第21話

プレゼント選びってたのしい



 ロリの心配をよそに一行は順調に行程を進み、彼女にとって見覚えのある谷までやってきた。


 「チハたんよ。ここいらかいのう。」


 「そうでありますなぁ。ここからは師団長お一人でお進みください。」


 「うむ。」


 ロリはチハから降りて、一向に語りかけた。


 「すまぬが、ここからは妾一人でゆかねばならぬようじゃ。そちらはここで待機をしてもらえぬか? 」


 「でん…、しかし、危険では?」


 「もう少しゆくと結界があるはずじゃ。そこから先には、妾以外は入れんと思うのじゃ。」


 「では、皆さんにこの周辺の安全を確保してもらいましょう。」


 「おう。」

 「やっと出番が来たわね。」

 「さすがにこれで報酬をいただくのは気が引けていたので、結構ですよ。」

 『夏至の暁』のメンバーはそれぞれ獲物を手に嬉しそうに不敵な笑顔を見せた。

 すると姿が見えなかったフィムが森の奥から姿を現した。


 「ああ、やっといたよ。大丈夫だと思う。」


 「ちょぉっとぉおおおおお!!!!! 森はエルフの見せどころでしょうよぉぉぉぉぉ!!! 何しちゃってんのよぉ!!!!!」

 「おまえっ、俺らの仕事を取るなよ!!!」


 「いや、斥候は俺の仕事でしょ?」


 「ともかく、問題ないのじゃったら、行くぞ。そうじゃ、フィムよ。石でできた像を見なかったか?」


 「ああ、そのまま真っ直ぐ行くとすぐにあるよ。」


 「ありがとうなのじゃ。」


 ロリは肩の力を抜いて、一人で進んだ。

 明るい広葉樹林の中、午後の暖かい光に照らされてお地蔵様がロリに微笑んでいた。

 彼女はお地蔵様の前にしゃがみ込み、ごく自然に手を合わせた。


 「なむなむ。このようなところでもお勤め、ほんとうにありがとうございますのじゃ。」


 目を開くと、目の前のお地蔵様の優しい笑顔がさらに大きくなったように感じた。


 「じゃあ、先にゆかせていただくのじゃ。」


 ロリは立ち上がり、編み上げの黒い革靴に包まれた左足を宙にあげて、何もない空間めがけて蹴るように踏み出した。


 無事、結界を越えたロリは洞窟にまでたどり着いた。奥まで陽の光は差し込まなかったが、うっすらと蛍のような明かりが洞窟の中を照らしていた。


 「気がつかんかったのじゃ。存外明るいものよのう。さて、サンパチちゃんは確か木箱に………」


 ロリはまだ真新しく見える木箱の蓋を開いた。

 中にはきのう作られたと言っても良いほど、真新しく見える三八式歩兵銃が詰め込まれていた。彼女はそれを一〇丁ほど取り出した。そのほかにも着剣するための銃剣や軍刀、水筒などの装備とそれからロリがお直しをしてもらった軍装を各サイズ取り出した。


 「量が多いのじゃ。いくら何でも一人では持てぬぞ。」


 ロリはそれから木箱の蓋をソリがわりにしてみるなどを試してみたが、整備されていない野山では無理と悟り、何度も繰り返し運び出すことを選んだ。 

 アニカたちは手伝うと申し出たが、結界を超えることはできないことは試すまでもなく理解できていたので、何とも寂しげな微笑みを浮かべて断った。 

 一通り運び終えたのは日が沈む直前だった。


 パーティーメンバーはチハたんを風除けにするようにして、軽く地面を掘って、焚き火をしていた。火にかけられた鍋は暖かなスープができて、良い香りを漂わせていた。

 ロリが戻って来たことにユズが気がついて彼女を迎え入れた。


 「おつかれさま。」


 「うっ、腕がプルプルするのじゃ。腰もバリバリなのじゃぁ。」


 「回復魔法(ヒール)、使う?」


 「うっ、こ、こんなことで使うなど……屈辱なのじゃ……はよ、かけるがよいぞ。」


 「はいはい。」


 なまぬるい笑みを浮かべて、ユズはプルプルと震えているロリの頭の上に両の手をかざした。


 「はい、どーぞ。」


 やわらかいあかりと温かみが伝わり、ロリの体が軽くなった。


 「ぅほぉぉぉ……… 楽になったのじゃ。すまぬのう。」


 「いえいえ。それで、目的は果たせた?」


 「うむ。」


 ロリはユズの目の前に三八式歩兵銃を突き出した。


 「これがその魔道具なの? 不思議な形をしているわね。」


 「使い方はジゼルに聞いてみるとよいのじゃ。妾では若干長くてうまくもてないのじゃ。」


 うなずいたユズは銃口をのぞいてみたり振り回してみたりと色々試していたが、構えかたがわかったのか、引き金に指をかけたまま、腰を下ろしているパーティーメンバーに銃を向けた。


 焚き火を囲んでいたジゼルが気がつき、慌てて彼女に飛びかかり、ユズから銃を取り上げて頭にゲンコツを叩き込んだ。


 「イッタ〜イ!!」


 「痛いじゃないわよ、バカ!! あんた、みんなを殺す気なの!? 」


 「へっ?」


 「ったく!! こっち来なさい、使い方を教えるから!!」


 右手を強く引っ張られて、人気のない場所へとよろめきながら連れ去られたユズは涙目でジゼルが三八式歩兵銃を構える姿を横で眺めていた。


 ダンッ!!


 ロリの持つマウザーよりも数倍大きな音とともに、立木の真ん中に穴を開けた威力にユズは目を見張り、震えた。


 「フルプレートの騎士が盾を構えても、貫通させてけがを負わせるくらい簡単にできるわよ。実際に、小鬼(ゴブリン)だったら二体ほど胴抜きして倒したんだから。」


 「…………ごめんなさい。」


 「これって、魔導具にしては発動がすごく簡単なの。呪文もいらないし魔力の充填は勝手にやってくれるし、次弾を打つ前にこのボルトを動かすだけで済むのよ。そして見た通り、すごく強力でしょ。本当に簡単にモンスターや人を殺すことができるわよ。だからこそ、持っている人間は自制と注意が必要になるのよ。」


 「はい。」


 「で、これをポイッと渡した張本人はどこかしら?」


 「あそこで寝ています。」


 ジゼルは寝袋にくるまって寝息を立てているロリのところまで荒い足音を立ててやってきた。


 側に人が来ても一向に起きない少女の肩を爪先で小突いて目を覚まさせた。 

 

 「う〜ん、なんじゃぁ〜。妾は疲れておるのじゃぞ。」


 「うるさいわね。ユズに最低限のことも教えないで渡すから、もう少しで私たちを撃つところだったじゃないのよ!!」


 「妾はジゼルに聞けと言って渡したのじゃぞ。」


 「そ、れ、で、も! 銃口を人に向けるなとか、引き金を指にかけたまま持つなとかは、はじめに言っておくことでしょ!!」


 「うぅ……それはすまんかったのじゃ。ユズなら大丈夫と思ったのじゃったがのう。」


 「どんな人でも何するかわからないことだってあるんだから、気をつけなさいよ。

 まったく、頭の働きが落ちるほど働くからよ。

 結界に他の人が入れないのだったら、私たちが行けるところまで荷物を運んで、そこから先は頼めばよかったじゃないの。全部、自分でしようとするからよ。」


 「むぅ、すまぬ。」

 グゥ。


 謝罪の言葉とともにお腹の音が日の沈んだ森に響いた。

 肩をすくめたジゼルはロリの頭を撫でた。


 「もういいわ。ご飯を食べなさい。」

 「うむ。」


 寝袋の口を止めるジッパーはこの世界では再現ができなかったので、ロリが提案したずらりと並んでいるボタンを半分ほどまで外して、中から出て来たロリは火を囲む仲間のところに向かった。ジョルジュはロリに声をかけて、場所を譲った。


 「おう、起きたか。」


 「うむ。ユズよ。疲れたとはいえ、すまんかったのじゃ。そちらも悪かったのじゃ。」


 「気にしていないよ。振り回した私が悪いんだし。」


 「まっ、なんともなかったんだから、もういいよ。それよりスープだけだけど、あったまるよ。」


 「もらうのじゃ。」


 グロリアが差し出した木の器に盛られたスープはよく分からない根菜と肉団子、そして山盛りのハーブが入っていた。


 一口すするとピリッとした辛味と爽やかな酸味を舌が感じ、その後に旨味がじんわりと広がった。


 「変わった味じゃのう。じゃが、温まるのう。」


 「ジョルジュさんの里の味なんだって。私の里でもこんなに変わった味のスープはなかったな。」


 「ああ、南の小王国群のなかには砂漠が広がっているところもあってな。昼間は暑くても夜は冷えたりとしてな。汗もかくし、こんな味が好まれるんだ。」


 「所変わればというやつじゃのう。肉団子は大丈夫なのか?」


 「ユズのアイテムボックスに入れれば、一月ほどもつと言われてな。市場で仕入れてきた。」


 「ほう。なるほど。いや、珍しいものを馳走になったのじゃ。うまかったぞ。ジョルジュ。」


 「いや、作ったのはフィムだ。あいつは料理が上手いんだ。」


 「ほぉ。ジゼルよ、親戚に随分と差をつけられているようじゃな。」


 「うっさい!! 白エルフは森の恵みを十分にいただくために変に弄らないだけよ。」


 「だからって、葉物野菜を手でちぎって皿に山盛りしてそれだけって、いくらなんでもないですよ。塩すらかけないで、バリバリと食べている様子はウサギのようですよ。」


 「外食しかしないグロリアに言われたくない。」


 「どうやら『夏至の暁』の男どもが料理上手なのは、それなりの理由があるというわけじゃのう。」


 「女が料理をするっていう考え自体が古くさいのよ。私たちは冒険者で稼いでいるんだから。」


 「そうですよ。この件に関してはジゼルを支持します。」


 「いざとなったら美味い料理の一つでも出せるのだったら、それなりに格好のつく発言じゃがのう。さて、戯言はここまでじゃ。」


 空になった木の器を隣のジゼルに渡したロリは立ち上がり、夕刻からずっと運んできた物資の山にゆき、いくつかを手にして戻ってきた。


 「さて、今回は急な妾の申し出にも関わらず依頼を受けてもらったそなたらに褒美じゃ。ギルドマスターからそれ相応の依頼料はもろうておるじゃろうが、これはそれに加えて、妾の気持ちと思おて、気持ちよく受け取ってくれるとありがたい。」


 「そんな、気にしなくてもいいんだぞ。たまたま暇だったんだからな。」


 「そんなわけはあるまい。よいから受け取るのじゃ。」


 ロリはジョルジュに四振りの短剣を押し付けた。


 「これは銃剣といって、ジゼルに渡したサンパチちゃんの先につけて、槍のように使うものじゃが、妾のように腰に差して、短剣のようにも使うことができる。飾り気はないのじゃが、日常遣いとしては十分じゃろう。」


 頷いてジョルジュはメンバーに一つづつ渡した。それぞれが鞘から抜くと日本刀のような片刃で刺突を目的とした作りのために刃は中程でなくなっていた。

 たき火の炎を照らして光る白刃がまぶしかったが、唯一フィムのものだけ黒く塗られて刃の側の鍔がくるりと回っていた。


 「へぇ。こりゃいいな。ちょっと長いような気もするが、光が映らないから俺のような仕事に向いているよ。ありがとうね。」


 「気にするな。そして、これはアニーにじゃ。今も腰にぶら下げておるようじゃが、そなたはレイピアを使うそうじゃな。」


 「えっ? あっ、はい。そうですね。」


 「剣の使い方は違ごうとると思うが、これなどどうじゃ?」


 「ええっと、拝見させていただきます。」


 アニカは焚き火にあたっている仲間の後ろを周り、ロリの目の前にひざまづいて、両手で軍刀を受け取った。


 褐色の鞘に収められて、茶褐色の組糸に鮮やかな赤の房飾りのつけられた軍刀はこの世界で初めて見る形状をしていた。


 かちゃりという音がして引き抜くと真鍮のハバキが姿を見せた。横には朱で恩賜の文字が刻まれていた。さらに抜くと片刃の刀身が姿を表した。


 腰から優美な反りが見られ、地鉄の色、刃紋の姿とこの世界に見られるような剣とは異なり、怜悧な空気を漂わせるその姿は女性的ですらあった。


 「こ、これはよいものですね。」


 「妾も一振り持っておるが、それよりも美しいのではないか? よかったのう。」


 「…………これからも一層励みます。」


 アニカはそっと刀を鞘にしまい、うやうやしげにこうべを垂れた。


 「それとマウマウをもう一丁見つけたので、ジェラルドには帰ってからそれをやるつもりじゃ。」


 「ジェリーは魔法が使えないのですが。」


 「ふん。じゃからよいのじゃ。飾っておけとゆうつもりじゃ。」


 「まあ、それもよろしいかと思います。私もこれの使い方となると少し考えてしまいます。」


 「そうじゃろうのう。刃こぼれで済むならよいが、下手な使い方をすると折れ曲がりそうじゃからのう。」


 「う〜ん。そうねぇ。ジョルジュ向きじゃなさそうね。」


 「ああ、おれはこんな細い剣は使えねぇよ。」


 ジョルジュは肩をすくめた。


 最後にロリはユズに一着の服を差し出した。


 「妾がいま着ているものと同じ服じゃ。これらを作った国では軍装と呼ぶそうなのじゃ。大きさが合わなければ、あそこから探すが良いぞ。手直しはミルシェの店に頼むからのう。」


 「ありがとうございます。」


 「一応、パーティーの制服のつもりじゃ。そろいの服があると面白いじゃろ。」


 「ロリちゃんは考えることが、お貴族様みたいだよね。」


 「そんなこともあるまい。酒場で眺めておると、揃いのバンダナや鎧や剣などの色を合わせたりしておるパーティーもたくさんおったのじゃ。」


 「あれって、同郷の人たちで作るパーティーに多いよね。」


 「やっぱり郷土意識とともに結束を強めようと思うのでしょうね。そう言う人たちはギルドの中でも比較的きちんとした人が多いので、好感を持てますね。」 


 「サブギルマスは見るところが違いますね。」


 「そんなことはありませんよ。」


 微笑みながらアニカはカップに白湯を注いだ。


 「少し冷えて来ましたね。ロリちゃんはそろそろ寝袋の中に入りましょうか。」


 「…もう少しと言いたいところじゃが、もう眠いのじゃ。それでは頼んだぞ。」


 「はいはい。じゃあ、今晩の見張りでも決めましょうか。」


 フィムが気楽に答え、懐からこよりを取り出すところを横目にロリはまた寝袋に戻った。

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