第32話

作戦進行中です。



 マムルクの騎兵たちの戦い方を例えるなら『蛇』が妥当なのかもしれない。 


 頭であり、一番攻撃力の高いサラディンが先行し、猛々しさに溢れた軍馬が一糸乱れぬ隊列で小鬼(ゴブリン)の集団の横腹に牙を突き立て、食い破り、追撃を許さぬ速度で駆け抜けてゆく。


 対する小鬼(ゴブリン)も決して弱くない。

 殺すことにためらいはなく、敵わないとみると逃げて、頃合いを見計らい、仲間を連れて闇討ち、不意打ちなど当たり前であり、他のモンスターとは違い、武器を小器用に使いこなす。


 しかし、戦うことだけに特化した奴隷戦士であるマムルクの騎兵たちと彼らに調教された軍馬は小鬼(ゴブリン)の首をためらいなく切り落とし、蹄で体を踏み潰す。


 早さもあるため、初心者魔術師程度の力しかない小鬼の魔法使い(ゴブリン・メイジ)は狙いをつけられないままに潰される。

 岩狼にまたがった小鬼の軽騎士(ゴブリン・ライダー)は速度で近寄ることができず、後続の矢の的になってしまっていた。

 小鬼の弓手(ゴブリン・アーチャー)が多少反応できるくらいだったろうか。しかし、短弓が主なゴブリンの矢はマムルクの盾に遮られてしまっていた。 


 「これくらい削れば、後が楽ではないでしょうか?」


 「ちと物足りないくらいだが、我らばかり食い散らかしても場をわきまえぬ田舎者と思われるな。」


 うそぶいたサラディンに副隊長が苦笑した。


 「よし! 獲物を狩場まで引き連れてゆくぞ!! 」


 ブォォォォォォォッ!!


 旗持ちの騎兵が角笛を口に当てて大音量の合図をあげた。


 ALALALALALALALALALIIIIIII !!!!!!!!!


 後続の騎兵たちが鬨の声をあげた。


 黒い旋風が退却する姿を見て、雲霞のごとく集まってくる小鬼(ゴブリン)たちは一つの意思によって統率されてなどおらず、血に飢えた本能のままに餌を求める獣と化していた。


 「いくらくらい追いかけてきている?」


 「ざっと四〇〇〇は超えているかと。」


 「思いの外いたな。もう少し削るか? 」


 「これくらいで結構かと。それよりも引き離しかけております。もう少し手綱を緩められた方がよろしいかと。」


 「おう。意外に難しいな。」


 「しかし、このような戦術を立てられるお方の顔が見たいですな。」


 「驚くぞ。」


 「楽しみにしています。」










 遠くから、マムルクの角笛と雄叫びが聞こえた。

 

 「釣れたようじゃな。」


 「そうみたい。こっちも準備は大丈夫だよ。」


 「じゃあ、合図をするわね。」


 ジゼルは空に向かって三八式歩兵銃を三発放ち、間を置いてまた三発放った。魔法弾はまるで鏑矢のように甲高い音を鳴らして空に消えた。


 ややしてから、鋭い角笛の音が届いた。


 「了解したってさ。」


 「よくあんな音が出るようにしたのう。」


 「試してみたらできちゃった。」


 「魔法とは、どれだけ都合がよいのじゃ? 」


 「さあ? 」


 にやにやと笑って、ジゼルは肩をすくめた。


 キュラキュラとチハたんは低い道を選んで地雷地帯を避けて大きな枯れ川の彼岸に向かって進んだ。一時的に身を晒したところから、薄汚れた灰色の流れが見えた。


 「小鬼(ゴブリン)どもか。こちらには気がつかんようじゃのう。」


 「撃っちゃおっか?」


 「あほぉ。このまま密かに進むのじゃ。」


 ロリは隣のユズの顔を平手でペシャリと叩き、急いで川跡を抜けた。


 「サラディンさんたちは大丈夫かな? 」


 「祈るしかないのう。」


 ロリは肩をすくめて双眼鏡を覗いた。





 アニカは市壁の西門の上に構えた指揮所で平原を見つめていた。高所に指揮所を構えていても、裸眼では平原の奥にあるロートバルト防衛線は見えない。


 現場の指揮官としてアニカは防衛線の付近で陣を構え、指揮をしたかったのだが、それは危険であると判断され、拒否された。


 ロリから貸してもらった双眼鏡をのぞいた。砂漠の黒い蛇、マムルクがうねりながら、速度に緩急をつけながら、後方の灰色の濁流を誘導していた。


 小鬼(ゴブリン)の群れが地平線の彼方から波のように拡がっている。


 「本当に四〇〇〇なのですか? 万は超えている気がしますね。」


 小鬼(ゴブリン)から目を離して手前の自陣へと双眼鏡を降ろした。ロリの指示通りに丸太を組み合わせて作った阻塞(バリケード)が拡がり、その後ろには衛士隊、冒険者、冒険者ギルドのつわものたちが控えていた。


 彼らの中心にはコッペリアがいた。


 間も無く戦闘に入ると高揚した彼らの中で、冴え冴えとした美しい顔(かんばせ)には何の表情もなく、いつもの事務服から着替えた戦闘服である青味がかった深い灰色のロングコートに身を包み、左手には魔導師の杖(コンダクターズ・ロッド)が持たれていた。


 ふとコッペリアが振り向いた。


 双眼鏡越しのアニカと目が合い、また進行中の状況へと目を戻した。


 「伝令。」


 「はい。」


 「配置について、呪文を準備させて。」


 「了解しました。」


 無理やりついてきたアーデルハイトがアニカの指令を伝えに市壁を下りる階段に向かって走った。


 ふぅ。


 夏季の高い青い空の下、アニカは天を仰いで、溜めていた空気を吐き出した。


 「旗を立てなさい。」


 彼女のそばに控えていたギルド職員、主に施設管理課の年輩職員たちだったが、揃って上着を脱ぎ捨て、年齢に見合わない張りのある肉体美を誇らしげに晒した。


 「な、何をしているんですか?」


 キアイダーーーーー!!!!!


 ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!


 彼らの肩の筋が盛り上がった。シックスパックスの腹筋が引き締まり、股割した両の素足は石畳をしっかりと踏みしめた。白いひげに包まれた禿頭がみるみるうちに紅潮し、血管が浮き上がった。


 手にした旗竿がゆっくりと持ち上がり、ロートバルト男爵家の旗が空に翻った。


 面積は日本でいうところの四畳半もあろうかというほどの大きな旗には男爵の紋章である黒いフクロウと悪魔が意匠されている。


 「もしかして、ずっと支えているつもりですか?」


 言葉では答えず、片目をつぶった男たちは食いしばった歯を見せて笑顔を作った。


 はやく終わりたい。


 アニカは心の底からそう願った。





 


 「準備は整ったようじゃな。」


 遠くに見える市壁の西門に男爵家の旗が上がった。


 チハたんに便乗していたユズ、グロリア、ジゼル、そして馬で彼女らを護衛していたジョルジュとシェムがロリの顔を見つめた。


 「ユズよ。小鬼どもの後ろが入ったところで地雷を爆発させるのじゃ。チハたんと妾たちは取りこぼしたものどもを一掃しながら、小鬼の皇帝(おおきみ)を僭称する薄汚れた匪賊を仕留めにゆくぞ。」


 「わかったよ。」


 「マジでやる気か? 確認していないが、取り巻きはきっと分厚いぜ。小鬼の騎士(ナイト・オブ・ゴブリン)や小鬼の魔法使い(ゴブリン・メイジ)なんかがうじゃうじゃいると思うぜ。」


 「頭を潰さない限り、奴らを退治なんぞできないじゃろ。」


 「………俺はロリちゃんに賛成するよ。」


 「慎重なフィム爺さんにしては珍しいですね。」


 「ハイディって、いただろ。ロリちゃんと助けた娘。あの娘さ、あの後、また奴らの襲撃があって、今度は父親を亡くしたんだって。」


 「ふふ。それでこそ、リュニリョール家の血を引く男の子だよ。」


 「妾にも是が非でも行かねばならぬ理由ができたのじゃ。」


 「しようがありませんね。今回はユズさんもいらっしゃるし、戦力は前回とは段違いですよ。」


 ジョルジュは肩をすくめて控えめな賛意を示した。


 「よし、行くのじゃ! 」


 チハたんは巻き上げる土煙や駆動音を隠すことなく、進みはじめた。ジョルジェとフィムの馬はその後を追いかけた。


 血が頭に上り、彼らへの注意を失った小鬼(ゴブリン)たちは地形など構わずに横に広がりながら、マムルク隊を追いかけていた。


 チハたんの砲塔の上に立ったユズは右手を突き出した。キューポラから顔だけを出していたロリは双眼鏡で押し寄せる小鬼(ゴブリン)の動きを見張っていた。

 ユズが両足の間から顔を出しているロリに声をあげた。


 「接続できたよ。いつでもやれる!」


 「待つのじゃぞ。もう少しじゃ。もう少し。………よしっ!! 」


 ロリの指示にユズの右の人差し指がくいっと上がった。




 その瞬間、キーロフ平原が轟音とともに揺れた。




 小鬼(ゴブリン)たちを巻き込んだ広範囲の爆発は、彼らの軍団の後方からロートバルト市に向かって火の津波となって連鎖した。


 爆発によって取り囲まれた小鬼(ゴブリン)たちは薄汚いその身体を宙に打ち上げられ、臓物を散らして地面に叩きつけられた。


 唯一、川の支流跡を利用した冒険者たちのルートだけがマムルク隊を逃すためにマコ草の実の地雷が仕掛けられておらず、生き残った小鬼(ゴブリン)たちが必死の形相で押し寄せた。


 サラディンは馬の駈歩をさらに早めた。内股で軍馬の胴を引き締め、頭を下げて手綱をつかんだ彼らはろくな反撃もせずに、ただ逃げることに集中していた。


 恐怖にかられ、火事場の馬鹿力で駆ける小鬼(ゴブリン)たちを徐々に引き離し、マムルク隊の前にはロートバルト市防衛線が見えてきた。


 副隊長が腰にぶら下げていた小ぶりの角笛を口に当てた。


 鋭い角笛の響きが二度。


 高らかな軍馬の蹄音が左右に分かれた。


 マムルク隊が消えたかのように面前から去り、道の端の隆起で広がることができない小鬼(ゴブリン)たちの前に美しいエルフの女性が一人、魔導師の杖(コンダクターズ・ロッド)を彼らに向けていた。


 「雷鞭。」


 コッペリアの囁きに呼応して、トネリコの枝で作られた杖の先から青白い雷が走った。


 鞭が空気を鳴らすかのように乾いた音が響き、先頭の小鬼(ゴブリン)たち、十数体が黒焦げになった。


 コッペリアは振り上げた杖の先から放たれる人の上背よりも太い雷をムチのようにしならせて、小鬼(ゴブリン)たちを打ち据えた。


 避けることもできず、後ろから押し寄せる同族に押された小鬼(ゴブリン)はコッペリアの魔法の餌食となり、その死骸の山が小鬼(ゴブリン)の足を止めた。


 そこに配置された魔法使いたちが小鬼(ゴブリン)の軍勢の横から各々の最大魔法を一斉に放った。


 身動きを取れなくされたところでの魔法の十字砲火はいくら『蝕』の魔力の高まりによって肥大し、進化したその汚穢(おわい)に満ちた身体でも堪えることができなかった。


 地雷の一斉爆破によって追い立てられた小鬼(ゴブリン)たちであったが、前方の狩場(キルゾーン)に自ら飛び込む愚を悟った後方の者たちが森へと逃げようと三々五々に散った。



 ALALALALALALALALALIIIIIII !!!!!!!!!



 太い角笛の音とともに黒い騎兵たちが時の声を上げて戻ってきた。


 地雷原の爆発によって穴ばかりの平原を気にする様子もない、マムルクたちの手綱捌きは狩られる立場になってしまった小鬼(ゴブリン)たちを的確に囲い込み、奴隷騎兵たちの大きく湾曲した剣によってその数を減らしていった。


「ひとまずは予定通りですね。」


 アニカは圧勝に進んでいる戦況を喜ぶ前線の冒険者や衛士たちを見下ろし、戦場を司るために持たせられていた黄金色の房がついた指揮杖を硬く握り締めていた右手を緩めた。


 「戦闘指揮より男爵へ伝令! 戦況は作戦通り! 被害、ごく軽微! 」


 「了解致しました!!」


 「さて、戦士諸君!! われわれはこのまま、敵を押し込む!! 」


 背の高いアニカと同じだけの高さを持つ指揮杖が上げられ、先端の玉を正面に突き出した。


 「反攻のはじまりだ! 進め!!! 」


 彼女の後ろに控えていた老職員が巨大な旗を左右に振った。動きとともに飛び散った汗が乾いた門の石畳に跡を残した。


 アニカは少し嫌な顔をして、一歩前へと進んだ。


 それを見た防衛線にいる剣士たちがその武器を構えた。


 自身の魔法を撃ち尽くした魔法使いたちが下がった。


 まだ余力を残しているコッペリアが魔導師の杖(コンダクターズ・ロッド)を振るった。雷撃が彼らの道を示した。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!


 わらわらとロートバルト市の冒険者や衛士たちが飛び出した。


 逃げ惑う小鬼(ゴブリン)たちを矢で撃ち、集団で取り囲み、それでも苦戦するような進化した小鬼(ゴブリン)たちはマムルクやコッペリアが対処した。


 「だいぶ、落ち着いたかな?」


 「そのようですね。もう、大物は見られないでしょう。」


 「さてと、では狩に出かけた貴人のお供に参ろうではないか。」


 サラディンは手綱を引き、馬を停めた。


 振り向いた彼の目の先には、森へと向かって平原を進む小さな鉄の塊が見えていた。


 「直衛! 五人ほどついてこい!!」

 

 サラディンの副隊長が叫んだ。サラディンはすでに葦毛を森に向かって走らせていた。副隊長と剽悍な面構えの男たちは彼の後を追った。

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