第2話 交換
児童館へ、
遊んでいる子供や親たちの、弾むような声が、楽しい雰囲気を作りだしている。けれど、部屋の隅にいる
狙い目だな。
林子は桃華のママの隣に座った。
「
「あ、うん。なんでもない。……はぁ」
やるせないため息が、なんでもあると示している。悩んでるなぁ。
そういえば、
「家のことで悩み、ない?」
桃華ちゃんのママは、顔色を変えて慌てた。
「そんな。ちがうよ」
「パパがなんだか怪しい?」
ウッと、桃華ちゃんのママは詰まった。諦めたように、
「りんごちゃんはエスパー?」
林子は笑う。
「なんとなく。話してみなよ」
促すと、訥々と話してくれた。
夫の様子がおかしい。ぼんやりしたり、鏡の前で何時間も身なりを整えたり。しょっちゅう空も見るそうだ。
「前はそんなことしてなかったのに」
「うんうん。なんか怪しいね」
「でしょ。それでスマホの履歴、ちょっと見ちゃったの。そしたら既婚者、好きな人、とか検索結果に出てきて……」
あーあ。やっぱりね。
「私知ってる。あの人のせいだよ」
たちまち、相手の目の色が変わった。
「りんごちゃん、なにか知ってるの?」
興味津々のその目を、もっと驚かせたい。
「教えてあげてもいいけど、秘密わらしべしない?」
「わらしべ? なにそれ」
「それはね……」
ルールについて説明すると、桃華ちゃんのママは困り顔を作った。
「私あんまり人そういうのは……」
「ごめんね。無理ならしょうがないよね。私
あえて去ろうとしてみせると、桃華ちゃんのママは、袖を掴んで引き止めてきた。
「ま、待って。誰にも言わないで。ここだけの話だからね」
交渉成功だ。
桃華のママから、コソコソと耳打ちされた衝撃の秘密に、林子はぎょっとした。
「マジ……?」
「ね、秘密わらしべだよね。パパのこと教えて」
もちろん。そういうルールですから。
今度は林子が桃華のママに耳打ちした。きめ細かくハリのある頬の色が、みるみる青くなる。
「
美柑が見たらしい情報を、そのまま話した。
桃華ちゃんのパパが幼稚園へお迎えに行ったときね。靴箱にあの人が手紙を入れてたんだって。中学生みたいだよね。パパは満更でもなかったみたい。
話し終える前に、桃華のママは、瞳にメラメラと憎しみの炎をたぎらせた。
「……あの人、2回り年下の人の旦那に手を出したんだ。よくしてあげたのに」
面白い。たった一つの小さな情報で、大きな波紋が広げられる。
肉売り場。魚売り場。野菜売り場。惣菜売り場。お菓子売り場。
スーパーの売り場の区画の間を、なつめは友達の
カートを押すなつめのママは、
「こらなつめ! 静かにしなさい」
と、精一杯叱るが、二人の小悪魔はバカにするようにケラケラと、あっちこっち駆け回った。
全然言うこと聞かない。ここはアスレチックじゃないのに。迷惑そうな周囲の視線が痛い。
弱り果てていると、視界にカゴの載ったカートの先が見えた。カートを押しているのは、ママ友のりんごちゃんだった。娘の
りんごちゃんは軽く手を振り、
「やっほー。なつめちゃんのママ、また
「うん。まあ……」
「家が隣だからってさすがに毎日預けすぎじゃない?」
りんごちゃんは鋭いところを突いてきた。自分も同じことを思っていた。
大体、なつめが言うことを聞かなくなったのも、活発で自己中な性格の
でも。
「希初ちゃんのママって共働きじゃん。いつも申し訳なさそうに預かってって言われて。なんかこっちが申し訳ないなって」
「あー。あの人ね」
事情を全て知っているような、呆れたような、含みのあるセリフだった。
「なに? なにか知ってるの?」
りんごちゃんは薄笑いを浮かべる。
「秘密わらしべだよ」
ルールを聞いて、一応同意してから、話を聞いた。
知ったのは、衝撃の事実。
希初ちゃんのママ、仕事で忙しいわけじゃないよ。旦那さん共々仕事クビになったもん。夫婦2人でわざわざスーツ着て、都内のパチンコ屋まで『出勤』してるんだって。
これで、迷惑な子を預かる必要もなくなりそうだ。
カフェKURUMIは、ママ衆のアジト的存在だ。
「りんごの情報ほんとに助かったわ」
美柑に感謝をされた。
「私も。
「りんごちゃんって情報通だよね。超助かった」
桃華のママも、そのほかのママも、次々おだててくれる。
林子は堂々と胸を張りたかったが、余裕な感じを出したかった。だからあえて澄まして、
「それほどでも。あ、
通りすがりの女性店員に声をかけた。
「はーい。少々お待ちくださーい」
このカフェは、娘たちと同じ幼稚園に通う
ママ友衆は噂話を始めた。
「カフェやってる友達いてラッキーだよね」
「ね、割引してくれるし料理もおいしいし」
林子もウンウンと頷いた。同時に、ムクムクと欲求が首をもたげる。
実は胡桃ちゃんのママにも、すごい秘密がある。この前なつめちゃんのママに聞いたばかりの情報だ。
話したくてウズウズした。
「ねえねえ。秘密わらしべしない?」
「いいね。楽しそう」
知っているママたちは、好奇心を帯びた笑みを浮かべた。
「なにそれ?」
他のママたちは興味を持って、ずいっと顔を寄せ合う。
林子は話したい欲求もあり、丁寧に説明してやった。
ママ友たちは、新鮮、秘密主義で、刺激のありそうな遊びに、目をきらめかせた。
「……面白そう。誰から話す?」
林子が一番に手を挙げた。
「じゃあ私から。胡桃ちゃんのママ、マルチで逮捕歴があるんだって」
「ええ?」とざわめきが起こる。息を呑んで口を覆ったり、隣にいるママと互いに目を合わせたり。初めて聞いたときは、林子も似たようなリアクションを取った。
その反応がもっと見たい。
「今もマルチと繋がってるらしいよ。やけに親切にしてくれるけど、そのうち高い鍋とか売ってくるんじゃない? うちはこれで料理作ってます、みたいな?」
ママたちは眉を顰め、
「いい人だと思ってたのに。人間不信になりそう」
「てかヤバいじゃん。ここの店に来るのやめよう」
また一つ、ツマラヌ波紋を広げてしまった。
「はい。じゃあ誰かもっとすごい情報だして」
「じゃあ私から。実はね」
驚くような秘密の雨が、池の水のように貯まっていく。
高揚感で満たされた。
貯まれ貯まれ。どんどん貯まれ。
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