第18話 初めてのデート

 初めてのデートの相手は、シンだ。夏休みに、映画を見に行った。


 よく「映画のチケットを貰ったから」っていう理由でデートに誘うシーンがあるけど、映画のチケットをくれる人なんて心当たりが無い。だから、必死で試写会に応募した。見事当選したのはディズニーのアニメ映画で、どちらかというと子供向け。これにシンを誘うのかと思うと恥ずかしかったけど、「捨てるの勿体ないから」って理由がホントのことに聞こえやすくて良かったと思った。


 映画のことは、あんまりよく覚えていない。そこそこ面白かったけど、やっぱり子供向けの映画だった。


 映画を見て、ハンバーガーを食べて、ショッピングモールをうろうろした。中学生だったから、お金はそんなに持っていないし、ブランド物の洋服の良さもあまりよく分からなかった。シンは、私に合わせて婦人服のショップを一緒に覗いてくれていた。


 シンが、マネキンの前で足を止めた。


 ポーズをとったのっぺらぼうのマネキンは、ワンピースを纏っていた。白地にピンク系の小花模様の、透け感のある生地。ハイウエストでひらひらの裾は膝より少し上。胸元と五分袖の裾に、白いシフォンのフリルが付いている。


 「可愛い……。」

 シンが呟いた。


 私はちょっと、ショックだった。こんな可愛いワンピース、私には絶対に合わない。シンはこんなワンピースが似合う、可憐な女の子が好みなのかな。そう思うと胸がじくじくと痛んだ。シンは私の視線に気付いて、気まずそうに微笑んだ。


 「那帆に、似合うと思うよ。」

 「嘘だ。似合うわけないじゃん。」


 今日だって、ジーンズに黒のTシャツ。女らしさのかけらもない。


 「似合うよ、絶対。那帆は綺麗な脚をしているから、ミニスカート履いたらきっと似合う。」


 綺麗な脚。その言葉に赤面して俯いてしまった。シンが普段そんな風に私のことを見ているんだと分かって、恥ずかしかった。


 「……でも、那帆にはこっちの方が似合うかな。」

 シンが指を指したのは、向かい側のマネキンだった。紺色に緑を少し混ぜたような、積丹の海みたいな色のワンピース。シルエットがすっきりした、大人っぽいデザインだった。


 「こんな女っぽいの、似合うかな。」

 「似合うようになると思う。いつかきっと。」


 今じゃないのか。そう思うと心が少ししぼんだ。

 

 だけど。


 --いつかきっと。


 素敵な言葉だと思った。


 いつかきっと、いい女になる。その時隣にシンがいたら、どんなに良いだろう。


 そっと見つめたシンは、さっきの小花柄のワンピースを見つめていた。


 ショッピングモールは、中学生の私たちにはまだ似合わない場所だった。早々に電車に乗って地元に帰り、いつもの公園になんとなく向かった。


 夕方の日差しが、バスケットゴールを照らしていた。ゴール下に古びたボールを見付け、シンはボムボムとドリブルを始めた。


 「久しぶりに、しよ?」

 シンがそう言うので、私は曖昧に首を傾げた。


 「だって、病気に良くないんでしょ。」


 戸惑う私に向かって、シンがボールを投げる。私は胸元で受け止めると、上半身をかがめてドリブルを始めた。シンも身体を低くした。


 本当に、大丈夫かな。


 迷いが生んだ僅かな隙を見付けてシンがボールを奪う。軽いステップを踏んでシンはシュートの態勢に入った。私は一歩先にゴール下に辿り着いてジャンプした。伸ばした私の手をシンは空中で躱した。シンの手からボールが空に放たれる。ゴールの手前で、私はそのボールをカットした。着地と同時にボールに飛びついてキャッチし、その場でゴールを決めた。


 シンがゴール下で膝をつき、肩で息をしていた。その傍に、ボールが落ちる。


 「やられた……。」

 肩で息をしたまま、シンは微笑んだ。


 私が上達したわけではなかった。シンが、下手になっていたのだ。


 ボールを拾って、その上にお尻を乗せて座った。

 「大丈夫……?」


 シンの呼吸が落ち着かないから、心配になった。シンは苦笑いを浮かべて、心配ないというように首を横に振る。その姿が儚くて、このまま消えてしまいそうだとふと思い、怖くなった。


 「シンの病気……。」

 思わず口にしたけど、その続きを考えていなかった。シンは、眉をしかめて俯いた。


 「悪く、なったりしてないの……?」

 するっとはいた言葉に、シンはハッとしたように顔を上げた。それから、クシャリと顔を歪めて立ち上がる。


 「病気は、悪くなったりしない。」


 シンが小さい声で呟いた。その言葉に、ほっと息を吐いた。風が吹いて、シンの髪がさらさら揺れた。トンボが風を泳ぐように飛んでいる。その羽が、夕日を透かしていた。


 「お母さんは、命に関わる病気じゃ無いって言ったけど。」


 背中を向けたまま、シンが言う。


 「最近、そんなことも無いんじゃないかなって、思うことがある……。」


 ドクリ、と心臓が大きく動いた。どういうことって、問いただしたかった。でも、動けなかった。シンの姿が、ふっと消えてしまいそうだった。


 その時、耳障りな金属音がいくつも耳に飛び込んできた。自転車のブレーキ音だ。振り返ると、丸山達バスケ部の連中が、わらわらと自転車を降りてやって来た。


 「お前ら、なにやってんの?」

 丸山が無遠慮に問いかけてくる。


 「関係ないでしょ。」

 私はシンの手首を掴んで、足早にその場所を去った。

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