第3話

 とある日の作戦会議。今日は当初の目的に立ち返っていた。


 「問題は決行日をいつにするかだよねー」

 「サッカー部、月末の金曜日は練習オフらしいよ」

 「そうなの!?さすが木間!」

 「まあね」


 サッカー部のクラスメイトがそう言っていたので間違いない。

 このことを佐野に黙っていることもできたかもしれないけれど、今の日々が突然終わってしまうのも怖かった。


 残り二週間あまり。


 今は先のことはあまり考えないことにしている。

 そうしさえすれば、今この瞬間は僕にとって佐野と過ごせるただの楽しい時間でしかなかった。


 「そういえば、木間はどんなタイプが好きなの?」

 「明るくて、笑顔が素敵な子かな」

 「なにその模範回答みたいな答えは。情報量ゼロだよ!」

 「どうせ女子に聞いたって、優しくて面白い子、とか言うんでしょ?」

 「たしかに。じゃあ、さらに強いて言うなら?」

 「……うーん。何にでも全力で夢中になれる子、かな」

 「いいじゃん、それ!」

 「でしょ」




 気づけば、だいぶ暑い季節になってきた。

 望もうと望むまいと、その日はやってくる。


 「じゃ、僕は部活あるから。まあ、頑張って」

 「うん、ありがとう」


 ほんのそれだけの言葉を交わし、部活へ向かった。

 その日の部活動は、なぜだかとても集中できた。



 帰り道、思ったとおり佐野はいつものそこにいた。


 佐野は、泣いていた。


 「言えなかった……」

 「そんな簡単なことじゃないしさ、そういうこともあるよ」

 「ごめん……。いろいろ手伝ってもらったのに」

 「別に僕は何もしてないよ」

 「何してるんだろね、ほんと」

 「伝えようとしただけで表彰級でしょ」

 「結局、伝わらなきゃ何も意味ないって分かってるのに!」

 「…………。そんなこと言うなよ」

 「意味ないもん。意味ない」


 「意味ないわけないだろ!」


 自分がこんな声量を出せることに自分でも驚いた。


 「伝えられないことの何が悪いのさ。相手のことが好きで好きで堪らないからこそ伝えられないんだろ。相手を思う気持ちが、そんな簡単に言葉で言い表せちゃうわけがないじゃないか!」


 思わずバツが悪くなった僕は、佐野を背に足早に境内を出る。


 最低だ。

 自分だけ言いたいことを吐き捨てて。

 そんなことは佐野だって分かっているはずだ。


 それに対して僕はどうだ?


 佐野が今日この日までにとてつもない勇気を振り絞ろうとしてきたのに、その隣でそれを応援するふりして自分は何も伝えようとせず。


 ただの卑怯者じゃないか……。



 週が明けても、まだなんとなく気まずさが残っていた僕らは、結局、何も話さないまま数日が過ぎ、やがてテスト週間に入った。



 「一緒に帰ろうよ、木間。部活ないんでしょ?」

 「……うん」


 いつだって先に歩み寄ってきてくれるのは佐野の方だ。


 「私ね、意外と臆病なんだよ」

 「知ってるよ。何年付き合ってると思ってるのさ」

 「あははっ、たしかに!」

 「昔、家の鍵を無くしたときなんて、親に謝るのが怖いから一緒に着いてきて、とか言ってたし」

 「でも、木間は優しいからいつもついてきてくれたもんねー」

 「まあね。…………で、結局どうするの?」

 「するよ!ちゃんと、告白。けど、もうちょっと先かなー」

 「そっか」

 「たしかに、木間の言うとおりかなって思ったんだー。別に焦る必要もないし、それに、誰かを好きでいられるってだけで結構幸せだなって」

 「それは同感だね」

 「でしょっ!でも、やっぱりいつかは伝えなきゃ」

 「相手にほかに好きな人がいても?」

 「そう!言われるほうもさ、自分を好きになってくれた人のことを嫌いになっちゃうなんてことあるわけないじゃん。むしろ、逆すぎるくらいだよ!」


 それもそうか。そういえば佐野はこういうやつだった。

 僕は今まで何をずっと考え込んでいたのだろう。


 何かが自分の中で、ストンッと腑に落ちた気がした。


 「それじゃあ、まあ、ゆっくりいきますか」

 「そゆこと!はははっ」



 ごめん、佐野。

 きっとその日がくるのは、ずっと先になってしまうのかもしれない。

 だってこの気持ちは、あの赤い巨人なんかよりも遥かに特大サイズみたいだから、しょうがないよね。言い表すのに時間がかかるんだ。


 それでも、いつか必ず。


 今はまだこんなんだけど、伝えられない恋にだってきっと意味はあって、時折、こうして小さくとも確かな幸せを運んできてくれるのかもしれない。

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赤い巨人とふたつの恋 三菅カムイ @casa_milla

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