第19話 屋上での告白
「遠藤、真一見なかったか?」
二学期が始まってしばらくしたある日、担任の先生に呼び止められた。確か木村って名前だったと思う。担当教科は体育で、風紀担当の怖くて有名な先生だった。
授業が終わって、一緒に帰ろうと思っていたけど見当たらなくて、私もシンを探していた。
「三者懇談日の希望調査、あいつだけまだ出してないんだ。もし見かけたら、職員室に来るように伝えてくれ。」
分かりました、と答えて私はシンが行きそうな場所を思い浮かべた。一つだけ思い当たる場所があった。
東校舎側の屋上。
中学の校舎は、東と西に別れていた。どちらの校舎も、屋上に出る扉には鎖が掛けられ、鍵が掛かっている。しかし、東校舎側の鍵は壊れていて屋上に出ることが出来るのだ。私は偶然それを知り、時折シンと屋上に忍び出ては風に当たっていた。
屋上からは、札幌の街並みが三角山に消えるまで見渡せる。そこに立てばなんとなく、この世界のどこにでも行ける気がした。シンも、屋上が好きだった。シンは、町を見下ろすよりも空を見るのが好きだと言っていた。
屋上に上がると、案の定鍵が開いていた。シンがいたら驚かそうと思って、そっと扉を開けた。
風に乗って、人の声が聞こえた。
反射的に気配を消し、扉の影から声の方を覗く。
シンがフェンスにもたれていて、そのすぐ近くに丸山がいた。
「じゃあ、遠藤とは付き合ってないんだな。」
張り詰めた声で丸山がシンに問いかけている。思いがけず自分の名を呼ばれて、息を飲む。
「付き合ってなんか、いない。」
微かなシンの声が耳にかろうじて届く。
「お前、あいつのこと好きなのかよ。」
丸山の声は、私の心臓をぎゅっと掴んだ。その答えを知りたい。だけど、知るのが怖い。だから自分からシンに聞くことは無いと思っていた。まさか、他人から問いただされるとは思わなかった。
私は、ぎゅっと目を閉じて、シンの返事を待った。
覚悟を固める前に、シンの声が耳に届いた。
「好きとか、そんなんじゃないよ。」
シンの声は、微かに膨らんだ期待を残酷に打ち砕いた。
分かってたよ。
分かってたけど。
分かってたから。
だから、自分からシンに聞かなかった。
なのにどうして、丸山が無遠慮に踏み込んでくるんだよ。
怒りが胸にカッと湧いた。その瞬間、思いがけない言葉を聞いた。
「......じゃあ、俺と付き合えよ。俺、お前のことが好きなんだ。」
驚きで怒りは瞬時に冷めた。反射的にシンを見ると、シンは驚きで見開いた目を丸山に向けていた。その瞳は潤み、頬が少し赤くなっていた。
丸山が身体をかがめた。
--やめて。
私は心の中で叫んだ。
丸山が、シンの唇を奪うのを、見つめる。逸らすことが出来ない自分の目が、恨めしい。
嘘だ嘘だ嘘だ、こんなの嘘だ。
グワングワンする頭の中で、言葉がぐるぐると無意味に回る。
シンが、丸山の胸を押して顔を背けた。
「……丸山君は、男性が好きなの……?」
消えそうな声で、シンが問う。
「ああ……、そうだよ。」
苦しそうな声で、丸山が答えた。丸山に隠れて、シンの顔が見えない。
「……ごめん。その気持ちには、答えられない……。」
シンの言葉に、ほっと身体の力が抜けた。
と、突然ギーっと錆びた音を立てて、扉が開いた。
「お前ら!屋上は立ち入り禁止だぞ!」
木村先生がドアから顔を出す。木村先生は、視線をシンと丸山に向けていた。振り返ると、動揺を隠せないでいるシンと目が合った。
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