第12話

外国での買い物ってドキドキします。




 ジゼルとグロリアが案内してくれたのは、盗賊小路と呼ばれる大きな通りから外れた庶民的な商店街だった。


 「盗賊小路とはなかなかふるった名前じゃの。なんじゃ、盗品でも卸しているのか? 」


 「ふふふ。そう思えるほど安いってことよ。あとは雰囲気がねぇ。」


 「なるほどのう。確かにそんな感じじゃな。」


 よそよりも細い小路に背の高い集合住宅が軒を連ね、日を遮っている。よく見ると商店で働いている人たちも一癖ありそうな顔立ちをしている。


 「まずは何が欲しい?」


 「うむ。色々欲しいものがあるのじゃが、着替えとふかふかのタオルが欲しいのう。あとは先ほども話したのじゃが、小さな腰掛けとテーブル、お湯を沸かすためのやかんがあるといいのう。」


 「欲しいものがたくさんですね。じゃあ、回りながら見てゆくことにしましょうか。」


 「そうするかの。」


 グロリアの先導で服屋を目指すことになった。道すがら店を眺めると、青果店や肉屋、パン屋といった地元に根ざした店から占いや呪い(まじない)、魔薬店といった怪しげなもの、そしてモンスターの骨が飾られたなんの店かよくわらからない店まであった。


 服屋はやや奥まったところにあった。扉を開くと陳列台には様々な布が飾られていた。 


 「いらっしゃい。」


 「……なんなのじゃ? というか、お前は誰なのじゃ?」


 「誰とはご挨拶ね。」


 ロリの前に姿を現したのは彼女と少ししか背が変わらないほどの黒髪の美少女であった。


 「いやお主、貴族でこれから何処かにゆくのか?」


 「? 盗賊小路に住み着く貴族なんていないわよ。」


 「ではなぜ、そのような格好をしておるのじゃ。」


 ロリが疑問に感じた少女の服装は確かに貴族の娘が着るようなレースとフリルの多いドレスだった。彼女はドレスの裾を貴族の礼をするように軽く持ち上げた。


 「好きな格好をするのが悪くって?」


 「おぉ、そういうことじゃな。なるほどのう。ところで店主はどこじゃ?」 


 「あなた、さっきから失礼ね。目の前にいるわよ。」


 「子供ではないか。」


 「カチン。」


 少女は口で擬音を発し、袖まくりをして、ロリに歩み寄ろうとした。それを見て、慌ててジゼルは二人の間に入り、まあまあとなだめた。


 「ロリちゃん。この人がここの主人ですよ。久しぶりですね、ミルシェ。」 


 「あなた方が一緒じゃなければ、とっくに追い出してたわよ。なんなのよ、この子? 」


 「ん〜まあ、迷子で私たちの命の恩人ってところかしらね。」


 「どういうこと? 」


 「実は…………。」


 グロリアはミルシェという名の女主人に説明をはじめた。その間、ジゼルはロリの耳元に口を寄せた。


 「ミルシェはリリス族と人族のハーフなので、人族に比べて成長がゆっくりなのよ。ああ見えてロリちゃんよりも大人なんだよ。本人も気にしているので触れないであげてね。」


 「リリス族と言えばサキュパスではないか。」


 「いろんな人がいるから。そこも触れないで。」


 「むぅ。やっかいな主人なのじゃ。」


 「なんか言ったか!? おい、そこのお前、私に何か言いたいことがあるのなら聞いてやろうじゃないか!? 」


 「なんでもないのじゃ。それよりも服を見せてはもらえぬか? 」


 「ま、まあ、いいわよ。こちらへどうぞ。」


 ロリの言葉に慌てて接客モードに戻したミルシェはロリたちを店の奥へと招いた。そして彼女はしばらくロリの体を見つめて、陳列台の上に合いそうなサイズの服を並べた。


 「あなたは貴族の子女なんでしょ? お忍びで使いたいのかしら? それともロートバルトだけの珍しい感じをご所望かしら? 」


 「グロリアも説明したと思うのじゃが、妾はこの街で冒険者としてやってゆくのじゃ。仕事着はこれで良いが、普段着や着替えが欲しいのじゃ。あと部屋着などくつろぐものと……」


 「下着も欲しいんですって。」


 「……うにゅ…のじゃ。」


 「それっくらい、可愛げがあるといいんですけどね。わかりましたわ。」 


 「うるさいっ!」


 ミルシェが選びなおしたものは萌黄色のワンピース、藍染のチュニックと桃色の七分裾のゆったりとしたパンツ、柔らかいリネン生地のネグリジェ、そして…………


 「な、なんじゃ、これは!? 」


 「こっちの地方のものよ。あなた、もしかして北部の出身かしら? ロートバルト以南であんなのをつけているとお尻にあせもができるわよ。」


 平然と広げられたそれはとても小さな三角形の布切れの端に紐がついたものと臍丈くらいのキャミソールだった。


 「う…………。 そ、それにしてももう少し穏やかな…のう……。」


 「ロートバルトではそれが最近流行りなんですよ。確かにいままでのですとウエストと裾を紐で絞りますから、蒸れるんですよね。」


 「で、であったら、妾はこういうものを提案するのじゃ! 書くものを用意致すのじゃ!! 」 


 肩をすくめたミルシェはメモに使っている紙とペンを手渡した。


 「なんじゃ、紙なのじゃな。贅沢じゃな。」


 「南の小王国で生産しているのよ。意外と安いんだから。」


 「そうなんじゃな。どれどれ。」


 ロリは弘安の記憶からいくつか思い浮かべたが、穏当な形であった女子のトランクススタイルのデザインを描きはじめた。

 ゴム紐や伸びる素材の布はないとのことで、サラサラの布地で臍あたりまで上がるウエストは紐で絞り、裾は開放しておくというメモ書きを書いて、ミルシェに見せた。


 「ほうほう、なるほどね。ふぅん。悪くないかもね。ちょっと試してみますか。でも今はないから、あなたにはこれね。」


 とミルシェが持ち上げた薄い水色の布切れにロリは首をガックリと落とした。


 「まあ、よいのじゃ。あと、もう一度紙を貸すが良いのじゃ。」


 「なに?」


 「こういうものを作って欲しいのじゃが、どうじゃ、作れそうか?」


 ロリがさらさらと書き上げたものを見てミルシェは眉をひそめた。


 「う〜ん。これは何をするものなのかしら?」


 「妾はこれから天幕生活じゃからな。これがあると便利なのじゃ。」


 手を動かしながらロリが説明すると、ジゼルとグロリアが横から覗き込んだ。


 「なんですか?」


 「うん? ううん? へぇ……なるほどねぇ。」


 「オーダーになるから、料金はそれなりにいただくわよ。」


 「そうなのか? 残念ながら、妾は一文無しじゃ。」


 「ちょっと!! じゃあ、どうやって払ってくれるのよ!! 」


 「大丈夫ですよ、ミルシェ。私たちがまとめて払いますから。それと、ロリちゃんのこれ、私たちにも作ってちょうだい。」


 「いいですわ。請求書は『夏至の暁』に送りますわよ。」


 「頼むのじゃ。」


 「どうでもいいけど、たかるにしても高飛車ですわね。」


 ミルシェはいつのまにか展示台の上に乗せられていたグロリアとジゼルの服もまとめて包んだ。


 そして、再度ロリを見つめると、服の着丈があっていないと叫んで、今まで来ていた軍服を剥ぎ取られ、強制的に購入したワンピースに着替えさせられた。


 「直してあげるわ。それにしても不思議な縫い方ね。ふふふ、研究させてもらうわよぉ。インスピレーションが湧いてくるわね。」


 「なんじゃか、怖いのじゃ。」


 「ほっときましょう。ただの発作だから。」


 ミルシェの店を出た三人はその足で寝具を売る店で枕を手に入れ、指物屋という看板の店で小さな椅子と台を見繕った。


 急にサンダルも欲しいと言い出したロリのために、少し戻って、盗賊小路にある店としては高級感漂う靴店に入ったが……


 「バッキャローッ!! 二度と来るかー!!」

 「衛士に突き出されないだけマシだと思いなさい!!」


 ジゼルとグロリアはロリを抱えるように店を飛び出した。


 「ひどい目にあったのじゃ。腕は良くてもあれでは最悪なのじゃ。」


 「まさかブーツを脱いだロリちゃんの足に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ出すとは……」

 「鼻息も荒くて、舌を突き出していましたね。あれは何をするつもりだったのでしょうか?


 「言うなじゃぁぁぁっ!! 」


 ロリはジゼルとグロリアの想起にその場でバタバタと裸足のまま、足踏みをし出した。その様子を眺めていたジゼルがロリの両腕に抱えられたあるものに気がついた。


 「あっ。」


 「どうしたのじゃ?」


 「あいつが出してきた靴をそのまま持ってきてしまったのね。」


 「……しまったのじゃあ。どうしたらいいんじゃろなぁ。戻りたくないのじゃあ……。」


 ため息をついてロリは持ち出してしまった靴を見つめた。


 「仕方がないので、もう一度ミルシェの店に戻りましょう。」


 「振り出しに戻るじゃな。」


 「なんなの、それ?」


 「さあ? こういう時に言うセリフらしいのじゃ。」


 




 「不快なことをされたから、素足で顔を踏んづけたですって? 別に気にしなくっていいわよ。あいつにすればご褒美になるんだから。」 


 「うへぇ。」


 「ミルシェも同じような目にあったような口ぶりじゃの。」


 「それは……言いたくありませんわね。ともかく、あの店主は極め付きのフェチの変態ですが、靴づくりに関しては王都の一流どころにも負けませんのよ。」


 「にわかには信じられんのう。」


 ロリは首を横にふるが、持ち出してしまったその靴はとても柔らかい皮をなめしたかかとのない靴で、靴底と縫い合わせる時にはまるで布のようにギャザーが寄せられていた。色も淡いピンクが上品な一品であった。


 「それ、彼の新作よ。舞踏団の踊り子たちの靴を見本に作られているそうよ。」


 「たしかにかわいいですね。」

 「綺麗な作りね。」


 ジゼルとグロリアは互いに顔を見合わせた。


 「この色が可愛いと思いませんか? 」

 「この作りがとても綺麗じゃない。つま先の丸みとかシルエットとか。」


 「む〜。」

 「なにおう。」


 「どうでも良いのじゃ。それよりもこの靴はどうすれば良いのじゃ。」


 「そうね。足に合っているのなら、貰っときなさい。私のお店でつけておくわ。」


 「うむ、そうしてくれるとありがたいのじゃ。店主はどうであれ、この靴はよさげじゃし、何よりも四六時中ブーツを履いていたくはないのじゃ。

 ほれ、ジゼルにグロリア、ゆくのじゃぞ。妾の頭の中はもう、お風呂でいっぱいじゃぞ。」


 「は〜い。」

 「わかりました。」


 「またどうぞ。」


 その夜は高位の小鬼(ゴブリン)も発生した村の殲滅が終ったこと、全員の無事だったことを祝し、明け方近くまで大人たちは飲み明かしていた。


 ロリはアニカの誘導で適当なところで逃げ出すことに成功し、星空を仰ぎながら、はじめてゆっくりと寝ることができた。


 テントから頭を出して、仰向けで星空を眺めていた。


 「のう、チハたんや。」


 「はっ、なんでありましょうか?」


 「よさそうな街じゃのう。」


 「そうですな。ここにて休息をしていましたが、子供たちの遊ぶ声がなんとも微笑ましかったであります。」


 「そうか。どうやら領主も善き施政を行なっておるようじゃのう。」


 「はい。そのようでありますな。」


 「では、しばらくここに腰を落ち着けることにしようかのう。」


 「小官も賛成であります。」


 「チハたんや。」


 「はい。」


 「お休みなのじゃ。」


 「はい。………どうぞゆっくりとお休みください。」

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