そこまではしない。

内藤八雲

第1話

16世紀の後半、織田信長という男が戦国の世に幕を下ろそうとしていた。

信長の勢力は畿内を中心に軍事力、財力で日本随一を誇っており、家臣も優秀な人材がそろっていた。

その信長の重臣に明智光秀という男がいた。

明智家は光秀をトップに置き、その下に明智五宿老と呼ばれる五人の家老により統率されていた。

そのひとりに斎藤利三という男がいる。

利三は家柄も良く有能であった。人柄もよい。過去の軍功も目立ったものが多い。

徳川実記という書物によれば利三は光秀の義理の甥である。

光秀の妻である煕子の妹の子供になる。


光秀に仕える前は将軍家、次いで織田家家臣の稲葉一鉄に仕えていた。

その間に一鉄の娘である安を娶る。

だが、稲葉家または一鉄自身との折り合いが悪かったのか致仕し希って光秀に仕えた。

それを不満に思った一鉄が織田信長に訴え出た。


(光秀が利三を引き抜いた、返すよう信長様から言ってください。)


織田家の法では家臣同士での引き抜きは禁じられている。

稲葉家を辞めてから光秀に仕官したのであって引き抜きには当たらないが引き抜いたようにしか見えないだろう。

また、新しい仕官先に仕える際は旧主にも了解を得る事と家法に定められていた。

当然だが一鉄は承知しない。

そのため信長は「あのような小者のために明智家と稲葉家を仲たがいさせるわけにはいかない。稲葉家に利三を戻せ。」と命令した。

だが光秀は「お断りします。」というだけで頑として首を縦に振らなかった。

このまま一鉄のもとに戻せば利三の立場や状況は悲惨な事になるだろうし、光秀の信頼できる親族であり、かつ有能な利三は明智家としても喉から手が出るほど必要な人材であった。

結果、利三は光秀のもとに落ち着くことになった。

光秀に対して信長の心証はだいぶ悪くなった。


一鉄の娘、安とは離縁せずにそのまま夫婦のままである。

ふたりは政略結婚ではなく当時珍しかった恋愛結婚だった。

7人の子供がいる。

ちなみに末娘である斎藤福は徳川将軍3代目徳川家光の乳母になる。

春日局である。


この後は光秀と共に各地を転戦し功を挙げ明智家家老となる。


光秀は信長から四国・土佐の領主である長曾我部家との取次ぎを任されることになった。

それを利三が主に担当する事になる。

取次ぎとは信長と相手方との橋渡し役のことである。

信長と連絡を取りたいのであれば常に取次ぎを通す事になる。

光秀の妻、煕子の母は石谷光政という人と再婚して娘の石谷慶が生まれた。

利三にとってその娘は年下の叔母にあたる。

慶は四国・土佐の領主、長宗我部元親の正室になり嫡男である信親と他8人の子を生んでいる。

つまり利三にとって信親らは従甥であり、一族である。

利三は長曾我部家との取次ぎにうってつけの人材であった。

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