第10話 ネグリジェから透ける胸

 彰と別れた後、パワーラックで一時間筋トレして、一時間走り込んでからじっくりサウナで整うというお決まりのコースをこなした。彰と誕生日を祝えなかったけど、タイムリーであることにこだわる必要無いって気持ちの切り替えも出来た。


 後は帰ってまりあの作るつまみを食べながらビールを飲んで明日からの英気を養うだけだ。


 鼻歌交じりに玄関のドアを開けると、まりあの鼻歌とぶつかって不協和音になる。


 あいみょんかよ。


 私は思わず笑った。まりあのハスキーな声はマリーゴールドに超ハマっている。鼻歌に混じって水しぶきの音が聞こえる。こんな時間からお風呂に入っているなんて珍しい。汗でぐっしょりと濡れたTシャツを洗濯機に放り込みつつ磨り硝子をチラ見すると、半身浴をしているまりあのシルエットがあった。浴槽から片足をすっと天井に伸ばしている。入浴剤のCMかよと肩をすくめて脱衣所を後にした。


 窓の外から夕方の光が差し込んでいた。


 「あーあ、休みが終わっていくよ。」


 呟きながら缶ビールを開ける。4階の窓からは町が一望できる。ずっと向こうに見えるのは恵庭岳。うす茜の空に斑点を付けるように烏の群れが飛んでいく。ちょっとだけ、切なくなる。


 「那帆ー、お帰りー。」


 ほわんと緊張感のないまりあの声が背中に聞こえたので振り返る。で、ビールを吹き出しそうになった。


 「あ、あんた!なんて格好してんの!」


 思わず向けた人差し指が震えている。


 そこには、不思議そうに首を傾げるまりあがいた。


 総レースのワンピースパジャマを着て。これ、どこか昭和チックだ。「ネグリジェ」って呼んだ方がしっくり来る。


 一見お姫様チックなフリフリスタイルだけど、レースの下にうっすらと裸の胸やくびれた腰が、ほーんとにうっすらと覗いている。この、見えるか見えないか加減が超エロいんだけど。


 まりあはうふっと笑って膝上の裾を持ち上げてくるりとまわって見せた。白く細い腿が露わになり、ピンク色のパンツがチラリと見えた。


 「ね、可愛い?」

 「可愛いとか、可愛くないとかじゃなくてさ、あんたその格好で絶対無防備にドア開けたら駄目だからね。宅配便のお兄さんでも郵便屋さんでもよ!」

 「どうして?」

 「どうしてじゃない!」


 思わず叱りつけてしまった。だって、玄関開けてこんな格好の美女が出てきてご覧なさい。オオカミさんに子羊ちゃんを差し出すようなもんよ?でもどうやらまりあには私が怒る意図が理解できないらしく、すねたようにほっぺたを膨らませた。


 その顔に、ちょっと弱い。


 「……可愛い。可愛いけどね、そのちらっと見えてるおっぱいが危険なのよ、まりあちゃん。」


 まりあは小首を傾げながらレースの胸元をひっぱった。


 「透けてる?」

 「……透けてる。」


 気付いてないのかい。その無防備さに怒りを覚える。顔が熱くなって手で仰ぐと、まりあがにやりと笑った。


 「やだ、那帆ったら照れてるの?」

 「照れるかい!今更!そのおっぱいは散々お世話したんだからね!」

 「そうでした。」


 まりあはペロリとピンクの舌を出した。私は軽く咳払いをしてビールを煽る。本当に、このDカップの胸は世話の焼ける奴だ。なんて思いながらチラリと視線を向けると……、やっぱシースルーは目のやり場に困るな。本物じゃないって分かってても、ドキドキしてしまう。


 まりあの胸は、つくりものだ。

 そう、このDカップは豊胸手術の賜なのだ。

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