第17話

仕事がなければ休めばいいんです




 朝、依頼書を張る掲示板の前でロリはずっと唸っていた。


 「ここしばらくはまったく『みなし』への依頼がないのう。薬草でも稼げる事は稼げるのじゃがのう。」


 彼女はそのまま、ギルドの受付に足を運び、爪先立ちをして窓口の女性に声をかけた。


 「すまんが、常時依頼の薬草は何があるかのう? 」


 「ロリちゃんでねが。いんやいや、お前さんに声をかけようと思ってたんだよぉ。よがったわぁ。」 


 エルフの見目麗しい女性の口からはきついロートバルト訛りの言葉が発せられた。初めて言葉を交わしたロリは驚いて一歩後ずさった。


 「なんじゃ? なんぞようか。」


 「んだなっす。薬草なんだけんどよ、お前さんがいっぱい稼いでくれたんで、値崩れが起きてんだわ。」


 「そんなにか? えぇ〜……」


 「んだなっす。なんも、薬草取りはお前さんだけがするわけじゃねえだよ。他の『みなし』のわらしっこたちも取ってくるんだ。だがら、今は薬屋の納屋さ、山ほどあって、薬さ作る前に枯れるから、休ませって言われてんだわ。」


 「じゃあ、他の依頼は何かないのか?」


 「んん〜? 依頼書さ張るとすんぐわらしっこが取っちまうからなぁ。ロリちゃんももっと早くさこねば、割さ食うぞ。」


 「早起きは…面倒なのじゃあ…… 仕方がないのじゃ、休むことにするのじゃ。」


 「薬草さ、また元値になったら、呼ぶから。それまでお茶挽きだなっすなぁ。」


 「ほ〜い。」


 仕事がなくなったロリは肩をすくめて、テントのある馬小屋に戻った。仕事用に着込んでいたチュニックとパンツをテントの中で脱ぎ捨てた彼女はミルシェの店で買ったワンピースに着替え、素足に柔らかい薄桃色のヒールのない靴を履いた。一応の護身としてベルトを巻いてマウザーを持った。


 出かける準備ができたところで、チハたんの前に立ち、休みになった説明した。


 「なんと、お休みでありますか。」


 「うむ、仕事がないのじゃ。だから、街にゆこうと思う。」


 「お供いたします。」


 「いや、目立つので無理じゃろ。ジェラルドにも街で乗り回すなと言われておるしの。」


 「でありますか。致し方ありません。」


 「では行ってくるぞ。」


 「はい、気をつけて。」


 ロリは南大通りを目指して歩いた。冒険者たちもおのおの仕事に出向いたようで、噴水広場も赤ちゃんを連れた母親や子供、そして隠居した老人たちがゆったりと過ごしている様子が見えてきた。


 ロータリーではキャラバンの馬車が目的の方向を目指してゆっくりと広場を回っていた。人々はその間を抜けて歩いている。ロリもそれに混じり、南の大通りを目指した。


 南大通りの起点は菱形の中に漢字の井のような模様のあるデザインが額に彫られたグリフォンの彫像が入り口に飾られた大型の商店があった。

 ここはロートバルトではじまり、ヴァイツローゼン王国をはじめ、各国の王都にまで支店を置く大店、シラーフシュツット商会が経営する店で青果から武具まで揃うと評判の品揃えだった。


 「う〜む、なにやらあの不届きものの『にぃと』が残してゆきおった記憶をいたく刺激する店構えじゃのう。」


 ロリの世界では漢字などはなく、アルファベットのような表音文字を持って言語の記号としているため、シラーフシュツット商会の店の紋章のようなデザインはすごく珍しい。


 二つの大きな財閥のアイコンを組み合わせたようなマークを『でぱーと』なる大店の守護獣にした獅子由来のモンスターの彫像に掘るなど、偶然にしては出来過ぎに感じてしまっていた。


 「これを見て、何やらざわざわとしてしまうのは、あやつの記憶に囚われてしまっている証拠なのかのう。とすると、妾という人格の主体はあやつに侵食されてしまっておるのか? 自分が昔どうだったかなど覚えておらぬゆえ、比較できぬのがもどかしいのう。」


 眉を寄せて店構えをにらみつけていたロリだったが深いため息をついて、また歩きはじめた。


 「考えすぎも毒じゃ。答えが出ぬ以上、どうすることもできぬ。さっさと用事を果たすことにするのじゃ。」


 早足で大店が並ぶエリアを抜けたロリはひと段落した朝市が並ぶ通りをすぎ、ジゼル達に連れて行ってもらった泥棒小路に足を向けた。


 爽やかな青空が広がっていたロートバルトであったが、そこいら一帯は薄暗く、道の石畳の端も緑色っぽいものがこびりついていて、何とは無しにジメジメとしているような印象を与えた。


 その中の小さな構えの店の真鍮の取っ手を押した。


 「ミルシェとやらはおるかの? 」


 「とやらとは何よ。いるわよ。いらっしゃい。」


 「おはようなのじゃ。お主に頼んでおったものを受け取りに来たのじゃ。」 


 「ああ、あれですわね。できていますわよ。服のお直しも終わっているし、ちょっと着てみてくださいな。」


 パタパタと奥に戻ったミルシェは両手にいっぱいのものを持って戻ってきた。彼女から丈の長かった軍装を受け取ったロリは袖を通した。


 「おお、ちょうどよいのじゃ。下も合わせてくれたか?」


 「下なんだけど、そもそも作りが大きすぎて無理だったわね。違うのを合わせてみるほうがいいですわよ。それにしてもあなたの持ち込んでくれたお洋服はどれも布の品質といい縫製といい、高級品として通用しますわよ。」


 「そうなのか? 妾はあまり気にしたことがないのじゃ。」


 「あなたは普段からいいものばかりを着ていたのでしょう? 言葉遣いだって、そこいらのお貴族様よりも偉そうですし。」


 「ああ…… これはな、その、方言じゃ。気にするな。妾の家族は皆このようなものじゃ。」


 「どこの地方よ!? 聞いたことがないわよ! 教えなさいな!! 」


 「それよりも下はどうするかのう?」


 「えっ? あっ、そうね。これで冒険者のお仕事をするのですわよね。タイツにスカートでどうかしら? 」


 ミルシェが出して来たのは、中世ヨーロッパではショースやホーズと呼ばれた麻生地の厚地の白いタイツに赤いミニスカートだった。


 「このタイツはへそまであるからお腹が冷えなくて、お子ちゃまにも大丈夫ですわよ。」


 「そちも同じようなものではないか。男どもを惑わすと評判のリリス族の血が流れている割にはまだ子供の妾と同じような見た目じゃの。」


 「……………………」

 「……………………」


 「イカ腹娘。」

 「大平原。」


 「…………………………………………」

 「…………………………………………」


 「フフフフ…………」

 「クスクス…………」


 ガッシ!!


 二人の少女が両手をつなぎ、フィンガーロックを決め、手四つの力比べが始まった。


 両者の力は拮抗し、頭をこすりつけるように押し付け合う。頭蓋骨からはギリギリと音がするような圧力がかかっていた。


 若干背の高いミルシェが両肩をあげて高い位置からロリを押し付けるように両手に力を込めた。 


 「ププッ。ぼ、冒険者風情がこの程度なのぉ?」


 「わ、妾はじっ一二歳じゃぁ……そちは、見た目はあれじゃが、もう育ちきっとるのじゃろう? 大人が弱いのぉ。」


 「フンッ!!」

 「グゥッ!!」


 さらに力を込めたミルシェによってえびぞるように押し込められたロリは膝を曲げ、力をそらした。圧力を逃がされたミルシェの勢いをそらしたところで、ロリは相撲の電車道のようにミルシェを押した。


 「なんのッ!!」


 ミルシェの両足はぐんと床を踏みしめて数歩でロリの進撃を止めた。そしてそのまま両手を下に持ってゆき、彼女の手首をひねり上げた。


 「くっ!!」


 にらみ合った二人だったが、ロリのひたいには汗が滲みはじめた。余裕を見せたミルシェは笑みを浮かべた。


 「ふんっす!」


 気合いとともにロリは頭を下げて、ミルシェの鳩尾に後頭部を滑らせた。


 「な、何をするつもりですか!?」

 「こうじゃっ!!」


 ロリはそのままミルシェの上体を背筋の力で持ち上げて足を浮かせた。そこから膝の力で自分自身も跳ね上がり、彼女を跳ね飛ばした。


 「ギュゲッ!」


 飛ばされたミルシェは床にしたたか打ち付けられて潰れたような声をあげた。


 「か、勝ったのじゃあ……」


 よろめきながらロリは両腕を上げたが、そのまま彼女も目を回しているミルシェの隣に前のめりに倒れてしまった。



 「じゃあ請求書は『夏至の暁』に付けて置くわね。」


 「わかったのじゃ。たっぷりと絞り取ってやって良いのじゃ。」


 「そんなことはしないわよ。当店は適正価格がモットーなんですからね。」 


 先ほどのことなどなかったがごとく、ミルシェの入れた緑茶をまったりとすすりながら二人は会計の話を進めた。

 ひと段落がついたところで、ミルシェはロリの発注通りにできた綿入りキルティングで人が一人すっぽりと包まり、顔を出すことができるような大きな袋を指差した。


 「あと、このなんていうのかしら、寝具?」


 「『寝袋』じゃな。袋のような布団に入って寝るので『寝袋』じゃ。」


 「なるほどねぇ。この『寝袋』にうちの父が興味を持ったのよ。で、忙しくないんでしょ? ちょっと付き合って欲しいんですけど。」


 「確かに暇じゃな。良いぞ。そちの父に合えばよいのじゃな。」


 「そうよ。今は多分忙しいから、もう少ししたら出かけましょう。」


 「うむ。」


 ミルシェが連れて来た商館の門前にあるグリフォン像を見上げたロリはため息をついた。


 「ここか? 」


 「そうですわね。」


 「この街一番の商館の娘がなぜ、泥棒小路で店を構えているのじゃろうな。」


 「ここは父とうちの家のものですわ。あのお店は私のものですのよ。」


 「独立心旺盛といったところじゃのう。」


 「私もここで立ち続けていて余計な声をかけられたくありませんわ。裏口から入りましょう。」 


 頷いたロリを連れてミルシェは横に周り、商館員たちが出入りする裏口に向かった。馬車が何台もつけられる大きな搬出入口にたむろしている人夫たちを横目にミルシェはどんどん奥に入っていった。


 途中では身なりの良い商人たちが彼女に声をかけ、ミルシェも取り澄ました顔で頷き返していた。


 最上階の商館長の執務室につながる会議室でミルシェの父親はロリを待っていた。


 にこやかな表情でロリと寝袋の商談を済ませた彼は、アイディアの買い取りを一括ではなく、前年の利益の一割を次年に分割して支払うというロリの申し出に眉をひそめた。


 「別に妾とすれば、この話は棚からぼたもちといったところで、それで生活するつもりはないしのう。冒険者という不安定な仕事についたから、まあ保険といったところじゃな。あと、今年は前借りという形で一万タラでももらっとくかのう。そのぶんは来年度以降から差し引きしてくれて構わん。」


 「こちらとしてもよろしいのですが、利益の配分をごまかすとかお考えにはならかったのですか? 」


 「これだけの大商会じゃ。そのようなこすっ辛いことなどせぬじゃろ? 」 


 「鷹揚でございますね。また何か面白いお考えが浮かびましたら宜しくお願い致します。」


 「うむ。いくつかはあるのじゃ。企画書ができたら娘にでも渡しておこう。」


 「これからも末永くおつきあいのほど、よろしくお願いします。」


 「うむなのじゃ。」

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