第31話
実戦です(戦うとは言ってない)。
葦の原が音もなく揺れた。
朝霧(あさぎり)の霞む中、湿度をたっぷりと含んだ空気に焦げた匂いが混じる。
昨晩からの血と汚泥、単純で激しいリズムの狂宴が終わり、小鬼(ゴブリン)が地面にぐったりと横になっていた。
起きているものは精神に影響を及ぼす魔草の煙の匂いで体液を垂れ流しながら、何もない空に視線を彷徨わせていたり、犠牲になった岩狼の生肉を噛みちぎっていた。
そこここの血だまりには同族の四肢がバラバラに転がってもいた。
おぞましい光景からそっと離れたフィムはジゼルがお供に出してくれた風の精霊の力で音や匂いを勘付かれないように散らしながら後ずさり、その場を去った。
「ジョルジュ。」
「おう。」
草むらから声をかけたフィムはジョルジュの注意を引いてから姿を現した。小鬼(ゴブリン)の集合している場所の奥深くまで潜入していた。
「なんかわかったか?」
「ああ。奴ら、めちゃくちゃだ。同族まで食らってやがった。」
「そのまま、いなくなってくれ。」
「そうだったらいいな。だが、奴らの『王の王』が決まったようだ。攻めてくるぞ。」
急に地響きのような唸り声があちこちで湧き上がり、銅鑼のような鳴り物が打ち鳴らされた。
「ヤベェ!」
「こりゃ、はじまったか!?」
ジョルジュとフィムはジョルジュが手綱を握っていた馬に跨り、急いで走り出した。わらわらと湧き出してきた灰色の小鬼(ゴブリン)たちが馬を追いかけてきた。
前のめりの中腰で鞍にまたがっていたフィムが指を口に当てて甲高い音を鳴らした。
グギャ!!
グゲッ!!
追いかけてきた小鬼(ゴブリン)がバタバタと倒れた。
「ジゼルか!? 」
ニヤリと笑ったフィムが何度か、口笛を鳴らした。
すぐに二人の通り過ぎた地面が爆発した。
「ジゼルは火魔法が使えなかったはずじゃねえのか? 」
「魔力を込めるだけでいいそうだよ!! それより!! 逃げるぞ!! 」
二人の馬はさらに勢いを増した。
いつのまにか、白馬にまたがり、三八式歩兵銃を担いだジゼルが並走していた。
二頭の岩狼にまたがった小鬼の軽騎士(ゴブリン・ライダー)たちが小鬼(ゴブリン)たちの集団から抜けて、三人に迫った。
平原にポツリとにじむように黒い小さな影が見えた。
三人はその影に向かって馬を走らせた。
「血は血へ 骨は骨へ 地獄のものは地獄へ 釜よ開け、不浄のものたちは地の底へ戻れ。」
「ヤベェ。大魔術を使うつもりだ!!」
「地よ。沸き立たん!」
三人が駆け抜けた。
フィムは呪文を唱え終えたグロリアはその場でふらりと倒れた。
間髪入れず、その脇を駆け抜けたフィムは彼女の胴を抱き寄せて回収した。
後ろでは小鬼(ゴブリン)たちや岩狼のくぐもった悲鳴が聞こえた。
ジゼルが振り返ると、赤い乾燥した大地がどろどろと溶けて水泡が沸いていた。小鬼(ゴブリン)や岩狼が地獄の底なし沼に囚われて沈み込んでいた。
力を尽くし、ぐったりとしているグロリアは後ろのフィムに抱えられながら彼の左腕をハムリと甘噛みした。
「何してんの?」
「魔力補給ですよ。」
確かにフィムには魔力が吸われている感覚があった。
「どこで覚えたんだよ。」
「秘密です。」
「また! ベタベタすんな!! そんな暇はないでしょ!! 」
ジゼルの説教を聞きながしながら、『夏至の暁』たちは急いでロートバルトを目指した。
「動き出したそうだ。」
最低限の身だしなみを整えたロリやエミリアが市庁舎の執務室で軽い朝食をとっていたところにコッペリアが斥候たちの持ってきた情報を伝えた。
エミリアは震える指でカップの取っ手をつかんだ。そしてまだ熱いお茶を一気に飲み、意識してゆっくりとカップを置いた。
それから、目を閉じて大きく深呼吸をした。
執務室の視線が彼女に集まっていた。
エミリアは両手を一度だけ打ち鳴らし、大きな声をあげた。
「さぁ! みなさん、はじめましょうか!! 」
女男爵(バロネス)の号令のもと、大きなテーブルに幹部たちが集った。
「執政官、避難民たちは大丈夫でしょうか?」
「はい。教会や冒険者ギルドなどの広場に集まっています。」
「衛兵一、冒険者三の分隊を派遣して警備を取っているぜ。」
「避難民や市民たちの希望者を募って、施療院の手助けを。衛士やマムルク、冒険者たちが怪我をした時の手助けをしていただきましょう。」
「分かりました。調整します。ジェラルド殿、冒険者の中の薬師や治癒術師たちを施療院へお願いします。」
「ああ、コッペリア、医務室のペトルーシュカ看護師に伝達を。」
「んだべか。わがったす。」
コッペリアは長い紺のスカートを翻して走り出した。
「さて、俺もそろそろ、前線にゆくことにする。」
「サラディンには、ここで私の補佐をお願いしたいところなのですが。」
「女主人(ミストレス)。ここでは戦さ場から離れすぎている。私はあなたへと同様に自分の部隊にも責任があるのだよ。」
「そんな事言って、思いっきり戦いたいだけじゃねえのか?」
「まあ、それも否定はせんがね。戦ごとの補佐に関してはジェラルド殿とそこの貴婦人にお任せしよう。」
「ふん。いつでも男というものは勝手じゃのう。ソワソワと腰の座らんよりも思うざま剣を振るってくるのじゃ。」
笑顔で一礼をしたサラディンは黒いマントをなびかせて、堂々と退室した。
「とはいえ、妾たちもゆかねばならんのじゃがな。」
「殿下!? 思いとどまってくれたんじゃないんですか!?」
「エミリアよ。妾とチハたんがゆかねばどうするのじゃ。」
「いやいや、行かない方がいいんですってば!! もし怪我でもしたらどうするんですか!? 」
「ジェラルドには言っておらんぞ!! 妾とチハたんで立てた作戦に行かなくってどうするんだってばー!! 行くったら、行くんだってばー!!! 」
「ロリちゃんってば、語尾が子ども帰りしてるよー!! こんなことで駄々をこねてもダメだって!! ちゃんと年長のいうことを聞いてくださいって!! 」
「うるさ〜い!! 妾が一番エライんだぞーっ!! 」
「いつもは自分のことを冒険者だって言っておきながら、こんな時だけ、殿下に戻るなんて、ずるい子だ!!」
「うるさい、うるさい!!」
「殿下……いささか、見苦しいですよ? 」
ジェラルドによってがっしりと押さえ込まれ、宙に浮いたロリはそのまま、エミリアの隣の椅子に降ろされた。
「……ブゥ。」
「諦めろって。」
「……花摘みじゃ。」
「えっ?」
「花を摘みにゆくのじゃ。騒いだからちょっと急ぐのじゃ。」
「……」
「……」
「何度も言わせる気か! 」
「ああ、はいはい。はいはい。どうぞ。」
顔を真っ赤にしたジェラルドはメイドを伴って部屋を出てゆくロリに背を向けて、肩を落とした。
フハァァァ……
深いため息をついて、頭を抱えたジェラルドはユズを見つめた。
「荷物を持って、追っかけてくれ。一人で行かれるよりはよっぽどマシだ。あとでチハたんのことを知っているやつに伝令を出す。衛士たちにこまめに場所の伝達を頼む。」
「えっ? 」
ジェラルドの言葉の意図を汲み取れないユズが驚いて聞き直したと同時にいつもは神出鬼没のロートバルト家のメイドが慌てた様子で執務室に飛び込み、エミリアの耳元にささやきかけた。
卒倒しそうな顔のエミリアはジェラルドに向き直り、何かを伝えようとしたが、言葉が出なかった。
「ジ、ジ、ジェラルドさま〜!!」
「わかってる。ユズちゃんをつけて出させる。」
「いいんですか!? 」
「ここ一番で迷子になられるよりよっぽどマシかもしれない。チハたんの中はもしかするとロートバルト領内で一番安全かもしれないしな。
ユズちゃん、早く追いかけてくれ。連れ戻さなくていいから、ちゃんとチハたんに送り届けてやってくれ。あとは、チハたんと相談しながら進めな。」
「えっと……」
「チハたんがインテリジェンス・デバイスだってことは知っているさ。」
「あっ、よかった。わかりました。」
「それほどまでに強いのでしょうか? 」
「実際に戦っているところは見たことがないが、聞いた話だとまさに『鉄獅子』だとさ。」
「『鉄獅子』ですか。それは恐ろしくも頼もしいですね。」
エミリアは真面目な顔で頷いた。
キュラキュラキュラキュラ カタカタカタカタカタ……
まだ朝露が残るような中、市庁舎奥の男爵家別邸から出てゆく鉄の塊を追いかけてくる一人の少女の声が響いた。
「ロ〜〜〜〜リ〜〜〜〜〜ちゃ〜〜〜〜〜ん!!!!!」
「ん? なんぞ呼んだか?」
「ユズさんですありますよ。」
「じゃあ、このままで。」
「チョットーーーーーーッ!!!!!」
車上のロリとチハたんの会話を遠耳で聞きつけたユズは怒鳴りながら、走る速度を上げて、踏み切った。
朝日を背に空より青い民族衣装をなびかせて跳躍したユズはチハたんの後部に飛び乗った。
「さすがの魔人族じゃのう。身体能力は桁外れじゃ。」
「身体強化魔法と重力操作を使ったから。」
「重力なんぞ知っておるのか?」
「大地に何らかの力が作用して、私たちを引き止めていることは魔力的にも観察されているよ。」
「なるほどのう。で、ユズは妾を連れ戻しに来おったのか?」
「ギルマスがね、護衛してやれって。行き場所は常に衛士や冒険者に伝えておけってさ。あとで知り合いを伝令に送るとも言ってたかな?」
「ふん。はなからそうしておればよいのじゃ。」
「ロリちゃんがあんまり言うこと聞かないから、諦めたんだよ。」
人気の失った町の石畳を進み、ロータリーから西大通に向かって、チハたんはゆっくりとした速度で進んでいた。ユズは砲塔の横に立って、アイテムボックスから三八式歩兵銃を出し、肩にかけた。
小鬼(ゴブリン)が進行して来ると思われる西の正門は跳ね橋が降ろされて、衛士や冒険者たちが忙しく走り回っていた。
元々、衛士たちはロートバルト市の治安維持のための軽武装組織で、個々人の中には武に優れたものもいたが、戦時中に消滅してしまった男爵家騎士団やバイツシュバルツ王国軍とは比べられないほど貧弱な装備しかあたえられていない。
しかし、衛士たちの士気は高く、彼らの顔は一様に高揚していた。
彼らの中から、聞き覚えのある大きな声が耳に届いた。
「ロリちゃん!!」
「なんじゃ、グロリアか?」
ゆずは手を差し伸べて駆け寄ってきたグロリアを引っ張り上げた。やや疲れたその表情はホッとしていた。
「やっと見つけました。私たちが警備につきますから、ついてきてください。」
「いや、そちらもやることがあるのではないか?」
「私たちの仕事は終わりですよ。」
「であるか? ならついてくるのじゃ。チハたんよ。門の前に進むのじゃ。」
「ほんとにもう。」
グロリアは右手を高々と上げて、いつもの合図に使う赤と青の光を打ち出した。
チハたんの車上に乗った二人は衛士や冒険者たちに分け入り、正門前に達した。そこにはジゼルやジョルジュたちが待っていた。
「おい、ちびっ子たちは家で寝てろよ。」
「……妾は頼まれても安全なところにゆくつもりはないのじゃ。妾のいるところは、この場、この者たちと戦う場だけが居場所なのじゃ!!」
キューポラの上で仁王立ちになったロリが言い放った。
ウォォォォォッ!!
少女の言葉が届いたむくつけき男たちは、手にした剣や弓を高らかに突き上げ、地響きのような鬨の声をあげた。
「な、なんなの〜?」
「なんか、調子を上げているわよね〜。」
「まあ、いいんじゃね。働く側も気分よく働けるだろ。」
「だね。」
即席にロートバルト市の守護隊を組んだ冒険者と衛士隊の指揮官は集ってくる男たちを仕事に戻した。
街から揃った馬の蹄の音が近づいて来た。
大通りに小粒な影が浮かび、ざわめきが広がった。
「マムルク隊だ。」
「褐色の奴隷騎士団だ。」
「先頭はサラディンだ。」
「奴隷将軍! 」
「砂漠の英雄!! 」
「黒い人豹!! 」
唯一、葦毛に跨がったサラディンが先頭に立ち、黒々とした青毛で揃えた馬に跨がったマムルク隊たちは真っ赤なたっぷりとしたズボンに生成りのシャツ、青いベストと革の胸当てという揃いの装備に腰には緩やかな弧を描いた長剣と手には長い槍を持っていた。
彼らはサラディンと同じように髪を剃り、褐色の頭皮を晒し、長い髭を蓄えていた。
チハたんは自発的に道を開けて、彼らを通した。キューポラの上に立つロリに目を向けたサラディンはすぐに正面に向き直した。
マムルク隊が門を抜け、キーロフ平原へと向かった。その場の冒険者や衛士たちはまた動き出した。
「ユズよ。お主もやることがあるのではなかったか? 」
「うん。準備にゆきたいんだけど。」
「わかったのじゃ、ほれ、グロリアは中に入るのじゃ。運転席から顔を出すとよいのじゃ。」
ロリはキューポラから降りて、グロリアに譲った。
「ありがとうね。」
「ちょっと待てぃ。そのローブは脱いどくのじゃ。中で邪魔なのじゃ。」
「えぇ〜? 今さらですかぁ? 」
「そう言われるほどお主を乗せた覚えはないのじゃぞ。」
「だって、ユズちゃんだって、かなりかさばる衣装でしょ? 」
「むぅ? 」
ロリが唇を尖らせてユズに顔を向けた。
ユズは肩をすくめて、いつもの真っ青な民族衣装に手をかけて、一気に体から引き剥がすようにそれを脱いだ。
脱いだ瞬間に翻った衣装をアイテムボックスに入れたので、まるで宙に消えたように見えるという小細工も仕込んでいた。
「おぉ〜!? かっこいいですよ。 どうやったのですか?」
「いひひ。秘密ですよ。それよりも新しい服装に注目してくださいよぉ。」
キラキラとした目で見つめるグロリアにユズが胸を張った。
今日のユズの衣装は、ロリとまったく同じ朱色の詰襟に、砂色の生地の上着に輝くような金ボタン。かっこよさそうだという理由でつけた肩章は赤いラインが三本入り、その上に三つの星が光っていた。
そして、ミルシェの店で誂えた詰襟の色と揃えた赤いミニスカート、白いタイツに膝上丈の編み上げの黒い長靴だった。
頭に巻いたターバンも外して、その中から取り出したようにアイテムボックスから出した帽子は、赤い鉢巻のような胴に桜の萼(がく)とも五芒星(ごぼうせい)とも言われる金の徽章(きしょう)がつけられていた。
彼女はそれに銀糸のような髪を入れてかぶり直した。
黒豹の獣人種とも思われそうなほどの黒い肌をしたサラディンやマムルクたちとは異なるオリーブに近い肌色の美少女の軍装は凛とした美しさを誇っていた。
オシャレにうるさいジゼルが両手を打ち鳴らして喜んだ。
「おぉ、ロリちゃんと一緒だ。でも、その帽子かっこいいよね。」
「でしょー。服は少し私の方がお姉さんだから、手直しが多かったんだよねー。」
「ふぅむ。ああ、胸のところの裁断が手が込んでいるわね。腰も絞っているから、体にぴったりとした感じでかっこいいね。」
「ムーッ! ムーッ! ムーッ!」
「フッフーン!」
持って行きどころのない怒りにかられたロリはユズが砲塔に添えている右腕を叩いた。
いわれのない怒りにさらされたユズはまったく気にした様子はなく、満足げに鼻息を荒くしていた。
「それよりも! 早くするのじゃ!! 」
「はいはい。ローブはユズちゃんにでも預かってもらってもよいですか。」
「大丈夫ですよー。アイテムボックスはまだだいぶ余裕がありますからね。」
ユズに大きなローブを預けたグロリアは、チューブトップのような上半身に張り付くトップスをまとい、胸元に魔力補助や対呪力の効果をもたせた大きな胸飾りをたくさんかけていた。
腰から下は太ももの半分くらいまで露出した一枚布のスカートのような民族衣装姿だった。
ローブのフードを外すと、ユズとはそう変わらないくらいの年頃に見える茶色のおかっぱに包まれたそばかすの浮いた幼い顔つきとユズよりも年下に見える生育の象牙色の体つきにその衣装はアンバランスだった。
「あ〜、すずしぃですねぇ。」
「へ、へそだし…… だ、大丈夫なの〜? 」
「あぁ、『青の部族』の女性は異性には極力、姿を見せないようにするそうですね。大丈夫ですよ。これは私の部族の伝統的な衣装ですから、恥ずかしくないです。」
「じ、じゃあ、いつもはなんであんな分厚いローブを着ているんですか?」
「そりゃあ、魔法使いですもの。」
「『ちゅーにーびょー』というものじゃな。」
「なんですか、その変な言葉は。意味はわかりませんが、若干イラっとします。悪口ですか?」
「気にするな。それより、中に入るのじゃ。」
「あっ、はい。じゃあ、お邪魔します。」
グロリアは慣れた様子でキューポラから中に入り、身を屈めながら、運転席につき、ハッチを開いた。
グロリアが中に収まったことを確認すると、右肩にかけた三八式歩兵銃を抑えて、ジゼルがチハたんに飛び乗った。
「ユズちゃんはこれから何をするの? 」
「マコ草の実に魔法糸を接続するのですが、埋めたのはもっと先でしたよね。」
「ちょっとあんた! 気軽に言っているけど、どんだけ埋めたと思ってんのよ!! 」
「あぁ、全部に接続する必要はないんですよ。一つが爆発すると周囲の実も巻き込みますから。せいぜい、半分ちょっとくらいですかねぇ。」
「それでも十分多いわよ! 」
「大丈夫ですよー。 じゃあチハたん、進んでください。あと、周囲に人、特に魔法使いなんかがいると魔力で暴発してしまいますから、ここから先は私たちだけでゆきますってことを伝えてくださいねー。」
「お、おい、聞こえたか? ジョルジュは衛士隊の隊長とサブギルマスに伝えてくれ。」
「ああ、あとで追いかける。……ジゼルたちは大丈夫なのか!? 」
「チハたんに乗っていて大人しくしてくれれば問題ないと思うよ。」
「軽く言われる方が不安だって……」
冒険者たちが探索や採集に出かけるためのルートはここ数日の努力で簡易の街道と言って良いほど広げられていた。
その道をさらに進むとキーロフ平原が広がる小高い場所につながる。そこからの眺めはいつも通りの明るい茶色の大地と背の高い葦の茂み、遠くに見える低木の連なりと点在する森だった。
ただ、見当たらないのは、これまではモンスターに襲われることがあっても減ることなく、草原に生きる野生の鹿や馬といった動物たちであった。
ロリは改めて辺りを見回した。
五メートルもなく、丘とも呼べないような場所だった。
そこから、細長くえぐれたようにへこんでいつもは人の通る道になっているところを挟んで反対側にも同じような高さの場所が見られた。
「今まで気がつかなかったのじゃが、確かに言われてみると水が枯れた川の跡のようにも見えるのじゃ。」
感心するロリに横で立っていたユズが腰のタクトのように短い魔法使いの杖(マジック・ワンド)で辺りを指し示した。
「ほら、向こうの方で漏斗のように広がっているでしょ。あちらが本流の跡で、かなり大きく削れているんだよ。」
「なるほどのう。ロートバルトは水資源が豊富と聞くがなぜこの大きな川は枯れたのじゃろうのう。」
「それはわかんないかな。興味があれば、また後でゆっくりと調べればいいよ。」
「そうじゃの。」
「さてと、ジゼルさんやフィムさん、グロリアさんはここから前に出ないでくださいね。チハたんはもう少し前に。」
「お、おう。」
ロリの代わりにキューポラの上に仁王立ちしたユズは目を閉じて両手を肩の高さまで上げて広げた。
グロリアとジゼルにはユズの手の先から蜘蛛の糸のように細い魔法の糸が無数に伸びてゆくのが見えた。
とフィムが少年ぽさを残した顔に驚愕の表情を浮かべた。
「お、おい。俺にも見えるってどのくらいの魔力を込めているんだ?」
「フィムにも見えるのか。俺だけ仲間はずれだな。」
いつのまにか戻ってきていたジョルジュが目をすがめて見つめたが、平原には何も見えなかった。
「ジョルジュはそれでいいんですよ。」
「どうなっているのか、説明するのじゃ。」
「ここにも仲間がいたな。おい、俺にも教えてくれ。」
「はいはい。えぇっとね、ユズちゃんの手の先から出た魔法糸がふわふわと風に流れるように広がっているわ。で、さっきロリちゃんが川の跡だって話していた窪地のところから地面に潜っているわね。」
「その先は見えるか?」
「……っと。凄まじいわね。地面の中に網の目のように糸が這っているわ。」
「なるほどのう。ところでジゼルも同じようにできるのかの?」
「うっ、私は精霊魔法の方が得意だから、ここまでは無理ね。噂には聞いていたけど、『青の部族』は凄まじいわね。ロートバルトに限って言えば、多分コッペリアなら同じようなことができると思うけど。」
「コッペリア? あの、受付嬢じゃな。」
「ええ、彼女は子供が小さいから受付をしているけど、それまでは南部でも有名な魔法使いの冒険者だったのよ。」
「幼い子供がおるのじゃったら仕方がないのう。」
「うん。まだ五歳くらいだから、あと一六〇年は無理ね。」
「随分と気が長いのう!! 」
「人族でいうと、まだ生まれて数ヶ月くらいでしょうか。ここから急に成長しますけど、大人とみなされる時期までは親離れできませんから、仕方がありませんね。
コッペリアさんは王国でも一、二を争うくらい優秀な魔法使いだったと聞きますが、同族の方と結婚されたので、一時的に冒険者は引退されたそうです。
ギルドは優秀な人材を確保しておきたいので、職員にして確保しているんだと思いますよ。
あと、エルフは、まあなんと言いますか、気が長い種族ですので、そんなもんだと思ってください。」
「ところで、ほら、もう少しでユズちゃんの作業が終わるわよ。この後はどうするの?」
「うむ、地雷原をさけて、平原の奥の方にゆくのじゃ。チハたん。」
「はい。なんでありますか?」
「小鬼たちに見つからぬように隠蔽しながら進むのじゃ。」
「了解致しました。」
「ユズよ。準備は終えたのか? だったら移動するのじゃ。」
「了解。」
ユズはくるりと両手をひねってキューポラから降りた。ロリは定位置に戻り、チハたんはバックをして、移動をはじめた。
その頃、アニカはジェラルドの指示通りに、遠距離攻撃を得意とする魔法使いや弓士たちをロートバルト市壁から歩いて一〇分ほど離れた採集ルートまで連れて行った。
そのままではロートバルトの門にまっすぐ繋がるルートのために、丸太を組み合わせて作った阻塞(バリケード)を勢いを殺すようにジグザクに配置して、小高くなったところと阻塞(バリケード)から抜けてきたところの正面に半数を、残りを阻塞(バリケード)の外で小高くなった地帯の裏に配置した。
「後は、マムルクの方々ですね。」
「アニーさぁ。」
「コッペリア。どうしたのですか? 伝令が終わったら、子供のところに戻ってよいと言っていたはずですが? 」
「スワニルダは旦那に預けてきたさぁ。アニーさぁよ、おらだってギルド職員だ。こっただときに前線に出ないで、冒険者のやつらさをゆかせるようなことはできね。」
「まったく、昔からあなたは不器用な方ですね。」
「おらたちさからすっど、アニーやギルマスたちと組んでた時なんて、昨日とおんなじようなもんだべさ。アニーさぁらはおらからすっど、せっかちだ。」
「まったく。エルフに時間感覚にはいつまでたってもなれませんね。スワニルダちゃんのためにも無理はしないでくださいね。お母さんを怪我させてしまったなんて、私も彼女に顔向けできません。」
コッペリアは端正な美しい顔でニヤリと笑った。
「わがっとる。」
「予定変更です。配置換えをしますよ!! 」
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