第16話 恋愛の形は自由だ

 ネイルサロンが入っているビルの入り口で、ショーウインドウから漏れる光に手を翳し、あの日のシンが何故あんなに困っていたのかその理由を思い出した。もうすぐ消えそうなキャンデーのかけらが、苦くなった。


***


「あんたさ、ホントいつもその娘の話ばっかよね。」

 ジェルネイルをオフしながら沙也香が言う。


 沙也香は美容系の研修で出会い意気投合した飲み仲間で、私の数少ない友達の一人。元ヤン系のお転婆気質と親父系大雑把気質は相性が良い。


 美容師をしているくせにお洒落にあんま興味ない私でも、手のお手入れだけは欠かさない。月に一度は沙也香を指名してネイルのケアをして貰いつつ愚痴をこぼす。その内容が、いつもまりあの事になってしまうのだ。


 今日も、まりあが突然豪華なベッドを買ってきた下りを話していた。


 「……前々から突っ込もうと思ってたんだけどさ。」

 ベージュのジェルネイルを塗りながら沙也香が言う。ネイルは昔から、ベージュかペールピンクと決めている。


 「あんたさ、実はそのまりあって娘が好きなんじゃない?」


 「はぁ!?」


 私は凄く変な声を張り上げてしまう。沙也香がじっとりと上目遣いで睨む。私の声は狭い店内に響き渡ってしまったようだ。ブースをしきるカーテンの向こうで、んん、と咳払いする声が聞こえた。私は一瞬身を縮め、あんたが変なこと言うからじゃん、とにらみ返した。


 「私は偏見持たないよ。恋愛なんてどんな形があっても良いと思う。女が女を好きになっても、いいんじゃない?」


 「いやいやいやいや。」

 私は首をぶんぶんと横に振った。


 「違うの?」

 「当たり前でしょ!」


 全力で否定すると、沙也香はふんと息を吐いた。


 「じゃあさ、もしも彰とまりあが同時に熱出したとしたら、どっちの看病に行く?」

 「まりあに決まってるじゃん。」


 即答すると、沙也香はマスカラで縁取られた目を大きく見開いた。


 「何故まりあなの?」

 「だって、彰は男だよ。熱くらいで死にゃあしないよ。自力で何とかするでしょう。ウチのまりあはか弱い乙女なんだから、看病してやらんと死んでしまう。あ、モチ、彰には優しい激励の言葉は贈るよ。薬がないとか食料ないとかだったら、全速力で届けに走るよ。」

 「で、全速力でまりあの元に帰るの?」

 「あったり前じゃん!」


 沙也香は手を止めて、大きな溜息をついた。


 「じゃあさ。」

 一つ肩をすくめてから、沙也香は言葉を続けた。


 「乗ってた舟が沈んで、救命ボートに乗せられるのは後一人。まりあと彰が目の前で溺れています。どっちを助ける?」

 「まりあ。」


 沙也香はさっきよりもさらに大きな溜息をついた。


 「助けないと、彰死んじゃうよ?」

 「男なんだから、自力で別のボート探せや。」

 「うわ、ヒド!」


 沙也香はそう言って、ケタケタ笑い出した。


 「現役彼氏よりも大事な女って、どおなの。絶対惚れてるでしょ。」


 しつこく詰め寄る沙也香に、私はいささかうんざりした。


 「私はいたってノーマルだからね!彰とまりあは比べるようなもんじゃないの。心配しなくても、彰とはラブラブなんで。」

 「ほうほう、そうですか。」


 沙也香はやっとまた手を動かし始めた。


 「そう言えばさ、来週だよね。誕生日。ラブラブデートでどこ行くか決めたの?」

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