第20話 入道雲
その後は座布団ではなくベッドに戻ったようで、目が開いた先の天井には光が射していた。枕元に転がるスマホを充電ケーブルにつなぐ――十時過ぎだった。朝食のパンを切らしたので、麦茶の残りと野菜ジュースを飲む。九洞に呼びかけられたのはグラスをすすいでいる時だった。
「日ヶ士さんのところに滞在したおかげで、街の様子や過ごし方がなんとなく分かってきました」
「うん」
「なので今日からは、毎日ではないのですが、一人で色々なところに行ってみようと思います」
「いいね」
恒樹は何度か軽くうなずく。
「いいと思う」
「夜八時までには戻るつもりです。戻る前には連絡します」
「今日はどこに行くの?」
「まずはこの近くを歩いてみるつもりです。駅とは逆の方に」
たぶん何もないと思う、と出かけたのを抑える。
「面白いものが見つかるといいね。治安も心配ないと思うし――暑さには気をつけて」
口角を上げてみせた。
「ありがとうございます。日ヶ士さんも」
念のため合鍵を渡し、エントランスの暗証番号を教えると、九洞は扉を開けて去っていった。
心なしか体が軽くなっていた。昨日からの汗を念入りに洗い流し、洗濯機を回しつつスーパーに向かう。食料品売り場は仕事帰りの時間帯よりもにぎわっていた。パンに鮭、人参、麦茶、冷凍うどんにうどん用のソース――頭に浮かんだ品を片っ端からかごに入れた結果、会計はいつもより千円以上高くついた。エコバッグを二つ持ってきて正解だった。両手の指に食い込みを感じながら一階に上がると、エスカレーターの脇で女性二人がしゃべっている。「ようちゃんのブログ」と聞こえるまでは気にとめるまでもない会話だった。
「書いてたのよ。エイリアンがね、もうそこら辺にうじゃうじゃいるんだって」
「いるのはそりゃいるでしょうけど、いたらすぐ分かるじゃない。おかしな見た目なんでしょ?」
「それが違うのよ。人間と全く同じなんですって」
口の中に苦いものが滲む。
「同じ? 姿形が?」
「そうよ。でもね、それがまた恐ろしいの。元々はやっぱりおかしな見た目なんだけど、地球に来る時は人間の遺体に乗り移ってばれないようにするらしいのよ」
「え? なんですって?」
「遺体。死んだ人の体よ。とある大きな組織がね、エイリアン相手に遺体も生きた人間も売り飛ばしてるんですって」
体の奥が数度熱く脈打ち、それから静かに冷えていった。自動ドアを出た先でわずかに涼しい風が頬に吹く。西の空に高く盛り上がった雲が浮かんでいた。
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