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「月下がガリ勉に会っているのを見て来てみた。とうとう俺に協力してくれるようになったか」
逆風くんの間抜けな声。
まったく、誰のせいでこんな辛気臭い話をしていると思っているんだ。
振り返って涙目で睨むと、逆風くんは不敵に笑った。
「何話していたか知らねぇけど、さっさと音楽に飲まれればいいんだよ。壮大な夢を追うほうが、生きてる実感がするだろ」
「そんなことで未来を棒に振れない。音楽はオワコンだ、追うだけ無駄だよ」
日頃の恨みが溜まっているのか、結晶くんの声が鋭くきつい。
逆風くんはポケットに両手を突っ込むと、茜色の空に語り掛けた。
「まったくそのとおりだ。俺たちが生まれる前、この国じゃ音楽バブルが弾けて、気づけばCDが握手券になり果てた。なのに、お偉いさんはバブルの残光を浴びようと、権利だけ搾取してアーティストを無下にしている。お前の言い分はひゃくぱー正しい」
「だったら話は終わりだ」
顎を下ろしてまっすぐにこちらを見た。
「そうじゃない。売れなくなったとしても『好き』だけは残る。
あの時代、輝いていたミュージシャンはお金のために生きていたか? 自分の可能性を信じて生きていたんじゃないのか。夢に生きるっていうのはそういうことだぞ」
「だから大半の人は消えているんだろ。僕には関係ない」
結晶くんは冷たく言い捨てると、渡り廊下を出てドアを激しく閉めた。
拒絶の音があたりに響き渡る。
なのに、彼ときたら嬉しそうににやにや笑っているんだ。ほんと変なやつ。
私は呆れるように尋ねた。
「なんで結晶くんを誘ったの? 勉強できるし、音楽に興味なさそうなのに……」
「授業であいつピアノの聴いたとき、音がすごく喜んでいた。あいつは、自分の好きなものに蓋をしている。成績だの、安定した仕事だの、そんな小利口なこと考えてるんだよ」
それの何が悪いのだろうか。
私みたいな宙ぶらりんと比べて、すごくしっかりしているはずだ。
「大人はさ、妥協だとか仕方ないとか、適当に言い訳して夢を諦めているんだ。そのうち金に囚われて、それが一番だと思い込む。つまんない生き方をしてるんだよ」
「……私は大人の世界がわからないよ。両親や祖父母は、のほほんとしているけど」
「月下は知る必要ないだろ。さて、さっさと勝負するか」
「え?」
いまから? てかなんで私は知る必要ないのさ。
「正直、メンタルが落ち込んでそんな気が起きないんですが……」
「こういうときこそ、走って発散したんじゃねぇの?」
え、ええっと……。たしかにそうなんだけど。
どうして私のことわかるの?
「まぁ、ハンデはやるが約束は約束だ。俺は、俺の夢を叶えることに容赦しない」
「何がハンデだよ……。いつも負けてるじゃん。そのくせハンデはいらないとか強がるくせに」
大体、本気で勝ちたかったらそんなこというなし……。
ちょっと優しいところが、すごく、悔しい。
「ほら、早くしようぜ。先生に見つかると何かと面倒くさいからな」
私は促されるまま、逆風くんについていった。
ほんと変なやつだ……。
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