第21話 短夜

 洗濯物を干した後に〈ようちゃん 宇宙人 ブログ〉で検索した。真っ先にヒットしたのは見覚えのある垢抜けないブログだった。ヘッダー画像は喫茶店の外観で、プロフィールのアバターはあまり似ていない。記事のタイトルに例外なく躍るびっくりマークに胸焼けがする。目当ての記事は何ページかさかのぼったところにあった。


〈冒瀆!! 人間の死体を着る侵略宇宙人!!〉


 トラックパッドに置いた指が引きつった。いつか尋ねた時、九洞は言っていた――この姿に変身しているのではなく、この体を着ている状態に近いと。


 記事は国内外の不審な事件に関して、各国政府の中枢にまで入り込んだ巨大な組織が、極秘で人間を宇宙人に売り渡しているのが真相だと声高に唱えていた。生きた人間はあらゆる搾取を受け、死んだ人間の体は地球に潜伏する宇宙人のいわば服として用いられる。人口爆発は輸出物を増やすために仕組まれたものである――この辺りでスクロールを速めた――、輸出の見返りとして貴重な資源や知識や技術が与えられる、それらの恩恵によって数ある課題をクリアした地球は、いつしか巨大で優秀な農場に成り果てる。――記事の締めくくりには大きな文字で〈目を覚まそう! 地球人!!〉、その下にコーヒー豆の画像と店の宣伝が載っていた。


 全ての宇宙人が地球を訪れる時に遺体を着ているとは限らないし、九洞に関しては侵略宇宙人ではなくただの旅行者だ。そもそもこの記事が真実であるとは到底思えない。しかし、何もかもが嘘だと断ずる自信もなかった。ひとかけらでも真実が紛れていたとしたら。そのひとかけらがキューの死にぴたりとはまるとしたら。恒樹はベッドの端に頭をもたせかけ、震えるスマホで目を覚ました。九洞から六時頃に戻ると連絡が入っていた。炊飯の用意をして洗濯物を片付ける。形を整え忘れたTシャツにしわが寄っていた。


 果たして六時過ぎに廊下で足音がした。鍵に少し手こずってから扉が開く。反射的に見やった窓はカーテンを開けたままで、部屋に入ってくる九洞の姿が外の景色に重なって映った。


「戻りました」


 おかえり、と応えかけ、家でもないのにという思いがわく。なんと返すか迷ううちに九洞がトートバッグを置き、座布団の上に落ち着いた。恒樹は入れ替わりに台所へ向かい、冷凍室から前に買った鮭の残り一切れを出した。冷凍室には今日買った鮭の他に、桃のアイスバーも寝かせている。レタスとトマトを皿に盛ってようやく言葉を探し当てた。


「どうだった? お出かけ」

「楽しかったです」


 九洞の声が軽く弾む。


「犬ではない動物がいました。たぶん猫だと思います。写真は撮りそこねてしまったんですが……」

「へえ」

「あと、大きな川があったので向こう岸に行ってみました。この辺りと似た様子の居住区で、静かだしコンビニもあって住みやすそうでした」


 皿を机に並べ、さも空腹だったかのように、ろくに顔も上げず箸を動かした。九洞も特に何も話さずスマホを見ていた。この前は『こゝろ』と言っていたが、今何を読んでいるのかは聞いていない。夏目漱石なのかどうかも怪しい。


 お茶碗を洗ったら、皿を洗ったら、などと引き延ばすうちに食器を全てすすぎ終わった。一つ息を吐いて机に戻り、腰を下ろしながら声をかけた。


「九洞さん」

「はい」


 合いかける目をさりげなく逸らす。


「もし」


 詰まった言葉を促すように、乾いた咳払いをした。


「もし知ってたら教えてほしいんだけど、その体の元の持ち主ってどんな人だった?」

「持ち主ですか……。支給されただけなので、故人についてはよく知らないんです。わたしと同じような若い学生ではないかと思っているんですが」

「そうなんだ」

「お力になれずすみません」

「ううん」


 九洞の顔を見ないまま首を軽く振り、


「ありがとう」


口角を上げてみせた。


 心は驚くほど凪いでいた。まだ明るいと思っていた外はいつしか深い色に変わり、寝支度をしてベッドに身を横たえた。眠りに落ちかけるたび、〈目を覚まそう〉と書かれた液晶がまぶたの裏に浮かんだ。まだ暗いと思っていた外はいつしか白く光りだし、まんじりともしなかった体はただシーツに沈んでいた。

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