第13話 幸せな恋をしてほしいってこれ本音?

 「そう、残念だったわね、その職人さん。でかい獲物を逃したもんだわ。ま、男は掃いて捨てるほどいるから、次のチャンスを待ちなさいな。……それより、那帆はどうなの?来週、待ちに待った合同誕生日でしょ?どんなデートにするのか決めたの?」


 矢木さんに水を向けられ、思わず口を結んだ。まりあがちらりと視線を向ける。


 「それが、仕事でキャンセルになっちゃって!」

 努めて明るくそう言うとまりあがチラリとじゃなくてじっと視線を注いできた。


 「何それ。大事な記念日に仕事入れるなんて最低!最近まともにデートもしてないじゃない。そんな男、やめちゃいなさいよ。」


 珍しく尖った言葉を投げてくる。矢木さんがクスクス笑う。

 「まりあったら、焼き餅焼いて!」

 「焼き餅じゃないです!那帆には幸せな恋愛をして欲しいんです!今の男はちょっと違うんじゃないかなって女の勘が働くの!」


 唇を尖らせてまりあはそう言った。真剣に怒ってくれるまりあの顔を見ていると、ちょっとこそばゆい気持ちになる。


 「まりあさん、今日ご予約のお客様からお電話です!」

 カウンターからアシスタントの女の子が声を掛けてきた。


 「今行きます。」

 まりあの背筋がすっと伸びる。クールビューティーに早変わりだ。


 まりあのオンオフ切り替えは達人技。仕事をしているまりあは1㎜の隙もない美しき美容家なのだ。もっとも、そうでない姿を見せるのは、私と矢木さん、後は実のお母さんくらい。


 いつかもう一人、「愛する人」に心を開く日が来るだろうか。


 まりあは、理想の女性にならなければ、きっと恋はしない。


 まりあが理想通りの女性になるためには、もう一段階大きな壁を越える必要がある。でも、いざそこに向かおうとすると折角貯めた資金を散財してしまうのだ。


 恋愛の扉を前に、回れ右をしてしまうみたいに。


 まりあが願いを叶えて、本当の恋をするまで安心できない。頼りないまりあの手をずっと引いてきたけれど、いつか誰かにバトンタッチするのだ。その日が早く来れば良い。


 一瞬、バージンロードを歩く花嫁姿のまりあと、まりあと腕を組んで歩く自分の姿を思い描いた。その先で待っている白いタキシードの男にまりあを送り届けようとしている。

 

 いや、ちょっと待て。私まりあのお父さんになってんじゃん。


 親離れして幸せになってくれるのを願いつつも、まりあが誰かに心を揺らす度に焼き餅を焼く。この複雑な心境に、辟易とする。


 思わず溜息をつく。


 「溜息なんてついちゃって。」

 矢木さんが私のほっぺたを突いた。


 「まりあにはまりあのタイミングがあるの。那帆には那帆のタイミングがあるようにね。大丈夫よ、女の子にはちゃんと、生まれ変わる時が来るわよ。」


 そう言って、ウインクをした。

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