第2話
翌日は打って変わり、朝から至って平穏だった。
もちろん、課題をやってこなかった僕と永田の二日連続の小競り合いは避けては通れなかったが、それ以外は特筆すべき事件もなく時が過ぎていった。
それでも、やはり色々あるのが人生というものらしい。
昼休み終了を目前にして再び事件は起こる。
席に戻り教科書を出そうと引き出しの中を物色していると、なにやら中で、クシャリと音がした。
確認してみると、何かのプリントの切れ端で折られた花の形をした折り紙が入っている。
これがなんの花であったかは覚えていなかったものの、かつて佐野が折ってみせてくれたことは覚えていた。
そしてこの花は、裏側から少しだけ開くと、短いメッセージを書くのに丁度いいスペースがあるのも覚えていた。
『部活のあと、鳥居で!』
いったい何事かと思って佐野の席のほうを見るも、既に五限の開始を知らせるチャイムが鳴り止もうとしている。
結局、授業が終わった後も佐野はそそくさと部活に行ってしまったので、僕は観念して部活後に待ち合わせ場所に向かうことにした。
いつだって想像力豊かな男子中学生がもしこんな状況に遭遇すれば、普通であれば浮き足立って授業や部活どころではないだろう。
けれど、僕の場合は違う。
なんのために佐野が僕を呼び出したのかは見当がつかなかったものの、これが僕への告白のために準備されたものでないことは知っていた。
気持ち急ぎ足で校門を出る。
しばらくして、僕は歩くスピードを落とした。
僕は、たぶん佐野のことが好きだ。
けれど、そのことを佐野が知ることは、この先ないだろう。もちろん、他の誰にも言うつもりはない。
だって僕は、自分の好きな人が好きな人が誰なのか、たぶん知っている。
それゆえ、この恋は自分だけの恋。
いつの頃だったか、何にでも全力で夢中になれる、そんな佐野の姿が、少しだけ特別に見えた。
ある時は、折り紙にはまって色々な動物や植物の折り方を熱心に僕に披露してくれたし、ある時は、というよりは今もだけれど、朝から晩までひたすら吹奏楽に打ち込んでいる。
そんなところが、心底羨ましくも思えた。
約束の鳥居をくぐり辺りを見回すと、先に到着していた佐野がベンチに座りながら、振り回すのに丁度よさそうな木の枝を片手に暇を持て余しているのが見えた。
「よう」
「おっ、来たー!」
「急に何さ。昨日、僕に図星を突かれたからってその棒で口封じでも企んでるわけ?」
「はははっ、なにそれ。けど、半分正解かも」
「——ほう。正解した半分が、『棒で口封じ』の部分じゃないといいんだけど」
もちろん、正解したのが、図星を突いてしまった、という部分であることは分かっていたものの、突然打ち明けられた驚きと、どこか自分の予想が間違っていてほしいという願望が合わさった結果、逆説的に口を出たのがその言葉だった。
「いやー、親友くんに一つご相談がありまして」
「……はい、なんでしょう」
「実は、私も告白とやらをしてみようと思いまして」
「……ほう、それで?」
「いろいろアドバイスをもらおうと思ったわけです」
「…………。僕なんかにアドバイスできることなんてないと思うけど。まあ、親友として、まずその勇気は称えてあげるよ」
「へへ」
もちろん、何かの間違いで僕が佐野から告白されるとか、そんな能天気なことを考えていたわけではない。
だとしても、赤い巨人とやらは随分と意地の悪いことをしてくれる。
「で、お相手は?」
「サッカー部の……」
「さすが僕。見事に予想が的中したわけだ。ま、見てれば分かるよ」
「えー、そんなことないと思うけどなー」
佐野は少し恥ずかしがりつつ不満気にそう言うが、実際、見ていれば意外と分かるものだ。見ていれば。
もちろん、僕は好きな人が自分以外の誰かに告白するのを親身に手伝ってやれるほど出来た人間ではなかったけれど、一時的に平常時の四割くらいまで低下していた僕の思考能力では、佐野に怪しまれずにこれを断るいい口実なんて思いつくはずなかった。
そうこうするうちに、僕と佐野の秘密の告白大作戦は始動してしまう。
「そもそも彼は誰かと付き合ってたりはしないわけ?」
「……たぶん!」
「ほう。でも、さすがに好きな人がいるかどうかは知りようがないしな」
「木間が代わりに聞いてよー」
「やだよ、そんなに関わりないし」
「えー。でもいっか。好きな人がいるかどうかはあまり関係ないしね!」
「…………そうかな。まあ、そうだね」
「そうそう」
別に佐野は何も悪くなどない。
悪いのは、性格のひん曲がった赤いデクノボウの野郎と、ついでに、何もせずただ隣で佐野を見てただけの僕だ。
「出ました!木間お得意のひとの話を聞いてるようで聞いてないモード!」
「おっと、いけないいけない」
「これは永田先生が怒りたくなる気持ちも分かるなー」
「今日、宿題を忘れたのは佐野のせいでしょ」
「ははっ、そうだった!」
結局、この辺りから僕らの会話は当初の目的など忘れて転がり始め、いつものとおり時間だけが過ぎていた。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
「今日はありがとね!」
「何も建設的な議論はできなかったけどけどね」
「たしかに。じゃあ、それはまた明日ということで!」
「まだ続けるの、これ?」
「へへ、もちろん!」
こうして、第一回作戦会議は何の成果も挙げられないまま解散となり、その日以降、なぜだか僕らは部活後にこの場所でしばらくしゃべってから帰るようになった。
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