を倒すことなんてできないもんね。」


 ユズも回り込んで後方から近づく小鬼(ゴブリン)に向かって三八式歩兵銃を撃ち続け、数体を倒した。


 「チハたん。」


 「……」


 「どうしたのじゃ、チハたん。」


 「す、すみません。いかがしたのでありますか?」


 「いや、戦場で気を抜くな。『死亡ふらぐ』じゃぞ。」


 「すみません。もう少しで来るかと思うのですが、間に合わないかもしれないです。」


 「ん? チハたん、何のこと。」


 「あれ!!」


 フィムの指差す方向には今まで出会った小鬼の王(ゴブリンキング)級の大きさと威圧を持つ小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)が森の奥から姿を現した。


 短い手足に樽のような胴体、大きな頭はまるでプレートアーマーの兜のように肥厚した皮膚が日を照り返していた。


 小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)が手にしていたのは、元はどこかの騎士が持っていたと思われる鉄製の長い槍(ランス)だった。


 「うぬぅ。ツワモノの気配がするのじゃ。チハたんや、戦車砲を撃つのじゃ。」


 「了解であります。」


 ロリの指示を受けて、砲身を向けたチハたんに臆することなく槍(ランス)を構えた小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)の前に一本の矢が突き刺さった。


 「ここはわたくしに任せてもらえませんか? 」


 「サラディン!! 」


 裾が血に染まったマントを翻し、軍馬に跨がったサラディンと直衛隊はチハたんと小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)の間にゆったり歩み寄った。 


 「も、盛り上がってきましたね。」


 少し冷静になったグロリアだったが、また興奮を隠しきれない様子でキューポラから身を出しているロリに話しかけた。


 「なんじゃろなぁ……この気持ち。」


 名状しがたい気持ちに囚われたロリは妙な顔つきで舞台のようなサラディンの一騎打ちを見つめた。

 後方の敵が片付いたのか、ユズも砲塔の隣に立って肩をすくめた。


 「効率的じゃないよねー。」


 「あぁ……なるほど、そうじゃな。そういうことか。」


 車上の二人のつぶやきをよそに小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)とサラディンの一騎打ちがはじまった。


 





 小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)とよばれ槍(ランス)を持つものの、騎乗していない様子はさすがに人間種の国と関わりを持たないモンスターであり、他の大小鬼(ホブゴブリン)よりも体格が良く、ジョルジュ並みの身長をもってしても、騎乗したサラディンには敵わないと思われた。


 しかしサラディンは馬から降りると半月刀を抜いて構えた。


 小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)はその膂力で槍(ランス)を振り回した。技術も戦術もない、ただの力任せの業だったが、サラディンの武器よりもリーチが長いために近寄り難いと思われた。


 「あ〜、厄介かもしれんな。」


 「ジョルジュ、どういうことじゃ。」


 「いくら力だけかも知れんが、ああも振り回されると迂闊に近寄ると体を持ってかれるだろ。倒れたらそれまでだ。」


 「お主ならどうする?」


 「俺か、剣が違うが隙をうかがいながら疲れるのを待つかな? サラディンほどの技量もないからな。」


 「そういえばお主も小王国群出身じゃったな。」


 「ああ、マムルクたちより東でバイスローゼン王国よりだがな。……っ」 


 ロリとジョルジュの観戦の感想中にサラディンが動いた。


 ことも無げに摺足(すりあし)で近寄ったサラディンは左斜めから彼を叩き倒そうと迫る槍(ランス)を脇に抱え込んだ。


 小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)の大力にサラディンは右へと動いたが、その上体はぶれることなく耐え凌いだ。


 「ウォッ!!」


 ジョルジュが驚きの声をあげた。


 手入れの行き届いていないボロボロな槍(ランス)はサラディンによってシャフトの真ん中からへし折られた。


 「ありえねぇ。」


 一瞬、呆気にとられた小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)の隙を見て、サラディンは半月刀を振るった。


 Gugyaaaaaaaaa!!!


 軋んだ小鬼(ゴブリン)の叫びとともに槍(ランス)の付け根を持った右腕が宙を舞った。


 しかし、戦意が衰えない小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)は残された左手で敵を捕まえようとしたが、サラディンの大きな体は軽快に右に回り込み、小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)の太い首筋に刀の刃を立てた。


 まるでバターにナイフが入るように刀は小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)の首を切り落とした。


 「まあまあだったな。楽しませてもらったぞ。」


 ゆっくりと倒れる小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)の体を避けて下がったサラディンは直衛の奴隷騎士に刀を出した。まだ若い彼は血糊のついたサラディンの半月刀を柔らかい鹿の皮で拭った。


 「お主は戦さを楽しんでおるようじゃのう。」

 「いえいえ。貴重な仕事の場ですし、女主人(ミストレス)に忠義を見せることができて光栄ですよ。」


 「まあ、助かったのじゃ。で、そちはなんでここにきたのじゃ?」


 「あちらも概ね片付いたようですし、狩のお手伝いをしに参りました。」


 「……であるか。よきに計らうのじゃ。」


 キューポラから上半身を出したロリをそのままにチハたんが先頭を切り、ジョルジュとサラディンたちマムルクを引き連れて森へと入った。


 「意外に抵抗が少ないようじゃの。」


 森は昼に差し掛かった白い日の光に照らされて明るく奥まで見通すことができた。


 今朝までの狂乱の名残か、奇妙に甘ったるい不快な臭いの煙やそれに混じって血や肉といった死の香りが時折風に流れてきた。


 「ロートバルト市侵攻の小鬼(ゴブリン)たちの中には小鬼の魔法使い(ゴブリンメイジ)が少なかったと思われます。」


 サラディンの副官がロリの独り言を拾った。


 「では、これからは魔法による攻撃がくるかもしれんというわけじゃな。」 


 「もともと、小鬼(ゴブリン)たちは魔法使いに進化することが少なかったと思われます。気にし過ぎてしまっても作戦に悪い影響があるやもしれません。」


 「ではどうすればよいのじゃ?」


 「頭の片隅にでも置くらいでよろしいかと。」


 「ならば、このまま進むのじゃ。」


 「了解であります。」


 チハたんは履帯に苔混じりの土を噛み締めさせて、さらに奥を目指した。


 「っ! 師団長、中へ!! 」


 チハたんの警告に落ちるようにキューポラに潜り込んだロリのサクラヘルメットに火球が掠めた。


 「期待を裏切らないな!!」


 「ユズちゃん!! 対魔法障壁!!」


 ジゼルの言葉にユズはチハたんの右側面に目には見えない障壁を張った。  


 運転席から顔を出していたグロリアは正面を受け持ち、ジゼルが後方を張り、チハたんに乗って、生身を晒している仲間を守った。


 マムルクたちと少し遅れてジョルジュは千々にわかれて魔法を撃ってきた先へと向かった。


 近場の茂みで剣戟の音が聞こえた。


 ジゼルもいつもは見せない真剣な表情で森の木を見回した。


 タン。


 タン。


 タン。


 何もいないような枝の上を狙った魔法弾が何かを貫通した音がかすかに聞こえ、重たいものが落ちた音がした。


 ユズやグロリアが警戒をしていると、ジョルジュたちがシェムをともなって戻ってきた。


 「めんぼくない。ぎりぎりまで気が付かなかった。」


 ぱたりとキューポラの蓋が開き、ロリが顔を出した。


 「気にすることはないのじゃぞ。聞くところによるとそちは寝ずに斥候に出ていたというではないか。」


 「だからと言って、ここ一番に向かっているところで仲間を危険に晒しちゃ、なんのための斥候だかわかんないよ。」


 エルフの血が混じっているその白い美しい顔に焦燥が滲んでいた。


 ジゼルはチハたんから飛び降りた。そして三八式歩兵銃を肩にかけてフィムのもとによった。


 「なんだよぉ。」


 小柄なフィムがモデルのように背が高いエルフの親族を見上げた。


 美しいジゼルの唇が苦笑を浮かべ、その両腕でフィムを強く抱きしめた。


 「な、な、な、な、な……。」


 程よい胸の膨らみに顔を埋めさせられたフィムが動揺してはなれようとしたが、ジゼルの強い力で押しとどめられ、動きを封じられた。


 「なっ!? ジゼル、私の目の前でよくもそんなことができたものですね!! 」


 「グロリアが今朝していたことの反対をしているんだから、文句いわないの。」


 「おぉ、魔力の受け渡しですか?」


 ユズの目に映った二人の間には白銀の粒子が川のように流れていた。


 くったりとジゼルに身を任せていたフィムが両手で彼女を押して離れた。


 「あ、りがとぉ。」


 「お姉さんに感謝しなさいよね。」


 「もう大丈夫かや?」


 「ああ、ごめん。大丈夫だよ。」


 「じゃあ、進みますか。フィム爺さん、この先はどうでしたか?」


 「爺さんて呼ぶなよ。もう少し行くと小鬼(ゴブリン)たちの広場だ。昨日までの派手な馬鹿騒ぎの跡は無かった。」


 「そこで待ってますかねぇ?」


 「我々はどこでも構いませぬぞ。敵がいればそれを打ち砕くだけですからね」


 「サラディンたちは気楽でよいのう。」


 「我々は剣であり、盾ですから。金で購った(あがなった)剣が考えてはいけませんよ。」


「お主、面白いのう。ならば、今は妾がエミリアの代わりの主人じゃ。存分に使ってやるのじゃ。」


 「ふふっ。ありがたき幸せです。」


 「では、行くのじゃ。」


 チハたんがモーター音のような駆動音を立てて再度進み出した。


 小鬼(ゴブリン)の抵抗はなくなり、進む速度が速くなり、昼までに広場についた。


 木が根から倒され、広い空間が作られていた。そこには薄気味悪い光景が広がっていた。


 乾いた大地には岩狼の首が並べられ、そこいらの地面には食い散らかしたと思われる骨が転がっていた。


 その奥には岩を削った椅子が置かれ、そこには不思議なモンスターが腰を下ろし、足を組んでいた。


 肌の色は小鬼(ゴブリン)と同じ緑がかった灰色。脂肪に包まれた筋肉で太った腹。小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)ですら胴に比して細かった手足ががっしりとした太さになっていた。


 そこまでだったら、順当な小鬼(ゴブリン)の進化形だったかもしれない。 


 幅が広くなった両肩からは二本ずつ腕を出し、そのどれもが剣や短槍、ナイフを持っている。


 異形の肩の上には頭が一つだが、顔が二つ付き、目が三つあり、ひたいには瘤のような角が生えていた。


 「ウエッ。」


 ジゼルが気持ち悪そうな声をあげた。


 左右の目が別々に辺りを警戒しつつ、中央の瞳がチハたんたちをにらみつけていた。


 すでに小鬼と呼ぶことができなくなっていたそのモンスターは組んでいた足を解いて、立ち上がった。


 「あれが……。」


 「小鬼の皇帝(ゴブリン・エンペラー)。」


 ロリたちの中で最も背が高いサラディンの副官よりも頭一つ分大きなそれは四本の手に持っていた剣を構えた。


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