第9話 こう見えてもリア充なんで

 他の子に対してなら、「遊ぼうよ!」って気軽に言えた。学校が違うことなんて、大した問題じゃなかった。


 シンに会いに行きたかった。

 でも、どうしてだか足が言うことを聞いてくれなかった。


 時間が経てば経つほど、会いに行き辛くなった。


 ***


 二人分の天ざるを前に、胸がキュンと痛むような思い出にふけっていたら、店の扉ががらりと開き店主が「らっしゃい!」と威勢良い声を上げた。反射的に振り返ると、あきらが笑顔で手を上げていた。


 「ごめん、待たせて。注文しといてくれたんだ、助かる。」


 彰は黒縁の眼鏡を外し、おしぼりで顔の汗を拭った。黒縁眼鏡を掛けているとかわいい系の顔だけど、眼鏡の下は狐目でキリッとしている。営業先のお客さんにきつい印象を与えないように敢えて個性を殺すような眼鏡を掛けているんだとか。


 「ちょっと、おっさん臭いんだけど。」

 そう言って嗤うけど、実は眼鏡を外した顔を見るのが好きなのだ。だって、彼女の特権って感じがするじゃん。


 彰とは付き合って三ヶ月目。そう、一番ラブラブな時期ね。出会ったのはマッチングアプリ。生年月日が同じだねって彰から声を掛けてきた。


 「サラリーマンと美容師だと、休みが合わないよ?いいの?」って何度も確認したけど、「めっちゃ頑張るから!」って爽やかに言うから、根負けして付き合い始めた。


 糞真面目の見本みたいな性格は気に入ったし、顔はまぁまぁ。好みのタイプじゃないけど、そこまでいうなら付き合ってやろう、てな感じだ。


 最初の一ヶ月は本当に頑張ってくれた。私の休みに合わせて、月曜日の夜に落ち合ってご飯食べていちゃいちゃして。でも、最近忙しいみたいで私の定休日にランチを食べるくらいしか時間が取れないらしい。それも、一時間びっちりって訳に行かないから、さっと食べられるこのそば屋が定番。大体私が先に天ざるを注文しておく。


 色気はないけど、このそば屋は天ぷらもそばも美味しい人気店なのだ。


 「忙しいんだ、相変わらず。ご飯ちゃんと食べてるの?」

 「心配してくれてありがとう、那帆はやさしいなー。コンビニ飯だけど、栄養バランス考えて食べるようにしてるよ。」


 そう言ってから海老を一本私の皿に入れる。


 「何が良い?」

 「んー、カボチャとオクラ。」

 私の問いかけに、彰は小難しい顔でしばし考えてから答えた。私はムッと口をへの字に曲げた。


 「カボチャ?」

 「……じゃ、椎茸。」

 「よし。」


 私の不平に彰はあっさりと譲歩する。私は彰の皿にオクラと椎茸をのせた。


 彰も私も、海老好きなのだ。その海老を、彰は一匹私にくれる。代わりに、別の天ぷらをあげる。海老一匹と野菜一品ではなんだか不公平なので、野菜を二つ選んで良いことにしている。最近二人の間では、お決まりのトレード。


 海老の天ぷらは、塩に限る。

 

 海老はプリッとしていて、噛むと鮮度が良いって分かる。美味しいね、と無言で頷き合う。


 「ね、来週だよね、いよいよ。」

 海老を飲み込んでから、私は身を乗り出した。


 来週は、始めて迎える二人の誕生日。付き合い始めてから、この日をどうやって過ごそうかあれやこれやと相談中。最近は、目新しい提案はないけど。


 誕生日は幸いにして月曜日。私の定休日前だ。彰は翌日有休を取る。仕事終わりに落ち合って、翌日夜遅くまで一緒に過ごす。日中思いっきり遊ぶのは、付き合って初めてのことなのだ。


 「ごめん!」


 おもむろに、彰はテーブルに頭を突っ伏した。え、と私は固まったままその旋毛を眺める。


 「月曜の夜、接待が入っちゃってさ。火曜日も、休み取れなかったんだ。本当にごめん!」


 グヮーンと頭を殴られたような気がした。落胆がずしずし胸を占拠していく。あんなに何度も休みを取るって豪語していたのに、直前になって駄目だったってどういう事よ。


 と、心の中で旋毛に向かって悪態をつく。


 だけど私は怒りを押さえつけ、ふっと息を吐いた。

あきれた顔を作り肩を少しだけ竦める。


 「しょうが無いわね。仕事熱心だもんね、彰。……この埋め合わせはちゃんとしてよ。」

 「本当!?……那帆、ありがとう、ごめんね……。」


 顔を上げた彰の瞳は涙に潤んでいた。私は余裕の笑みを返してやった。いい女って、ちょっと無理するもんなのよ、きっと。


 「頑張ってる彼氏を応援するのは彼女の役目よ。誕生日なんて、年一やってくるんだからいいじゃん。でも、仕事のチャンスは逃すと痛いもんね。」

 「ありがとう!俺、那帆みたいないい女彼女に持って幸せだよ!」


 彰が私の手を握る。


 リア充って、ドピンクなハートだらけとは限らないんだろうなって、最近思っている。

 

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