第17話 都合いい女にされてるのかもよ
なんでこいつは人の機嫌を損ねるようなことばっか言うんだろうな。狙ってんじゃないだろうな。私は沙也香を睨み付ける。
「デートは、延期っ!」
そう、延期。誕生日当日じゃなくても、楽しいデートは出来るのだ。沙也香はまた手を止めて私を見た。
「どういう事?」
私は面倒だって気持ちを包み隠さず顔に出して答える。
「当日夜は接待で、翌日の有給は取れなかったんだって。仕事熱心な彰君だからね、仕方ないでしょ。」
「はあ?」
沙也香は思いっきり眉毛をハの字に寄せた。
「あんた、それすんなり信じてハイそうですかって言ったの?」
「言ったわよ。彼氏が頑張ってるのに、だだこねるようなイタい女じゃないから。」
「いや、ないわ……。」
沙也香は深い溜息をつく。何故に溜息?と私は首を傾けた。沙也香はぐいっと私に顔を近付けて超真面目な顔をする。
「いい?私ら美容業界の人間ってね、都合いい女になりやすいんだよ。」
「なに、それ。」
都合いい女になんて、私がなるわけないじゃん。っていうか、私をそんな扱いする、勇気ある男がいるなら会ってみたいよ。そんな心の呟きを見透かしたように、沙也香は一層怖い顔で、人差し指まで立ててみせる。
「私ら絶対土日祝日休めないじゃん。店が終わってからも、トレンドから遅れないように研修研修で帰りが遅くなりがち。どうやっても彼氏作るの難しいでしょ?」
「まあね。彰はそこのとこ理解して、頑張って合わせてくれてるんだよね。」
「頑張って合わせてるって、天ざるデートがか?」
むぐ、っと口ごもると、沙也香はラスボスの急所を刺した勇者のごとく勝ち誇った顔をした。
「土日会えない。平日の夜も会ってくれない。昼間のランチデートだけで、彰の何が分かるのさ。土日に別の女と会ってても、夜に女を部屋に連れ込んでえっちしてても、あんたは知ることは出来ないんだよ、今の状況じゃね。」
……そんなこと、考えなかったわけじゃない。だけど、真面目な彰が二股掛けるはずなんて、ない。
「あんた、キープにされてんじゃない?」
勇者沙也香は攻撃の手を緩めない。
「新しい女と上手く行かなくなったときの押さえとか、女がつかまんなかった時の補充にとか。女が欲しくてもすぐに手に入らない時のために、キープされてんのよ。」
「そ、そんなわけ、ないじゃん……。」
思い切り否定しようとした声が、自分でも驚くくらい小さい。
「だってさ、今でも彰が会いたいって言ったら、どんなに疲れてたって駆けつけてやるでしょ?」
「まあ……、しばらく会ってないし……。」
そう答えたら、胸の中がざわざわし出した。そんなはず無いって何度も否定するけど、もしかしたらと寄せ返す波のように思考が右往左往する。
沙也香がふっと笑って身体をかがめた。それから、私の目の前に小さな箱を置く。
「なんてね。たまにあんたのへこんだ顔見るのも気分いいもんね。……これ、誕生日プレゼント。」
私は驚いて沙也香の顔を見る。思わず施術中の手を箱に伸ばそうとすると、動くなと視線で釘を刺された。沙也香は筆を置いて箱を開けた。
そこには、ネイルチップが並んでいた。実際の爪より倍くらい長い。根元が白で、先端のコバルトブルーに向かうグラデーションが綺麗。ラメがキラキラ光を反射している。夏のビーチみたいな色だ。
「たまには、派手な爪も良いわよ。デートの時、付けて。」
沙也香はそう言って、ウインクをよこした。
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