第16話

友だち、できるかな?


 「おかげで助かりました。」


 『青の部族』と呼ばれる遠方の民の少女、ユズはロリに深々とこうべを垂れた。


 彼女が発見された日から四日目、栄養剤入りの魔力水球の中に封じられていたユズはやっと出ることを許された。


 その間に洗濯された衣服はユズの詰め込まれた石棺の隣に置かれていた。石棺には乾燥防止に濡らした布がかけられていて、定期的に霧吹きでしめらされていた。


 目が覚めたユズは自分の置かれた環境にパニックになってしまい、呪文を唱えようとしたが、呼吸のためのマウスピースでがっちりと口を押さえられていたためにさらに混乱してしまい、気がついた看護官が彼女を取り出した時には、色々とデロデロに濡れて汚れていた。


 共同浴場から上がり、旅の垢を綺麗に洗い落とした彼女はモカ色の肌にシルバーのセミロングの髪がとてもよくにあった褐色美少女だった。


 ダークネイビーの瞳はまだ疲労のためか、やや力がないもののしっかりとした顔つきでロリとジェラルドを見つめていた。


 「だいぶ元気になったようだな。」


 「ええ、まだ固形物は食べさせてもらえないようですが、しばらく食べ物を胃に入れていなかったので、空腹感がないんです。」


 「そうか、ところでユズといったか。君はダ・ディーバ族の町から一人でここまでやってきたのか?」


 「ひ、ひとり!? ぼぼぼぼっち…… あ、あの…………そのぉ、うぅ、ええ、そうです。」


 「ちょっとダ・ディーバ族について調べさせてもらったが、成人の儀とかで一年間の旅に出るのが昔ながらの風習だとか聞いたが、それでか?」


 「はい。」


 「こっちまで来るのは今まで例がないな。それって、何人か集団で旅に出るものなのか?」


 「そそそそそんな決まり事なんて、ななななないですぅよぉっ!! けけけけけっして、わわわわわたしがハブかれただなんて、あああるわけ、ななななないですよぉ!! 」


 何かを察した様子のジェラルドは優しい目で頷いた。


 「おっ…おう…そ、そうだな。ここから、本番なんだが、ユズよ。」


 「は、はい……」


 「ルートを覚えているか?」


 「は…あ…?」


 「お前さんは自分がどれだけの偉業を成し遂げたか、よくわかっていないようだな。前人未到だったキーロフ平原の単独横断を成し遂げたんだぜ。しかも十代でだぞ。お前さんがやってきたルートを辿ることができれば、西の沿岸地帯とここでキャラバンが組めるかもしれねぇ。」


 「はあ………」


 「ほう。確かにじゃな。沿岸の塩などわざわざ船で大陸をぐるりと回って運ぶ必要がなくなるのう。」 


 「噂を聞きつけた商人たちが目の色を変えてユズのことを探し回っているぜ。今んところ、うちで隠しているがな。」


 「ど、どうしてですか? もしかして、私を……」


 「まずはルートを聞き取って、冒険者ギルドと商人ギルドの共同出資で検証をするクエストを発注する。それで安全性が確保できるなら、改めて街道を作るように進言してもいいし、整備しなくても、商売の匂いを嗅ぎつけた商人たちが勝手に道を作ってゆくだろうし、どちらにしても儲け話になるってもんさ。とりあえず、俺らは唯一の踏破者であるユズを変な奴らから守ってゆかなくてはこの話は進まないからな。」


 「へっ? はぁ。そうなんですね。わかりました。ありがとうございます。」


 「なにと勘違いしたんだよ。じゃあ、聞かせてもらおうとするか。っと、ロリちゃんにはちょっと聞かせられないから悪いけど。」


 ジェラルドは親指で扉を指差した。ロリも頷いて、自分のテントに戻った。 


 ユズからの聞き取りはさらに三日ほどかかった。


 彼女がこまめに日記をつけていたことからかなり具体的にルートを詰めることができたようで、ジェラルドと商人ギルドの職員は満足げな表情で地図を指し示しながら、クエストの条件を詰めていた。


 この間、聴取に疲れたユズはロリのテントにやってきては、蜂蜜をたっぷりと入れたカッフェを飲んでくつろいでいた。 


 「それにしても、ユズは荷物など持っている様子はなかったのに、どこに日記帳を入れておったのじゃ?」


 「あぁ、ロリちゃんは魔法が使えないんだっけ。空間魔法の一つでアイテムボックスよ。ホラッ。」


 そう言ってユズは真っ青な藍染のガウンのようなマントのような民族衣装の懐から手頃な大きさのツボを取り出した。


 「不思議なものじゃのう。どこに入っておるのじゃろうな? 」


 「それはわかんないよ。調べようとした人もいたけど、生きていたら中は見ることができないんだって。使いこなすとあったかいものはそのままにして何年も腐らないようにすることができるけど、私はまだまだよ。」


 「さらに不思議じゃのう。ところで、それはうまそうじゃな。」


 話をしながらユズはツボの蓋を開き、中から茶色い塊を取り出してかじっていた。興味を持ったロリがねだると小さなかけらを手渡した。


 「黒砂糖のお菓子よ。もうあんまりないんだよ。」


 「あれだけ糖蜜を入れたのにまだ甘いものを求めるのか? 虫歯になるのじゃぞ。」


 「あはは。私たち『青の部族』は魔法を使うから甘いものが必要なんだよね。頭が疲れちゃうから。だから、大人の人でも黒砂糖やお菓子をつまみにお酒を飲むくらい、大好きなんだよ。」


 「世の中広いのう。うむ、美味しいのじゃ。ユズよ、早くルートを開いて、このうまいものを手に入れるのじゃぞ。」


 「私がゆくわけじゃないから、いつになるのかわからないよぉ。」


 「まあ、そうじゃのぉ。ところで、ユズはこの後、どうするつもりなのじゃ? 旅を続けるのか? 」


 「あぁ…どうしよっかなぁ…………

 ホントはね、私、こっち来るつもりなかったの。同期の子達の船で南にゆくのに、乗せてもらえるはずだったんだけど、港にゆくと誰もいなくって、待ち合わせの宿で渡された手紙には、船便が早まったから行くねって……書いてあったんだ………。

 次の便はないし、里に戻るのもバツが悪いし、東にゆくキャラバンに同乗させてもらえることになったからついて行ったんだけど、里の隣の村で終わりだって言われたし、そんなの旅じゃないし、仕方がないからアイテムボックスに詰め込めるだけの水と食べ物を入れて東の草原を歩いていたんだけど、人なんかいないし、その代わりに大きな獣やモンスターが私を食べようとするし、夜も襲って来るから、ゆっくり眠ることができないし、すっごい深い谷があってそこを降りたら、ギガアントの巣があるし、もう大変だったんだよ。」


 「ほ、ほう…なかなか、波乱万丈だったのじゃなぁ。」


 「そうなんだよっ!! もう死ぬかと思ったことだって何度もあったんだからぁ………。 でも、今更里に戻っても他の子達の顔なんか会いたくないしぃ。」


 「いじめ………ハブ………」


 「そんなことないから!! みんないい人なんだよ!! ただちょっと、きっと、多分、私が待ち合わせの日時を聞き間違えたんだろうなぁってのと、みんなが先に準備ができたから、私が出遅れただけなんだよ!! きっと、…………多分………。」


 「ユズはよい子じゃのう。成人の儀で旅に出たからといって戻る必要もなかろう。しばらくこの街にいるのも一興じゃぞ。」


 「うん…… それもいいっかなぁ……」


 少し考えていたユズは頷いた。




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