第9話
とりあえず、うやむやの方向で
案の定、チハたんは関所で問題になった。モンスターでないことは理解されたが、見るからに物騒な用途に使う魔導具にしか見えないチハたんの姿に衛士たちは警戒心をあらわにしていた。
「『夏至の暁』のリーダーであるジョルジュの連れだから、信用してやりたいが、さすがにこいつを街に入れるのはな。持ち主の女の子も身元を保証する手形の類も何もないんだろう。」
「でも、こんな小さな女の子が何をするっていうのよ?」
「そうはいうがジゼルよ。この子が小トロール族の大人ではないと誰が言い切れる。」
小トロール族とは、人族と共生している長命種族の一つで、人族に比べてとても小柄で若々しい容貌である以外は概ね彼らとは変わらない見かけを持つ種族であった。
陽気で外向的、いたずら好きと言われるが、行商人としても有名で、興味ある商品を求めてどこまでもゆくと有名である。またその中には少なからず密偵が入っているというのも衛士たちの中では常識であった。
「うん、まあ……そうなんだけどさぁ。」
「妾は違うのじゃ。」
何があってもチハたんの砲塔から降りず、今も腕を組んで踏ん反り返っているロリをグロリアは指差して言い放った。
「あんな偉そうな小トロール族はいません。」
「…………ま、まあな。」
「おい、話が進まねぇな。誰か、ギルド長に連絡してくれないか。」
ジョルジュの言葉に胡散臭げな目をロリに向けた。
「ああ? おい、子供。お前はギルド長と知り合いなのか?」
「ん? 妾はギルド長など知らんのじゃ。ジョルジュがなんとかしてくれるだろうと言っているだけじゃ。」
「ああ、こりゃ多分ダメなやつだな。どうするかな。上に連絡するしかないか。……おう、まさかギルド長自ら来るとは思わなかったぞ。」
衛士隊隊長が声をかけたのは、ジョルジュに負けず劣らず長身で、文官や商館長が着るような白いシャツに茶の革のパンツの上に古びたえんじ色のマントを羽織ったヒゲの男だった。
鋭い琥珀色の眼差しはチハたんとロリに向けられた。
「やあ。ちょうど仕事が一区切りついたんでね。フィムの坊やから一度は見ておけと言われたよ。確かにこれは一見の価値はあったな。」
彼は隊長に挨拶を返したが、視線は依然としてロリに向けられていた。
「なんじゃ? 妾のことを知っているのか?」
偉そうな態度を崩さずに問いただしたロリに彼は軽く首を横に振った。
「ちょっと知り合いによく似ていてな。ただ、こんなところにいる子じゃないはずなんだ。あんた、名前はなんて言うんだ? 変わった軍服を着ていてそっちに目が取られるが、見た目は貴族の子女のようだな。」
「……どうやら、少し話がわかりそうな人がいらっしゃったでありますな。」
「そうじゃの。問題は敵か味方かがわからんところじゃな。」
こっそりとヘッドセットからの声に応えたロリはチハたんから降りた。彼女はその際に抜け目なくホルスターの中の拳銃をいつでも抜けるようにした。
ロリが並ぶとギルド長と呼ばれた男の圧力は上がったように感じた。が、彼女は全く気にすることなくふてぶてしく彼を見上げた。
「嬢ちゃんはなんという名前かな?」
「淑女の名を問う前に名乗りを上げてはどうじゃ?」
「おう、そうだったな。最近は粗野な奴らばっかりを相手にしていたからな。すまねぇ。俺はロートバルト市冒険者ギルドのギルド長をやらされているジェラルド・フォン・ブレイクブルグというもんだ。」
「ほへぇ。ギルド長って貴族だったんですか? それにギルド長をやらされているってどういうことですかね。」
フィムをはじめ、ギルド長のフルネームを初めて聞いた冒険者たちは驚きの目で彼を見つめた。
「うむ。妾は……ロリちゃんじゃ。歳は一二歳じゃ。妾は名前と年齢以外のすべての記憶をうしのうておるのじゃ。貴族というが、この国の貴族なのか?」
「ロリ…ちゃん……? ああ、よろしくな。フォンがついているが、となりのローゼンシュバルツ王国の貧乏騎士の三男坊だ。だからこうやって、冒険者ギルドで仕事についているんだ。記憶がないとはなんとも大変なことだな。何か手がかりのようなものはないのか? 例えば指輪や護符などなんでもいい。」
「ほうそうか。着ていた服くらいかのう。少し待つのじゃぞ。」
すぐ持ってくるとロリはチハたんに戻り、自分が着ていたドレスを手にして来た。彼女はジェラルドにそれを手渡した。
「随分と汚れているがいいものだな。背中の破れたところは刃物で切りつけられた跡か? ロリちゃんは怪我をしていないのか?」
「妾は大丈夫じゃ。あとはこれかのう。」
そう言ってロリは体にあっていない軍装のボタンを一つ、二つと外し、大きな金のペンダントを取り出した。
「…………っ!? やはり、かっ!! 」
幼女の首にかけられたペンダントの造形に刮目したジェラルドの背に怒声が浴びせかけられた。
「ギルド長!! 仕事を放り出してなに逃げているんですかっ!! って、ギルド長がいたいけな幼女を襲っている!?」
ジェラルドを追いかけて来た様子の栗毛色のロングヘアをなびかせた女性が気合いとともに腰のレイピアを引き抜いた。
その場にいた者たちは理解できているが、確かにボタンを外し、前かがみになって覗き込んでいる長身の男は知らぬものが見れば、犯罪の現場にしか見えなかった。
「貴様っ! 道端の幼女相手に手にかけるとは!! 」
「アニーッ!? いつ俺が見境なく女に手を出したっていうんだ!! 人聞きの悪い風評を勝手に流すんじゃねぇ!! 」
「問答無用!! いつまで待っても、なにもして来ないから変だと思ったのよっ!! 」
「意味不明なこと言ってんじゃねー!! 」
アニーと呼ばれた女性剣士のまるで銀の光のような鋭い突きをかわしたジェラルドは自分のマントを翻した。とマントの端が女性剣士のレイピアの柄の部分に巻き込まれた。
「ぐっ!? 」
「まったく、しょうもないことを言ってんじゃねぇよ。」
剣を抑えられた彼女はジェラルドにその細い腰に左腕を回されて、引き寄せられた。
「はっ、はにゃせぇい……… 」
「落ち着いてこの娘のペンダントを見てみろ。」
「にゃ、にゃにおぅ………はっ!? あっ、これはっ!?!?!? 」
大きな口を開き、何かを言いそうになった彼女の口を大きな手で塞いだジェラルドはゆっくりと腰に回した手に力を込めた。
喉をさらした彼女の黒目は上へとグリンと回り、全身の力が抜け、手にしていたレイピアも取り落とした。
「ギ、ギルド長よ、大概にしてやらんか。死んでしまうのじゃ。」
「おっと、いけない。」
ジェラルドはロリの言葉に力を緩めて彼女を離した。
「こいつはアニカ・ザイン・ホフマンシュツット。うちの副ギルド長兼受付だ。俺と同郷でな。郷士の次女だ。」
「ゲホッ、ゴホッ。…は、はじめまして。で、殿下におわし………イタイっ!?」
余計なことを言おうとしたアニカはジェラルドに尻を膝蹴りされて飛び跳ねた。
「アニー、お前は先に行ってお茶の……、いや、やっぱりやめた。俺と一緒に来い。お前はこれから一言も口を開くな。絶対だぞ。
あと、ロリちゃん、そのペンダントに少し見覚えがあるような気がするが、この場ではなんとも言えない。子供が高価なものを持っていると知られると良くないから、一度それをしまってくれ。ギルドでゆっくりと見せてもらうことにするぞ。」
「ああ、では街の中に入れてくれるということじゃな。」
「おう、隊長さん。俺とアニーが彼女の身元を保証してやる。この、なんだ……うん? チハたんっていうのか? こいつもギルドの敷地で保管してやるから、入れてもいいだろう。」
「……あっ、ああ。わかった。あとで確認の者をやる。」
「すまないな。では、案内をしよう。」
「そうか、よろしく頼むのじゃ。ジゼルたちとともにチハたんの上に乗るとよいのじゃ。」
おうと返事をしたジェラルドはチハたんの上に飛び乗った。アニカはグロリアの手を借りてよじ登った。
ジゼル、グロリア、フィムがすでに乗っていたところに大柄のジェラルドとアニカが乗るともう座るところはなく、一番小柄なグロリアが砲塔にまたがり、ジゼルはキューポラの中で立つロリの後ろに回り、彼女を抱えるように座った。フィムとジェラルドは左側に立って砲塔に手をかけ、後ろ向きにアニカが座ったところでチハたんが動き出した。
ロートバルトの大通りを進む彼らは注目の的だった。街中で遊んでいる幼い子供達が物珍しそうにチハたんを追いかけた。愛想のよいジゼルやフィムは子供達に手を振り返していた。
そして、ロリも初めて見るロートバルトの様子に目を見開いていた。
辺境の地とはいえ、石造りの家が並ぶロートバルトは栄えていた。
街のメインストリートは馬車が片側二台が並んでも余裕を持つ大きな石畳の通りで、山のように荷物を乗せた荷馬車と埃を被った商人たちが行き交っていた。
街を歩く市民や露店や屋台の店主たちも様々な肌や髪の色をしている人族だけではなく、獣人族や小トロール族、ドワーフやエルフといった各種族の者たちも多かった。
「なかなか、早いな。」
「そうじゃろ。全速力ではもっと早いのじゃぞ。」
「ほう。ところでこれはどうやって動いているんだ。」
「わからんのじゃ。」
「わからん?」
「そうじゃ。妾が倒れていたところにあったのじゃ。気がつくと使えるようになっておったのじゃ。誰が作ったものか、わからんのじゃ。」
「ふぅむ。面白いな。」
「他にも色々あったらしいのよ。これなんかもそう。ロリちゃんにもらったのよ。」
ジゼルはたすき掛けをして、背負っていたサンパチを指差した。そばにいたアニーが首をひねった。
「それはなんですか? 短槍ですか?」
興味深げにアニカがジゼルの手に握られた三八式歩兵銃を覗き込んだ。
「んっふふぅ。これはね。魔力弓ともいえるまったく新しい武器なんだから。すっごいんだからね。」
「ますます興味深いが、このような街中で話すもんでもないだろう。あとで聞かせてくれ。」
「はぅ、ごめん。」
顔を赤らめたジゼルは身を縮めて、ロリの頭を抱えた。
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