第12話 まりあのでっかいお買い物
「やだー、超かわいーんですけどー!」
開店前の
のぞき込んでいるのは、まりあのスマホ画面。そこには昨日届いた文字通り「大きな買い物」が映し出されていた。
ネグリジェ姿のまりあに手を引かれて向かったのは、寝室。そこにあったものは天蓋付きのベッドだった。そう、あの、屋根からひらひらしたカーテンみたいなものがぶら下がっているベッド。
「ちょっとー、凄いじゃない。これ、蝶々が透かし彫りになってるぅ。わー、お花も彫ってあるじゃん。可愛い!このひらひら、ウエディングドレスみたーい!」
そう、矢木さんが言うとおり、ベッドには蝶と花が一面に彫られていた。ヘッドボードやフットボードだけじゃなく、サイドボードにまで。その細工は確かに素晴しくて、西日を透かすレースの布地も上質のものだった。
「どこで買ったの?ニトリじゃ絶対売ってないでしょ?」
矢木さんの言葉に、まりあは得意げに顎を上げた。
「オーダーメイドです。」
「オーダーメイドぉ!何それ、超ラクジュアリー!」
盛り上がる二人に、私は思いっきり咳払いした。
「ラクジュアリーじゃないっすよ。お陰で私の睡眠スペースはド貧民っすよ。」
狭い寝室にデンと豪華なベッドを置いたものだから、空いているスペースは殆ど無くなってしまった。それまで、布団を並べて寝ていたのに。昨夜はベッドの横に布団を敷いたが寝返りすることが出来なかった。お陰で首が痛いんですけど。
「一緒に寝ようと思ってセミダブルにしたのに。」
まりあがぷぅっと頬を膨らませる。いや、それは無いから。
「あら、一緒に寝なかったの?同棲してるくせに。」
「ルームシェアと読んでください。」
「あらー、同棲って響きの方が素敵じゃない!で、これ、いくらしたの?」
矢木さんは全否定したい内容を軽く流して話題を変えてしまう。
「いくらだと思います?」
まりあは悪魔的な微笑みを矢木さんに向ける。矢木さんはもう一度画像をのぞき込んだ。
「これって、手彫りなの?」
「勿論です。」
矢木さんは、うーん、と唸ってから真面目な顔をまりあに向けた。
「目標金額の200万、全額はたいてないでしょうね。」
「まさかぁ。」
まりあは首を横に振ったが、その顔に少し焦りが滲む。私もまりあを睨み付けた。私の視線に気付いて、まりあは笑顔を引きつらせる。
「……200万で作ってって頼んだけど、実際にかかったのはその一桁少ないくらい。」
「ぬぉ!」
思わず変な声を上げてしまう。200万かけてベッドを作ろうとしたのも大概馬鹿な行動だけど、20万するベッドも結構なものだ。
「安いわね、えらく。」
矢木さんは別の意味で驚いている。こうなるともう、物の価値がよく分からん。
「総彫りだし、いい木を使っているし、天蓋の布も上等ね。その職人さん、殆ど儲け取ってないんじゃない?」
「お値段を付ける基準が分からなかったから、言うがままお支払いしたんだけど。私もちょっと安すぎる気がしたんだけど、これで充分ですって言い張るから……。」
私と矢木さんは、顔を見合わせた。そして、頷き会う。
「その職人さん、男?」
「ええ、男の人。」
「お値段抑える代わりにデートしてとか、言われたんじゃないの?」
「そそそ、そんなこと無かったですよ!」
必死で否定するまりあの頬がほんのりと赤くなったのを、私は見逃さなかった。
「イケメン?」
私の追求にまりあの顔がボボボっと赤くなる。これは、相当なイケメンだったらしい。
「惚れたんでしょ。」
腕を組んでまりあに詰め寄ってやった。まりあはタジタジ後退る。
「ちょっと、素敵だとは思ったけど……。」
「イケメンだから?」
「顔だけじゃないの。その職人さん、ちゃんと私の話聞いてくれたの。だから、ちょっと素敵な人だなーって思っただけ……。」
「そりゃ、話くらい聞くだろうさ。オーダーメイドでしょ?聞かなきゃ家具なんて作れないさね。話聞いてくれる人にいちいち惚れてたら、殆どの男にほれてないと駄目でしょや。」
「だあってぇ、私が知り合う男の人って、一方的に自分の自慢話するか全面的に私の言うことに賛同してくれるかどっちなんだもん……。」
「知り合いの男って全員お客さんでしょ?カットの間の限られた時間で気に入られようと思ったら、全面的に俺は凄いアピールするか、いい人デスアピールするしかないじゃん。男作りたきゃ店以外の場所で出会いを求めなさい。」
「で、出会ったのよねぇ。素敵な人に。」
ヒートアップしてきた私の頭を肘でぎゅっと押さえて矢木さんが言葉を挟む。まりあは困った顔で俯いた。
「でも、もういい人いるみたいだから。納品も終わったし、二度と会うことはないです。」
寂しそうに、微笑む。
まりあは惚れっぽいくせに、いつも恋愛の扉の前で引き返してしまう。
まりあには、幸せな恋をして欲しい。これは、私の心からの願い。なのに、まりあが恋の入り口に立つ度に、胸がじくじく痛む。そして、扉に触れようともせず引き返す姿に、安堵するのだ。
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