第27話 水鉄砲
町並みの移ろう速度が衰え、電車がホームへすべり込んだ。まばらな人の流れに乗って改札を抜けた直後にスマホが震える。チャットアプリの着信画面には乃木地の名前があった。
「もしもし」
『お疲れ様です。乃木地です』
「ああ、どうも」
『今日、九洞さんから連絡を頂きました。渡航服に関する悩みは解決したので、今後私に相談することはないそうです。どのような答えを出されたかまではお話にありませんでした』
「そうですか」
恒樹はエスカレーターに乗りながら、あっさり終わるものだと心の中でつぶやく。
「解決したならよかったです。あ、これからの予定のことは何か言ってましたか? この間は、僕のところにいるのは長くて七月いっぱいって話だったんですけど」
『いえ。今のところ何も』
スーパーを通り過ぎ、コンビニと公園が近づいてくる。公園の入口のベンチに見慣れた姿があった。
「分かりました。ありがとうございます」
口調を少し速める。
「何かあったら連絡します」
『承知しました』
「それじゃ、失礼します」
『失礼いたします』
恒樹はスマホをしまい、車止めをすり抜けながら呼びかけた。液晶の上で親指をせわしなく動かしていた九洞が、弾かれたように顔を上げる。
「もう帰ったと思っていました」
「ちょっとやることが重なっちゃってさ。ここで何か用事?」
「いえ……そういうわけでは」
「ああ、なんだ。もう戻る?」
「そうですね。そうします」
九洞が腰を上げ、ふいに届いた声に振り返る。つられて目を向けた先で残照を吸った水が宙にきらめいた。子どもが二人、水鉄砲を手に駆け回っていた。
「あれはなんですか?」
「水鉄砲? おもちゃだよ」
「遊んでいるんですね。よかった」
片方はおもちゃ然としたカラフルなデザインだが、もう片方は銃口を除いて真っ黒なので本物に見えないこともない。給水に走る背中から九洞に視線を移し、恒樹はおもむろに進みはじめる。
「日ヶ士さん、これからの予定についてお話があります」
「うん」
「この前、日ヶ士さんのお世話になるのは長くてあと数週間とお伝えしたんですが、日程を早めることにしました」
「もっと早く出ていくってこと?」
「はい。わたしの都合であって、日ヶ士さんの側に問題があるからではありません」
「ああ、うん。それで、いつまでいることにしたの?」
「十八日に出発します」
「十八……今日が十四だから、あと四日か」
「はい。急な話ですみません」
「いや、大丈夫」
軽く首を振ってみせる。
「九洞さんがいいならそれで」
「ありがとうございます。あと、最後に一つお願いがあるんです」
「うん、何?」
「行きたいところができました」
九洞が数歩進み出る。指差す先の掲示板には、色あせたお知らせの他に、黒地に金色の筆文字をあしらったポスターがあった。
「花火大会?」
「はい。十七日の夜だそうです。一緒に行っていただけませんか?」
日曜だった。いつもなら仕事の前日に出かけるのは気が乗らないが、三連休の中日だし、九洞の頼みであればなおさら渋る理由はない。
「うん。分かった」
九洞が顔をほのかにほころばせた。
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