秘密わらしべ
Meg
第1話 ひみつわらしべ
ある街のマンションの前で、暴露会が開催されていた。
「知ってる? 竹くんのママ、旦那さんの借金がすごいんだって」
「マジ? そういえば家の裏でタケノコ掘ってた。あれお金なかったってこと?」
「そういえば松っちゃんのママ、今年50歳なんだって」
「ええ? 30歳って自分で言ってなかった?」
「ほっぺに注射打ってるらしいよ」
「やば」
主催者は、子供を連れたママ集団。
他人の秘密を暴露して、金銭的利益が得られるわけでもない。でも、みんなが知らない新しい情報を披露すれば、みんなが驚く。自分が情報通なのを誇示して、気持ちよくなりたい。だから、積極的に情報を提供しあっている。
そんなママの1人、
「知ってる? 梅ちゃんのママ、旦那さんに内緒でこっそり夜のお店で働いてるんだって」
みんなが「えっ?」と息を飲む、のを、想像した。それだけで爽快になった。
が、ママ友の反応は、予想外に薄く、冷淡だった。
「それ有名な話じゃん。りんごちゃん知らなかったの?」
りんごは林子のあだ名。
「え? そうなの?」
初耳で、不覚にも逆に驚かされた。
「みんな知ってる」
「旦那さんも承知の上だよ。まあ普通じゃない?」
しらけた雰囲気が仄めかしている。あなたの情報には価値がない。つまらない。興味がない、と。
「それより整形っていえば、最近柏ちゃんのパパが面白い仕事始めたんだって。動画に映った人をね……」
「へえ。そんなことできるんだ」
新しい話題が、ママ友集団を席巻した。
林子は悔しくて、その後のみんなの会話なんて、ちっとも耳に入らなかった。
自宅に戻るなり、SNSを開いた。自分のアカウント名はりんご。
シュッシュッとスクロールして、友人知人の写真を漁る。
誰かのアッと驚くような秘密、載ってないかな?
見ても見ても、目に入るのは、子供のお弁当を作っただとか、家族とどこそこのきれいな場所へ行っただとか、キラキラした写真ばかり。
残念に思った。
「ネットじゃ見栄えのいい写真しかあがってないか……」
当たり前だけど。なんかいいネタないかな。自分は主婦だから、家庭か子供かママ友以外のネタがない。けど、別にほかの話題でもいい。
林子のバカげた悩みなどいざ知らず、リビングでは、幼稚園児の女の子が2人、無邪気に遊んでいる。娘の
「知ってる?
友達は
幼稚園児でもあんな仕草するんだと、少し驚いた。
苺杏の驚きようはもっと大仰で、目を皿のように丸くしている。
「うっそー! 全然知らなかった」
「でしょでしょ。次は苺杏ちゃんの番だよ」
「えっとね、ゆずちゃんがね……」
今度は苺杏が友達に耳打ちをした。
なんか幼稚園児らしくないふるまい。というか、さっきまで一緒にいた、ママ友集団の雰囲気とそっくり。
2人の様子が、ちょっと気になった。
「ねえ、苺杏たちはなんの遊びしてるの?」
尋ねると、苺杏はあっさりと教えてくれた。
「ひみつわらしべだよ」
「ひみつわらしべ?」
「ママ知らないの? ダサ」
そんな言葉、どこで覚えた?
それに、情報を全然知らないとけなされているようで、傷ついた。
意地悪なわが子の代わりに、友達が詳しく説明してくれた。
「誰かのひみつを教えたら、別の子のひみつを教えるの。教えてもらったひみつをまた別の子に教えれば、もっとすごいひみつがもらえるんだよ」
「へえ。面白そう」
林子はちょっと考えた。
これ、大人の世界でも使えるんじゃない?
次にママ友たちと顔を合わせるとき、ちょっとやってみよう。
夕日の門から、幼稚園のお迎えに来た親が、子供の手を引いて、続々と帰っていく。
平穏な日常の光景、とは、この日だけは言えなかった。
「なんでうちの子の物を盗んだの! なんでもっとちゃんとしつけないの!」
目尻を吊り上げて怒鳴るママ友に、
「ごめんなさい。
ママ友は顎をあげ、美柑を小馬鹿にした。
「あなたが女の子らしいものあげてないから、うちの子のものをうらやんだんじゃない?」
そんなことない。決めつけないでよ。
反論をぐっと呑み込む。
この人は気が強く、ママ友の中では結構上の立場にいる。逆らったら、人間関係が面倒になるだろう。
怒るだけ怒って、彼女はどこかへ行ってしまった。娘はギャアギャア泣いている。
しゃがんで娘の目元を拭いながら、自分も落ちこんでいると、
「
抱えていても落ちこむだけなので、話した。
「
柑奈とは、わが子の名前。
日頃おもちゃを十分買い与えている。人の物を取る理由なんて、ないはずなのに。
ギャン泣きする娘を、改めて問いただした。
「
娘は泣き声で、
「だって、柚月ちゃんがママをバカにしたんだもん」
「え?」
「ママが柑奈に女の子らしいものなんにもくれないよねって言ったんだもん……」
はらわたが煮えくりかえった。
自分の色眼鏡の決めつけを、子供にも言わせるなんて。
林子はわかってくれたようで、うんうん頷いている。
「ひどいよね。決めつけだよね」
「こっちはおばあちゃんの介護もあってしんどいのに、会うたびにグチグチグチグチ。サクッと黙らせる方法ないかな」
最後のは、苛立ちを紛らわせるためのひとりごとだ。そんな方法、都合よくあるわけない。
が、林子はピンと来たように、人差し指をあげた。
「柚月ちゃんママといえば。この前すごい情報知っちゃった。SNSにも上がってないの。それ言えば柚月ちゃんママも多分一発で黙るよ」
「え? なになに?」
それは気になる。
興味を示すと、林子の瞳が、キラッと光を帯びた。
「教えてあげるから秘密わらしべしない?」
秘密わらしべ? 聞いたことあるような。
「ああ! 最近子供の間で流行ってる遊び? 柑奈に聞いたよ」
「いい?」
いいにはいいが、問題がある。
「私あんまりいい情報持ってないんだけど」
「まあなんでもいいよ。ほんのちょっとしたことでも」
それならなんとか。
美柑は頷いた。
林子はコソコソと耳打ちしてくる。
「柚月ちゃんのママ、セーラー服でパパ活してたよ。この前見た。ほら写真」
スマホを見せられる。写真に映っているのは、セーラー服の柚月のママの後ろ姿。50代くらいの禿げたおじさんと腕を組んでいる。スカートの丈は短い。ピッチピチ。
驚きをとおりこし、呆れて声も出なかった。
柚月ちゃんママの写真を見せたら、美柑は目も口も間抜けなくらい開けて、びっくり仰天している。
林子は優越感と爽快感に包まれた。
とっておきのネタを、切り札として取っておいてよかった。
美柑は口をパクパクさせてから、
「女の子らしさをしつこく言ってくるのは、自分が女でいたいから?」
「そういうことじゃん? ラインで写真送ってあげる。しつこいとき柚月ちゃんママに見せてあげたら?」
「……ふっ。ふふふ」
美柑は低い声で笑いだした。
林子はニヤッとする。今度はこっちがいただく番です。
「じゃ、次は美柑の番ね」
「いいよ。いい情報もらったから、私もとっておきの秘密教えてあげる」
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