第2話

1578年(天正6年)9月


利三は妻の安と二人で土佐へ向かった。

紀州(和歌山県)から出ている船に乗れば土佐はそこまで遠くはない。

昼前に土佐の港に到着した。

その集落の者が元親の居城である岡豊城に人を向かわせる。

「大した距離じゃない、歩いて行こう」

「はい」

といって二人で歩き出す。

先だって訪問の使いは出してある。

晴天で空には雲一つない。

「元親殿との親善のためとはいえ安殿も船旅ご苦労様ですな。」

利三がおどけてみる。

「私はひさしぶりに子供たちに会いたいだけですよ。

親善のためだけであれば私を連れてこずにあなたと家臣だけで来るくせに。

あなたも本当は子供たちに会いたいだけでしょう。」

安が笑って言う。

「お見通しですなあ」

といって利三は大声で笑った。

夫婦でたわいない話をしながら歩いていく。


今回の訪問は親善という名目で利三が元親夫婦と子供たちに会いに来ただけである。

元親夫婦とは馬が合い、家族そろって仲が良い。

子供たちもみな利三夫婦になついている。

子供好きの二人にとってはたまらなくかわいい。


しばらく歩くと岡豊城が見えてきた。

織田の安土城や明智の坂本城ほどの規模ではないが岡豊城にも城下町が造られている。

商店や作業場が立ち並んでおり、その中に見知った顔も多数いてすれ違うたび声をかけてくる。皆明るく開放的でおおらかである。

「楽しいですねえ土佐の方々は。」

安が本当に嬉しそうに微笑む。

「そうだな、元々の性質なのか元親殿の力量なのか皆幸せそうだな。」

「両方じゃないですか?」

「かもしれんね。」

ふと前方を見るとやはり見知った顔がこちらを見て微笑んでいる。

長曾我部元親と三男の盛親だった。

「いらっしゃいませ!」

盛親が大きな声で挨拶をしてかけよってくる。今年で3歳になるはずだ。

「よく遠いところおいでくださいました。お疲れでしょう。」

元親の声は穏やかだが騒がしいところでも良く通る。

船着き場から先に知らせに行った者より聞いて待ちきれず迎えに出たのだ。

大名であるがこういうところがある。

人間が好きなのだろう。

容姿は両性的な顔つきをしており髭を生やしていない。

身長は高く体格はやせ型である。

身長が低ければ女性と見間違えるかもしれない。

子供のころはこの容姿とおっとりしていた性格もあって「姫若子」と侮られていた。

だが初陣で奮迅の働きを見せたことで「鬼若子」と呼ばれるようになった。

戦、政治で土佐をまとめ近隣諸国を併合、侵攻して急成長させているため今では「土佐の出来人」と呼ばれている。

出世魚の様だ。

「やあ、お久しぶりです。やはり土佐はいいですね、人がいい。」

「ありがとうございます。ささ、屋敷に良い鰹と酒を用意してあります。お好きでしたね。」

「ああ、土佐は人も鰹も最高ですな。」

お互い顔をあわせて笑う。

それは大名と他家の家老という関係ではなく親戚同士の会話だった。

安は挨拶もそこそこあっという間に盛親を抱きあげている。


その夜の宴会の後、利三と元親は二人きりになった。

宴会の後二人で話すのはほとんど習慣になりつつある。

「さて、今現在長曾我部家は阿波攻めを行っており数年で阿波を制圧する予定です。

あくまでも予定ですが。」

軽々と元親が言う。

阿波は名門三好家の系譜十河家が治める土地であり簡単な相手ではない。

だがやってのけることを利三はわかっていた。

元親は続ける。

「問題はそのあとです。」

利三は応える。

「織田ですね。」

「はい、讃岐攻略に取り掛かった時点で信長殿が長曾我部家を危険視すると思われます。信長殿に長曾我部が攻略した土地は自分の領土と認めるとのお約束をいただいていますが現実問題、讃岐・阿波の領有は認めないでしょう。中央に近すぎます。認めるにしても土佐と阿波の一部でしょう。」

「もし讃岐・阿波平定後に信長殿がそのことを要求してきたらどうしますか?」

「交渉はするでしょうが、受け入れます。とてもではないですが敵いません。

長曾我部家を滅ぼし、土佐を火の海にする気はありません。」

土佐の出来人か。現実的な見通しに利三は感じ入った。

「これから私もその心づもりでおります。光秀様にもお伝えしておきます。」

「ええ、よろしくお伝えください。」

元親は微笑んだ。

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