第10話

説明と同意(インフォームド・コンセント)


 ギルドの建物はロートバルトのメインストリートをゆき、街の中心部にある大きな噴水の広場に面した一等地にあった。


 建物自体は飾り気のないこの町特有の灰色の軟石造りの三階建てであったが、敷地は二区画をぶち抜き、それを覆う背の高い塀の向こうには修練場や倉庫、狩った魔物を解体して、買取するための建物、ギルドの早馬や大規模クエストなどに用いるための馬場や馬車置き場などがあり、まるで小規模な軍の駐屯地のようだった。


 チハたんは裏の馬場につながる門から入り、並木の奥の馬車置き場の横に駐車した。


 『夏至の暁』のメンバーは依頼の報告のためにその場で別れ、ロリはジェラルドたちについてギルド職員専用の入り口からギルド長の部屋に上がった。 


 ギルド長室は会議のためのテーブルも備えられた広い部屋と執務室の続き部屋であった。深い紅の絨毯の上には落ち着いた意匠の調度品が据えられて、そのようすは部屋の主の知性を感じさせた。


 ジェラルドはロリを応接コーナーのソファに案内した。その間にアニカは部屋の隅にある彫刻や時計の飾りの水晶に手を当てていた。四方の全てが終わると、魔力のうねりが生じた。


 「話を聞かれたくないのでね。消音の魔道具を発動させてもらった。」


 「うむ。」


 密談のために音が外に漏れないということは、この中で凶事に及んでも外に漏れないということでもある。


 ロリは自然に見えるようにマウザーのグリップをいつでも握ることができる位置に右手を移動させた。


 ジェラルドとアニカはロリの真正面に並び立った。


 ロリは生唾を飲み込んだ。


 と二人は揃って臣下の礼を取り、深々とこうべを垂れた。


 ロリは肩の力を抜き、深くため息を漏らした。


 「悟られないためとはいえ、王女殿下への数々のご無礼、ご容赦ください。」


 「……あぁ。許すのじゃ。気を遣わせたのじゃ。やはり、妾は姫であったのじゃなぁ。」


 「そうでございます。再度、名乗りさせていただきます。私はローゼンシュバルツ王国、北部地方を治めるブレイブルク伯爵が次男ジェラルド・フォン・ブレイブルクであります。」


 「わ、私は同じくローゼンシュバルツ王国、ホフマンシュツット子爵が次女、アニカ・ザイン・ホフマンシュツットでありましゅ。」


 「噛んだのじゃ。」


 「噛んでません。」


 「いや、噛んだだろ。」


 涙目のアニカは強弁したが、隣のジェラルドの軽い拳骨が頭に落ちた。


 「うむ。大儀であった。妾はカロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツじゃ。」


 いつもは尊大な態度で応じているロリはここで寂しそうに微笑んだ。


 「妾が覚えているのはこれだけじゃ。あとは自分の歳くらいなものじゃのう。両親の顔も名前も思い出せん。そなたらは妾と会ったことがあったかのう? もしあっておったなら、許すのじゃ。」


 「いえ、当家は伯爵家とはいえ、後継でもないものが王家へと御目通りはかないません。それにしても、襲撃に遭われ、御隠れあそばされたとのことでしたが、よくぞご無事でいらっしゃいました。」


 「ええ、ええ、初めてでございます。お初にお目もじ仕り、光栄でございます。それにしても、殿下のご様子、なんとおいたわしい、おいたわしゅうございます。」


 アニカははらはらと涙を床にこぼしながら首を横に振って気にしていないことを伝えた。

 

 「そうか。ところでここは妾たちの隣国と聞く。しかもそのずっと南部の辺境に接する地方じゃとも聞く。そちらはここで何をしておるのじゃ? 領事か何かかのう。」


 「いえ、ブレイクブルク家は長男が継ぐことが決まり、一番上の兄の子も男でありました。それで私はかねてからの願いであった冒険者になったんです。まあいい歳になりましたのでギルド職員になり、ロートバルトのギルド長に今年から配属されたのです。ですので、母国とは関係がありません。そしてアニカは……」


 「私はジェラルド様の婚約者ですので、追いかけてきました。」


 「ほう、それはそれは仲が良いのじゃの。」


 頬を染め、恥ずかしそうに身をくねらせているアニカを無視してジェラルドは疑問を口にした。


 「ところで、殿下はどうしてこの地にいらっしゃったのでしょうか?」


 「それはのう……………」


 ロリはジェラルドの求めに自分が覚醒した谷底の洞窟の話をはじめた。と言っても、チハたんの仲間である他の戦車や補給物資のことや自分の体を乗っ取り、消え去る際に記憶を盗んだ男のことは隠した。


 「なんとも奇妙なお話ですな。とはいえ、あの様な魔導具を見せられたなら信じざるを得ませんな。」


 「じゃな。でじゃ、妾から問いたいのじゃが。」


 「はい。なんでございますか。」


 「誰が妾を殺した。殺したと妾が言うのも変じゃが、そちらの話を聞くに実際には妾は死んでいることになっておるらしいしの。」


 ジェラルドは聞かれるだろうと心づもりをしていたが、やはり幼い王女の口から発せられると言葉が出なかった。


 「知らんのか?」


 「わかりませんとしか言いようがありません。……王女様は戦争の件については思い出すことができますか?」


 「いや、初耳じゃ。」


 「そうですか。では少しご説明させていただきます。わが国とこの国は国境を接しています。互いに有力な貴族が国の盾となり、年中行事の様に軽い紛争がありましたが、今年は違いました。

 この国の盾であった貴族、シュトロホーフェン家の長子と我らが母国の大貴族ノイエハイデンブルク家の子女たちが駆け落ちをしてしまいました。両家は 互いに相手を責めて紛争が起きました。

 しかも駆け落ちした二人にも婚約者がいて、その貴族達も収まりがつかず、それに参加するようになってしまい、とうとう紛争の域を超えてしまったのです。

 お互いのメンツもかかり、歯止めが効かなかったと聞きます。」


 「呆れて言葉が出ないのじゃ。」


 「戦争の話は省きますが、多大な犠牲を払い、国境線はそのままで停戦まで持ってくることができました。

 その結果、ヴァイスローゼン王家からは三男であるユストゥス王子が王女殿下の兄君に当たるマンフリート王子の養子に、そしてカロリーヌ王女殿下がヴァイスローゼン王国王太子であるヴェルナー王子の側室になることが決まったのです。」


 「ふん、互いに都合の良い人質を取ったわけじゃな。」


 「はい。そして殿下の輿入れ行列が東北部の街道からこの国の王都を目指している途中、盗賊と思われる集団に襲われ、全員殺されたそうです。

 ただ、殿下のご遺体は発見できず、捜索が続いていましたが、いつもつけられているティアラと血で汚れたご愛用のケープが発見され、ご遺体は動物か魔物に食われたのだろうと結論づけられました。」


 「なるほどのう。じゃが戦争は終わり、お互いに人質を出して決着がついたのだろう。どうして妾を暗殺する必要があるのじゃ?」


 「戦争で亡くなった者たちのことで恨むものもいますし、戦争を続けることで利益を得る勢力もあります。また戦争自体を楽しむものもいます。あとは単純に訳もなく相手のことが癪に触る人間も多く見受けられます。」


 「理由はたくさんあるというわけじゃな。やれやれじゃ。」


 説明を聞き終えたロリは腕を組み直し、閉眼した。説明を終えたジェラルドはぬるくなったお茶で喉を潤し、アニカに王女のぶんも含めて入れなおすように合図した。


 消音器の効果は中から外へだけではなく、外の音もある程度遮音するようで窓の桟に止まった小鳥がなく音も聞こえなかった。


 部屋の中はアニカがお茶を入れる音がかすかに聞こえるだけであった。


 しばらく閉眼のまま、身じろぎすらしないロリをジェラルドは身じろぎせずただ待っていた。


 「のう、ジェラルドよ。」


 「なんでありましょうか?」


 「やはり、カロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツは死んだのじゃ。」


 「はい。」

 「ハァ? 殿下はここにいらっしゃるのではないですか?」


 ロリは苦笑した。そして左目をつぶって人差し指を立てて口元に持っていった。


 「アニカは素直すぎるのじゃ。ここにいるのは親とはぐれ、記憶を失ったがその代わりに力を持つ魔導具を得たロリちゃんという小娘じゃ。」


 「なぜそのようなことを。陛下やお妃様、それにご兄弟の殿下はもとより、ローゼンシュバルツの臣民こぞって殿下のことで心を痛めています。」


 「確かに心苦しいのう。じゃが妾がもう死んだということなら、心配も何もないじゃろう。記憶のない妾が戻ってみよ。襲った者たちは妾が何かを知っているのか疑心暗鬼になるだろう。

 妾は妾でどの者の手に剣が隠され、どの者が両手を広げて守ってくれるのか全くわからん。そんな状況で城になぞ戻る気にもなれん。

 さらに何が悲しくて遥か年上の子持ちの男のところに側室としてゆかねばならんのか。納得がゆかんのじゃ!」


 「は、はぁ。お言葉ですが、貴族に生まれた女ならば自らの望むところに行くことは稀かと。」 


 「恋しい男を追いかけて他国まで来た子爵の令嬢には言われたくないのじゃ。」


 「はうっ。 そうでした。」


 頭を抱えて顔を隠したアニカを横目にロリはジェラルドに向き直った。


 「あとは妾のこの先じゃろうな。ジェラルドには何かオススメはあるかの?」


 「はぁ。できれば、この土地を治めるエミリア・フォン・ロートバルト女男爵のところに身を寄せていただけると少しは安心できそうですね。彼女はまだ年若いですが、側用人も含めて善良かつ優秀な貴族かと思います。ので、殿下はそこでご静養されるなり、状況がつかめるまでいらっしゃるのが良いかと。」


 「ふむ。じゃが貴族のところに身を寄せるということはその寄親やさらに上の貴族、王族にまで妾の所在が知られるのではないか?」


 「まあ、その可能性はありますね。」


 「それで籠の鳥になるくらいであったら、ここで冒険者として過ごす方が良いのじゃ。」


 「お言葉ですが、殿下のお歳でございますと、冒険者になるにはあと三年は必要かと。」 


 「どういうことじゃ!?」


 「この国の身分法で冒険者は数えで一五の年の春からと決まっています。」 


 「ぐぬぬ。どうにかならんのか!?」


 ジェラルドは隣に腰掛けるアニカに目を向けた。彼女はこなれた口調で説明をはじめた。


 「一応、家庭の事情などで冒険者など仕事に就かざるを得ない子供達の救済措置として『みなし』制度があります。


 みなし冒険者は、討伐依頼の受注や魔物の狩りはできません。都市周辺の安全なところに生える野生の薬草や鉱物などの採集と街中の清掃やお使いごとなどの限定された依頼、あとは大規模クエストの補給物資の搬入出の手伝い、安全な地域の伝令などができます。


 その代わりに日暮れまでにギルドへ戻ってこなければ、ギルド依頼の捜索や他の冒険者への保護、依頼の代金の保障、職務上のケガなどへの補償などの手厚い保護が受けることができます。

 また、成人の冒険者とのパーティーは可能ですが、『流れ』と呼ばれる拠点を持たずに旅をしながら依頼を受けるようなパーティーへの所属は原則禁止とさせていただいています。」


 「ムムム。それでも受けざるを得まい。妾は手持ちがまったくないのじゃ。『金がないのは首がないのと一緒』なのじゃ。」


 「随分と殺伐とした言葉ですね。いや至言だと思いますが。では、受けますか?」


 「うむ。よいようにするのじゃ。」


 「はい。あとはどこに住まわれますか? 街中の宿ですとお金がかかります。ギルド職員の出張用の宿泊部屋もありますが、長期間はお貸しすることができません。」


 「うむ。チハたんのこともあるのでなぁ。」


 「まあそうですね。宿は多分無理でしょうね。となると借家か部屋を借りることになると思いますが………」


 「そのような金があるのだったら何も困らんのじゃ。ギルドの馬小屋にチハたんを置かさせてもらうことはできぬかのう?」


 「それくらいは大丈夫です。なかなか、盗むことは難しいかと思いますし、保安の観点からもギルド内で預かるほうが良いと思います。」


 「であるか。ならば…………」


 ロリはニヤリと笑みを浮かべた。

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